326 「北満州大油田(3)」

「この襲撃者は、囮だったみたいね」


「そのようですな。この倒れている連中と、挟み撃ちする段取りが崩れでもしたのかもしれません。それなのに追加の動きがないのは、後詰はないと見るべき。そして平原では伏兵は無理。それに拠点の方には、今部下が無線で知らせております。もう動き出している事でしょう。

 さて姫、今度こそお逃げいただけますか?」


 的確な言葉で私を納得させつつ、最後の言葉。私を姫と言い続けているけど、目は真剣そのもの。

 この襲撃で逃げなかったのに今回は逃げろという事は、ヤバいという事だ。


「このまま迎撃するのは無理なの?」


「姫との話し中とはいえ俺が気づかないと言うのに、部下が接近に気づきました。双眼鏡で遠くを見張っていた者が見つけたと言う事です。恐らく、今の襲撃者どころではないでしょう。騎馬で百以上は確実です」


「みんなで逃げるのは? 車を飛ばし続けたら、10数キロで拠点でしょ。南西だったら、拠点の反対側じゃない」


「確かに仰る通りです。が、我らの役目は、姫らをお守りする事。我らとしては、確実を期したいと存じます」


「一緒に逃げながら、その機関銃をトラックの荷台の上から撃ちながら逃げたら良いじゃない。相手が馬なら、機関銃を撃つのはワンさん達みたいじゃないと無理だろうし、移動しながら大砲で撃ってくるって事もないでしょう」


「確かに。これは一本取られましたな。では、そう致しましょう。ですが姫らには、一つ私からの頼み事を聞いてはいただけませんかな?」


「小さくなって邪魔はしないわよ」


 私の言葉にニコリと笑顔。死に向かう笑顔じゃないけど、私を気遣っているのが丸わかり過ぎる。


「念のため先に拠点へと戻り、援軍を連れて戻って下さい。四輪駆動車が、この草原では一番速い」


「それはっ!」


「勿論、我らも後を追いかけます。そのまま拠点に逃げ込めればよし。襲撃者が機関銃に恐れをなして近寄らないなら、それもよし。我らが激しく襲われても、銃弾がある限りは敵も容易には接近出来ません。そこを援軍とともに挟み撃ちにすればよし。

 策を複数用意するのが、兵法というもの。そして戦さ場では、守られる対象とて指揮官には従うもの。さあ、時間も御座いません。お早く」


「……分かった。援軍連れて戻るから。ワンさん達も全員、ケツ捲って逃げるのよ」


「姫を守る騎士らしくは御座いませんが、ご下命とあらば致し方ありませんな。では、お互い動き出しましょう。舞殿、頼みます」


「ハイ。でも、出光様達が」


「勿論、みなさんと共に。2台の方が、報告出来る確率、逃げ延びられる確率も上がりますからな」


「分かりました。では後で」


 言うや、マイさんが車を発進させる。そして器用に出光さんの車のすぐ隣へ。


「出光様」


「話は半分ほど聞こえていました。運転手が言うには、運転は舞様の方が上手なようです。拠点までは、来た道を返すだけ。沼など障害物もなく真っ直ぐだし、何かあってどこかで逸れても油井の鉄塔を目指せばいい。先行して下さい。我々は後ろをついて行きます」


「分かりました。では」


 私が何かを言う事も出来ず、車は動き出す。私は車内で小さく出光さんにお辞儀するくらいが精一杯。こう言う時は、お邪魔な荷物でしかない。


「玲子ちゃん、それに二人も。舌を噛まないように気をつけて。飛ばすから!」


 そう言って車列を抜けるや、一気に加速。

 行きは精々3、40キロだったスピードメーターは、一気に60を超える。この車は一応80キロくらいまで出るけど、舗装道路どころか道ですらないので、速度が出る筈ない。そもそも、どこにくぼみや穴がないとも限らない。

 幸いと言うか草の丈は低いので、視界は良好。一面初夏の丈の短い草原で、馬で行くのが一番って感じの場所だ。


 そこをマイさん操る車が、出せる限りのスピードで進む。出光さんの車も続いて走り出したけど、全然一緒じゃなくて、後ろの方を遅れながら付いてくるだけ。しかも、徐々に距離が開いていた。

 それでも元来た経路だし、マイさんが進んだ場所を辿るから、かろうじて付いて来られている。

 一方、ハイウェイの野獣かと思っていたマイさんだけど、どんどん草原の野獣と化している。ハンドル握ると、どこでもこうなるタイプなんだろう。しかも、どこか楽しげだ。


 そして車は常に時速60キロくらいは出ているから、万が一馬で追撃、並走されても多分大丈夫だ。

 馬は、サラブレッドなら瞬間的に高速に乗れるくらいの速度が出せるらしいけど、それは競馬場での競走馬のお話。満州の平原にいるのは少し可愛いお馬さんで、最高速度は精々6、70キロくらい。しかも生き物だから、機械と違って長い時間全速は無理。銃を持った大人の男性を載せていたら、なおさらだ。

 しかもこっちは1トン超える鉄の車。完全に待ち構えて銃撃でもされない限り問題ない。そして視界良好な上に、見る限り馬も人も見当たらない。最初の襲撃者達は完全に逃げ散ったらしく、誰とも会うことは無かった。



 そして10数キロの距離を、15分ほどで走破してしまう。目的地の油田開発拠点は、少し前から遠目でも見えていて、既に警備員と満州自治政府の兵隊さん達が動き出しているのも分かった。

 一方の後ろの方だけど、静かなままだ。

 さっきワンさん達が使っていた機関銃なら、音の少ない草原だとそこそこの距離があっても聞こえると思ったけど、それも聞こえてこない。だから、上手く逃げていると信じるより他ないって感じだ。


「クソな馬賊野郎どもが襲って来やがった。今、全員車でケツ捲って逃げてる。早く援軍を出しやがれ!」


 その場で指図している人のすぐ横に急停車すると、その人の側にいたリズがまくし立てる。ただし、ブロンクス訛り丸出しな英語で。

 当然、相手は一瞬きょとんとする。けどすぐに、理解の色が広がった。英語が理解できる人だったらしい。


「イエッ・サー。後3分で出撃可能です」


 キングス・イングリッシュな英語で返された。東洋人風だけど、後で聞けば元イギリスの植民地兵の人だった。流石は鳳と言うより、流石は満州。色んな人がいるらしい。

 そして様々な素性の人達ではあるけど、組織としては一流でテキパキと準備を整え拠点を出発、もとい出撃して行く。

 当然、私はお留守番。

 数分遅れで同じルートを戻って来た出光さん達も同じくお留守番。ただし、出光さんの車だけが案内の為にUターンとなった。マイさんも鳳のお嬢様なので、腕はともかくとても危険な場所には向かわせられないと言うことだ。



「私達は一安心ですが、待つのももどかしいですね」


「ワンさん達なら、滅多な事はないでしょう。二人はどう思う?」


「戦闘音は一度も聞きませんでしたし、煙なども確認出来ませんでした」


「銃撃音もです。距離が開いてからは分かりませんが、ワン様達も移動しながらなら逃げられたと予測します」


 素人二人の言葉に対して、プロ二人の私以上の分析。多少は楽観できそうだと、内心ホッとする。

 けど、慢心も安心も禁物だ。


 そうしてさらに10分ほどして、かなりの集団が遠望できた。車も混ざっているけど、大半が馬だ。しかも数百頭いそうなくらい。当然、すべての馬に人が乗っている。まるで映画の撮影でも見ている心境だ。

 その騎馬集団は、急ぐ必要もないのか比較的ゆっくりと、私達のいる油田開発の拠点に近づいていた。

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