引きずら恋愛
私が好きになった『あの人』は、会社の社長さんで、多くの優秀な社員さんを抱えていて、大金持ちで、友達がたくさんいて――。
もちろん複数の恋人がいるだろうし、可愛い女の子と毎夜毎夜、お酒とベッドの上で遊んでいるような人生の勝ち組だ。
なによりもイケメンだ――だから、負け組代表であるこんな私と付き合ってくれるどころか、向き合って接してくれるわけがない。
住む世界が違うとはこのことだ。
夜景を見下ろせる高層マンションの最上階に住んでいる彼とは正反対……、私はボロボロのアパートに住み……――周囲は住宅地であり、街灯も消えかかっているような闇の中である。
夜景なんて見えない……、夜景と言うか、闇である。
闇の景色とはたぶんこれのことだ。
使い古した電球はそろそろ消えそうだった。ガスは止められ、水道はなんとか出ているけど、それも時間の問題だろう……。家賃滞納は当たり前だし、私を雇ってくれる職場はきっと、この町にはもうないだろう……、底辺生活からさらに落ちるとは思わなかった……。
夜逃げする?
でも、いくところなんてないしなあ……。逃げるように実家から出てきた私を匿ってくれる親ではない。そのまま警察に突き出す、もしくは借金取りに売ったりすることは確実である。
逃げる先は慎重に選ばないと、自分の首を絞めることになってしまうだろう……。
これまでのことを考えたら、首を絞め過ぎて、もう「うっ血」していそうだけど……でも、どれだけ絞めても吊ろうと思ったことはないのだ。
まだ死にたくないと思っているのは、私にしては上出来か。それはたぶん、一目惚れしたあの人の隣に立ちたいという、上級国民になりたいという欲求を度外視した、愛だろう……。
絶対に叶うことがない恋だけど、それだけが生きる意味なら、諦めるのはもったいない。
がんばろう、って気になる。
でも、どうしたって私の学歴や技術では、あの人のところまで上れない……。
じゃあどうするか。十年、二十年で追いつけるところにあの人はいないし、私が努力している間も、彼はさらに上を目指しているだろう……、今の立場で満足せずに、別の世界を見ようとするところが、彼を勝ち組にしているマインドなのかもしれない――。
追っても追いつけないのであれば、じゃあ、追いかけなければいい――そうだ。逆転である。
私がいくのではなく、あの人がくればいい……つまり――
「……君、は……」
すっかりと落ちぶれた彼をゴミ置き場で見つけた私は、手を差し伸べる。……私はなにも変わっていない……変えていない。
変わったのは彼だ。
会社は倒産し、貯金は全て奪われ、女の子たちは彼から離れていった。彼を慕っていた優秀な社員たちは、別の会社に引き抜かれ、彼を信じ、隣にいてくれる人はいなくなった――金も人望も女もない彼に価値はないのだと、彼を慕っていた人たちが判断したのだろう。
――全てを失い、自暴自棄になって飛び降りた先は、見えない闇の中に溜まっていたゴミの塊……、それがクッションとなり、なんとか一命を取り留めた。
そこに、待っていたかのように現れた、私がいた……いや、待っていたんだけどね。
私が追いかけても追いつけないなら、彼を落とせばいい――全てを失ったところで、私という『あなたの全てを肯定』する人間が現れたら、きっと簡単に彼を手に入れることができる。
手段は選ばない。
選んでいる余裕なんてなかった――、
私は欲しいものを手に入れるために、引きずり落とす。
これが私の、引きずら恋愛。
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