337 「アメリカは赤寄り? 赤狩り?」

 残暑厳しい秋口、アメリカに関わる書類を片付けていたら、少し前に新聞王ハーストさんから届いた資料の事を思い出した。

 何しろ読んでいた資料の一部は、ハーストさんの会社が出しているものだ。


「アメリカの景気、あんまり良くならないなあ。積極財政で社会主義的政策ってやつをしているのに」


「当然の結果では。ご不満ですか?」


 隣のデスクで書類整理中のマイさんが返事した。

 何せ、今している仕事の資料を持って戻ってきて、私の仕事も手伝ってくれている。

 最近あんまりアメリカの事に注意は払ってなかったから、こうして目を通しているわけだけど、体感的に今ひとつな感じしか見えてこない。

 ニューディール政策の私の前世の歴史での詳細は知らないから、もしかしたらこんなものなのかもしれない。


 もっとも、ルーズベルトは私にとっての大魔王だけど、当面は気にしても仕方のない相手だ。

 日米の外交関係もそれなりに安定しているから、私の関心は精々アメリカとの貿易くらいしかない。何より、アメリカでのお買い物、株の運用などはひと段落したし、基本的には時田に任せている。


「舞さん、お嬢のルーズベルトさんへの愚痴は、聞くだけ無駄だよ。かなり理不尽だし」


 横合いからのお芳ちゃんのそんな言葉にも、マイさんはニコリと笑みを返すだけ。

 何であれ私が話しかけたら、必ず相手をする気満々だ。


「愚痴じゃないけど、もう少し、こう、何とかならなかったのかなって」


「アカ狩りにもメゲずに、金融緩和、金本位制停止、TVA、CCC、NIRA、AAA。まあ、色々と思いつくよね。アカすぎるから、半分は連邦裁判所で憲法違反か争ってるけど」


 教科書でも見た単語をお芳ちゃんが並べるけど、最後で台無しだ。つまり、ちゃんと政策が動いていないという事だ。夏休みが明けたら、予算も決まって本格的に動き出さないといけないというのに。

 お芳ちゃんが呆れるレベル。そして真面目なマイさんは、小さく嘆息してしまった。


「そうですね。……争うといえば」


「まだあるんですか? アメリカも騒々しくなったなあ」


「はい。ですがこれは、玲子様もお気になさった方が宜しいかと」


 その言葉の途中で資料を探し始め、書類を私のところまで持ってくる。表情には真剣さがある。さっきまでの与太話の類じゃないって事だ。

 だから私も表情を改めつつ、その書類を手にする。


「なんですか?」


「政府と国務省で、ソビエト連邦との国交樹立の動きが見られます」


 書類には、確かにその事が書かれている。


「アメリカは、まだ承認してないんでしたっけ。まあ良いけど。それで、共和党が邪魔しているんですか?」


「はい。他にもハースト様の各新聞、ラジオもこの話が漏れ出て来たら、即座に全米規模でのネガティブ・キャンペーンを始めています」


「まだその話は聞いてないけど、今日か昨日辺りに起きた動きでしょうか?」


「はい。報告書類はまだですが、さっき小耳に挟みました」


 そう言って、耳にかかる髪を少し避けて、可愛いお耳を見せてくれる。そういう仕草が、めっちゃ女子だ。


「そっか。じゃあ、ハーストさんに祝電の一つでも送っておきましょうか」


「祝電ですか?」


 苦笑しているけど、否定はしていない。けど、すぐに顔を引き締め直す。


「ですが、正式な報告にあげるようなお話ではないので、一報はもう少し先でも構わないでしょう。それと、もう一つ」


「さらにネタがあるんですか?」


「はい。こちらはまだ噂以下なんですが、ソ連承認は表向きはドイツを中心とする欧州情勢への対応なのですが」


「アメリカ国内のアカが暗躍でもしているわけですね」


「ご明察です」


「あれだけ叩かれても、まだアカだらけなんですね。証拠があるなら、王様達やハースト様にご注進だけど、向こうの方がよく知っているでしょう。けどまあ、出来るならうちからも、ソ連承認の邪魔しておくようにお父様や貪狼司令に頼んでおきましょう」


「政府にも?」


「お父様が政治家には伝えるかもね。アカ相手なら、政府も頑張ってくれるでしょう」


「……玲子様は、かなり楽観されていますね」


 懸念顔のマイさんに、私は笑みを浮かべつつ資料をパンパンと叩く。


「今のアメリカ政府は、アカ狩り、国民の反共姿勢、国内の経済政策、それを実行させてくれない裁判所と、問題山積み。

 こんな状態で、今まで拒み続けたソ連との国交樹立なんてしたら、支持率低下は確定。しかも自分のスタッフからは、コミンテルンのスパイが山のように出てきて叩かれている。しかもアカ狩りは、各方面に波及中。ソ連と国交結ぶにしても、秋の中間選挙が終わってからでしょう。

 今するとしたら、ソ連がアメリカから色々買い物するから、経済面を突破口にするかもしれない。けど、ソ連との貿易なら国交樹立なしでも出来ているから、反対の方が強いでしょう」


 これで分析は終わりだから、軽く椅子の上で伸びをして感想へと入る。


「私は、政権変わったんだから保護貿易から自由貿易に変更して、関税率の変更や外国と互恵通商協定を結ぶ方が、アメリカ経済にはプラスだと思うけどね。それに、ソ連の買い物なんて、一時的でしかないでしょうに。あっ、そうだ」


「何でしょうか?」


「ソ連と共産主義の悪行の一つを、そろそろハーストさんに送りましょう」


「畏まりました。貪狼様も、そろそろだろうとおっしゃられていた所です」


「でしょうね。大ネタだもの」


「はい。喜ばれるでしょう」


「相手を喜ばせてこその商人よね」


 お互い、ニッコリいい笑顔。実に悪役に相応しい。

 以前のマイさんなら苦笑いくらいしただろうけど、徐々に私に毒されているのは内心軽くショックだったけど。



 なお、今回のネタは、日本では鳳だからこそ掴めた大ネタだった。

 鳳は大陸との繋がりが強い。基本的には大陸北方の馬賊の一部と上海のマフィアだけど、だからこそ色々と情報が入ってくる。

 だから日本とアメリカ、さらに世界に対する反共産主義の為に、大陸での共産党、モンゴルでの共産主義者の蛮行の資料等々、ホットな情報を配信している。


 それに最近は、ユダヤ人のネットワークも限定的ながら利用できるようになった。そしてユダヤ系は、ロシア革命の頃から満州北部へ亡命してきている人もいて、ロシア系共々円滑な北満開発の為に協力し合っている。

 ただ、アカが紛れていたり、ファッショがいたりと、地雷にも事欠かないので注意は必要だ。時々事件も起きている。

 そこで、金や武力、満州政府とのコネなどとの交換の形で、色々と情報などを手に入れている。


 そして今回掴んだ大ネタが、ごく最近のウクライナからの亡命者。しかも写真持ち。

 ウクライナを脱出した人が、満州の白系ロシアの亡命勢力を頼って、反ソ連的なコサックや騎馬民族などを頼りつつ、満州まで亡命してきたのを保護したものだ。

 白系ロシアの亡命組織を頼った点はあるにしても、ヨーロッパに向かうと各国のアカがヤバいと見てアジアに逃げたわけだけど、アジアも似たようなものだから偶然というか幸運が味方したんだろう。


 手に入れたネタは、ウクライナで人為的に起きた大飢饉の様子。当事者が撮ったり託された写真達。

 けど、ソ連は共産主義の成功をネタに共産主義は素晴らしい、だから国交結びましょうという作戦をアメリカにしていたから、この情報はソ連政府の手により徹底的に秘匿されていた。飢饉の噂は漏れてきていたけど、これだけはっきりした証拠は少ない。


 アメリカが反共産主義、反ソ連で沸いているなら、渡してあげるのが筋だ。何より悪役たるもの、敵への攻撃に手を抜いては、敵に対して失礼というものだ。

 何せ今の私の一番の敵は、共産主義であり、ソビエト連邦だ。

 ファッショは近づかなければいいけど、アカは潰すしかない。



__________________


TVA:

(テネシー川流域開発公社)などによる公共事業

CCC:

(民間資源保存局)による大規模雇用

NIRA:

(全国産業復興法)による労働時間の短縮や最低賃金の確保

AAA:

(農業調整法)による生産量の調整



ウクライナからの亡命者:

ホロドモール。1932年から1933年にかけて、ウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人為的な大飢饉。

様々な理由で、主にウクライナから過酷に小麦を徴発した。

穀物を輸出して外貨を稼ぎ、その外貨で工場、工作機械を買って、重工業化を進めた。


満州もしくは日本に流れてきた、ロシア革命の頃の亡命者の「白系ロシア」のかなりの部分がウクライナ人。

ポーランド人、ユダヤ教徒も多かった。


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