353 「新米執事の目的(2)」

「何をおっしゃっておられるのでしょうか?」


 私に対するエドワードは、とぼけた風でもない。

 だから私は、全部言ってしまう事にした。


「何をもないでしょう。そのままよ。それが演技じゃないなら、私の監視役として、今ので失格。パイプ役としての役目はあるけど、当面のお買い物は終わったから、少なくとも向こう数年大きな買い物もしないわよ。だから、太くて信頼の置けるパイプ役は、少なくともあなたの真のご主人様にとっては不要なくらい。

 最後に、私、と言うよりも鳳一族の長子は、鳳一族を第一と考える嫁か婿養子しか取らない。他の縁組そのものにしても、こっちは既に1人候補を出したのだから、現時点で2人目は時期尚早」


 ここで一旦言葉を切ったけど、反論はなし。

 私がまだ話すと思っているんだろうけど、育ちが良いだけあってか、行儀がいい。


「それにあなた、トリアとの連絡役と思えって言ったけど、思えって事は違うわけでしょ。トリアとだけのパイプならむしろ欲しいけど、あなたは血縁なのに違うんでしょう。

 そこも含めて、何しに来たのって聞いたの。

 老婆心で言うけど、あなたにも鳳からの調査は相応に入っているのよ。それにね、あなたの動きが色々中途半端だと、鳳としては扱いに困るの。あなたにではなく、あなたの真の主人に対してね」


 我ながらポンポンと口から出たもんだけど、セバスチャンは澄ました顔でワインまで口にしているからノープロブレムって事だ。

 そしてエドワードだけど、血の気が引いた白い肌が一層白くなっている。毛並みが良くて何でも出来る秀才だから、こんなに言われた事がないのかもしれない。


 私もここまで言う気はなかったけど、言ったものは仕方ない。

 そして数秒、マイさんが緊張した面持ちで様子を見守る中、エドワードは一度小さく深呼吸。そして、私ではなくマイさんを一度チラ見する。

 話して良いのかって感じだろうか。


「お話しする前に、この場の皆様全員に当面で良いので決して口外しないとお約束願えますか」


「必ず約束しましょう。何かしらの文書にでもした方が良いなら、それも用意させるけど?」


「いえ、そこまでは不要ですし、お約束頂けるなら信頼致します。何より私事ですので」


「私事? じゃあ、エドワードにとって、今回の件は公私別に目的があるって事?」


「左様です」


「じゃあ聞かせて。マイさんも良いですね」


「ええ、もちろん。ただ、私に何かあるのでしょうか?」


 エドワードの目線に、マイさんも気づいていた。

 一方、私の期待を煽る為か、エドワードが少し間を置く。


(まあ、あれは気付くか。さて、何が出てくるのかな? ……タメが長過ぎない?)


 十数秒の沈黙のあと、エドワードが意を決してまたマイさんを一度見た後に、私へと視線を据える。


「お嬢様が単刀直入におっしゃられたので、私も単刀直入にお答えします。主と一族の名に誓い、私はサラ・オオトリに一目惚れ致しました」


「あ、そう……エッ?!」


「……えっ、うそっ?!」


 私の合理的な判断が一瞬軽く流した後で、本来の感情が優った。マイさんの方は、聞いた言葉に対する反応が素で遅れた。

 それだけ衝撃的な一言だった。

 とにかく、セバスチャンを見るとごく小さく首を横に振って否定。セバスチャンは知らないって事だ。恐らく、そんな素振りもゼロだったと言う事。

 けど、言い切ったエドワードは、言いたく無かったと言う表情で満ちている。ついでに。ほおも少し火照っている。

 こんなキャラだっただろうか。


「……ゴメン、マジ予想外だった。それに全然気づかなかった」


「はい。感情は全て抑えておりました。少しずつと思っていたのですが、せめて私から行動を起こすまで秘密にしてください。お願い致します」


「それは勿論だけど、先に聞いてむしろ良かったわよ。妙な動きをしたら、うちの使用人達が動いていたところよ」


「あの、エドワードさん、お言葉は信じますが、いつから?」


 マイさんが妹の事なので、私が続ける前に言葉を挟んだ。けど、これは仕方ない。嘘だったらタダじゃ置かないところだけど、演技でない限り本物だ。


「ヴィクトリアが送ってくれた写真に写っていた沙羅嬢を見て、とても印象に残りました。その後も気になり続け、そして自身の感情が本当かどうかを確かめる為、ヴィクトリアの話を請け負う形に持っていきました。

 そしてご本人を直に見て、自分の想いが嘘偽りない事を確信しました。全身全霊で歓喜すると同時に、それを抑え付けるのに全身全霊を尽くしました」


「……それでも微妙な何かが漂っていたから、エドワード、あなたが私との関係を狙って来日したんじゃないかって勘ぐっていたのよ。エエ〜、そうだったんだー。……どうするマイさん?」


 あまりにも妙な成り行きに、脱力のあまり机に突っ伏す。そして首を傾けて、マイさんの方へと顔ごと向けると、ちゃんとした顔のマイさんがいた。


「うち的には、それぞれの問題なんだけど、まずはみんなと会う機会を設けましょうか? エドワードさんのお気持ちはともかく、私達家族は沙羅の気持ちが第一です。時間はありますから、お互いの気持ちを確かめ合って、ダメなら諦めて下さい」


「有難うございます。もとより、無理強いするつもりは毛頭ありません」


 そういって、ジャパニーズも満足する頭の下げ方。

 普段の自信過剰さや見た目のチャラさに反して、意外に根は真面目な人なのかもしれない。


「そうなの? 結構浮名を流してきたって聞いたけど?」


「ひととき遊ぶのと、生涯ただ一人の人を選ぶのとは全く別です」


「なるほどね。まあ、わざわざ日本まで、しかも相応の危険を冒してまで来たんだから、その向こう見ずな心意気は買いましょう。ただし、一つ条件があります」


「……なんでしょうか?」


 かなり警戒する視線。

 なんだろう、私はそんなに警戒しないとダメな人なんだろうか。トリアのフィルター越しに見れば、そうなのかもしれないと内心軽く諦める。


「私の父、鳳の当主とセキュリティ担当者には、この話を伝えざるを得ません。勿論、話す相手は最小限にするし、全員箝口令も敷く。どう?」


「それでしたら、是非もありません」


「じゃあ、決まりね。けどなぁ……」


 ひと段落ついたけど、既に話がややこしくなり始めている事を考えてしまう。


「あの、まだ何か?」


「ああ、エドワードは関係ないの。いや、関係あったけど、なくなったのがむしろ問題で」


「ハァ?」


「ねえ、セバスチャン、マイさん、私と晴虎(ハルト)さんとの話って、必要なくなったんじゃないかなあ?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべているイケメンパツキンを放っておいて、私の問題へと移る。

 そして質問を受けた二人も、しばし考え込んでしまう。

 先に口を開いたのはセバスチャン。


「山崎家の件が御座います。それに、すでに噂も広め始めている以上、急に有耶無耶にするのも問題があるかと」


「それに、山崎家以外にも、似たような事を考えるところが、今後出てこないとも限りません。実際、内心で考えている家は少なくないでしょう」


 マイさんも続いた。そして二人の言葉に私も頷く。


「確かにそうね。まあ、エドワードの件は、私に関しては片付いたから、むしろやり易くなったかな。あっ、そうだ、エドワード」


「は、はい。なんでしょうか?」


「うん。念の為の確認なんだけど、アメリカの王様達は私との直接の姻戚関係を望んでたりしないわよね」


「そのような話は、一切聞いておりません。オオトリとの結び付きは、リョウ・オオトリの話を進める事で十分と考えております」


「まあ、そうよね。それにしても、日本人よりアメリカンの方がうちの事を分かっているって、ある意味で気が滅入る状況ね」


「鳳一族は少し特殊ですからな」


「私が言うのもなんだけど、国際結婚にためらいがないのは、日本の財閥としては他にいないんじゃあ?」


 私だけじゃなく、二人とも似たように考えていた。

 だから私も頷いてから返す。


「虎三郎一家だけじゃなくて、紅龍先生もだもんね。日本人以外の社員どころか、幹部も多いし。うちに影響されてか、国際結婚の話も聞くものね」


「鳳一族は、玄一郎様が上海で最初の事業を起こされたせいか、人種や国籍はあまり気にされませんな」


「そうですね。ですが、良い事だと私は思うわ。今のご時世にそぐわないのが、難しいところだけど」


「私も鳳に来て驚きました」


 しばらく黙っていたエドワードが、感慨深げに話し始めた。


「ヴィクトリアやステュアート様の話は聞いていましたが、グループ各所に白人が普通に働いておりましたから」


「言葉の壁は少し面倒だけどね。それに大陸に行けば、日本人の方が少ないわよ」


「それも聞きました。鳳は面白いところです」


「それは最大級の褒め言葉ね。まあ、今はエドワードもその一人だけど」


「全くですね。私自身の悲願成就の為にも、鳳に対して微力を尽くさせて頂きます」


 そういって再び深めに頭を下げる。

 自身の能力を鼻にかけたチャラいボンボンかと思っていたけど、意外に真面目そうだ。いや、エリートは真面目で折り目正しい人の方が普通だから、エドワードも普通の部類なのだろう。

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