309 「親族の入社式?」

 日本の慣例で、3月が別れの季節なら、4月は新たな出会いの季節。

 私の周りでも、女学校以外に人の移動がある。

 ただ、3月末にトリアが去って、リズが王様達との契約を終えて鳳の使用人になったけど、アメリカの王様達から新しいメイドがやって来ることは無かった。


 その代わりと言うべきか、1ダースくらい鳳商事に新たなアメリカ人が雇われた。時田とセバスチャンの話では、どの道私とのダイレクトは難しいと分かったのと、派手な買い物が一定段階を過ぎたので、必要十分送り込めば良いと判断したようだ。

 当然だけど、彼らの真の主人はアメリカの王様達だ。


 そしてこちらからも、鳳グループのアメリカ駐在員を大幅に増員した。こっちも王様達の元には派遣しないけど、お互いに関係強化が目的だ。

 さらに鳳グループのアメリカ支社に常駐している皇国新聞の特派員の数も増やした。


 もっとも、アメリカで『一般的な』情報を手に入れるのは容易い。日本では機密情報、外交機密や軍事機密に属する資料が、一般的な経済資料として普通に、しかも簡単に手に入る。

 特派員が、「良いのかなあ?」と悩んだ事もある程だそうだ。この点でアメリカは、流石民主主義の国だと弥が上にも痛感させられる。


 それはともかく、手に入れたアメリカの『一般的な』情報は、皇国新聞が定期的に報道に載せるし、まとめて本にして発行もさせる。当然翻訳版を。さらにそれらを、図書館、各企業、政府、中央官庁、陸軍、海軍、参謀本部、軍令部、一部の学校、さらに諸々の方々にも差し上げる。


 一方では、虎三郎の家に海の向こうから来た使用人が増えた。ただしこちらは、次男の竜(リョウ)さんとの姻戚関係を進める為の純粋な連絡役。私に対するような、万が一の場合も考慮した配置じゃない。むしろ、穏便な関係構築の為の配置だ。


 また一方では、紅家の方に紅龍先生の奥さんのベルタさんのスウェーデンの実家の方から、数人の使用人が送られて来た。こちらは、裏に大英帝国など西欧諸国のやんごとない系譜の影が見えるそうだ。

 そして送り主を伝っていくと、葉巻を咥えたブルドック顔の戦争屋も加わっていた。


 私に直接寄越さないのが、なんともブリカスらしい。しかも、私の家の中の人事の動きを見ての動きだった。つまり、私と紅龍先生が親しいのを利用したという事で、ダイレクトに連絡役を置かないのが、さらにブリカスらしい気がする。

 それとも、一族の大人を間に置くのは、チャーチルなりのなんらかの配慮なのかもしれない。



 そんなこんなで色んな人が出入りしたけど、トリアの抜けた穴を埋める人材の一人が、私の目の前で天然の華やかさを見せつつお辞儀をする。


「鳳舞です。宜しくお願い致します」


「こちらこそ、改めてよろしくね」


 パチパチパチパチ。私の迎えの声に続いて、部屋にいる数名の人たちの拍手が続く。

 私の新しいメイドではなく秘書の一人として、虎三郎家の長女マイさんが今日から私達の仕事仲間だ。

 もっとも、この1年ほどは大学最後の年の余剰時間の多くを、メイドと秘書のスキル獲得に努めていた。秋口くらいからは引き継ぎも含めて、実務にも当たるようになっていた。

 当然、私の周りの人達に付いて勉強や研修をしている事が多く、今回の挨拶もけじめとして行うだけだ。


 ただ、立場が少し難しい。何しろ、私の曾お爺様でもある蒼一郎の孫の一人で、私の叔母に当たる。一族内だと、曾お爺様の次男筋のお兄様と、ほぼ同じ立ち位置だ。何しろ鳳一族は、結婚して外に出ない限り男女格差がない。

 だから形式上はともかく、シズの下に付けると言うわけにもいかない。時田はともかく、セバスチャンの下でもダメだ。だから私の直轄で秘書。


 能力の方は、学業優秀、それこそ帝大に楽勝で行けるレベルの学力で、鳳の大学では勿体無いくらい。虎三郎の娘さんだけに、数学や物理も得意で理系な事にも強い。ただ理系、技術系なことにはあまり関心がなく、数字の得意な文系って感じだ。21世紀なら、金融工学や情報工学が向いているかもしれない。


 ただ私の秘書と言っても、私は朝は女学生、昼は習い事が多い。誰かに会ったりする事も滅多にない。だから業務は、私のスケジュール管理より仕事の補佐になる。けど仕事は増える一方だから、書類整理とかしてくれるだけでもかなり有難い。


 それに、幸いと言うかなんと言うか、ドライビングテクニックが今の日本だと飛び抜けている事と、私が専属の運転手を持っていない事もあるので、秘書兼専属ドライバーという形になっている。

 鳳の本邸で抱えている運転手のおっちゃん達も、時田などが見つけて来た凄腕な人達なんだけど、その人達から見てもマイさんはまだ荒削りらしいけど相当の腕前との評価だ。少なくとも、私を乗せる資格はあるそうだ。


 だからヒラヒラのメイド姿じゃなくて、スーツスタイル。しかも男性用のパンツルック。めっちゃ足長い。そしてロングヘアを頭の後ろでぎゅっと固めてあるから、ほぼ男装の麗人スタイル。だけど、シャネルに頼んだ最新のスーツだから、ちゃんと未婚の女性らしい華やかさと柔らかさがある。

 連れて歩くだけで、周りを圧倒できそうだ。


「もうみんなよく知っているから、これ以上の紹介や挨拶は無しで良いわね。マイさんには、私のスケジュール管理と、直接の仕事の手伝い。それと移動時の運転手を任せます」


「他の業務については?」


 セバスチャンが確認の為に発言。全員が知っている事だけど、初日だから改めて立ち位置をしっかりさせる意図だろう。


「トリアがしていた鳳商事の方は、セバスチャンと時田の周りも大幅に増員したから、マイさんが関わる事はないわ。せいぜい私への取次くらいね。あと、マイさんは、鳳グループの広報の仕事もまだあるから、私の仕事は半分程度ね」


「本当に、二足草鞋で構わないのでしょうか。それに車の方も、本来なら運転手が整備や点検、清掃も行うべきですし、その、自分の車でも一通り点検や掃除はしてきましたから、したいくらいなのですが」


 マイさんのその言葉に一旦頷くけど、以前話した事を蒸し返しているから、私も同じ事を再び話す事にする。


「二足草鞋というけど、二つの事をさせて申し訳ないのは私の方。それに、本邸は扱う車も多くて専属の整備士がいるから、他の専属の運転手も待機の時に軽く手伝うくらい。馬の調教師と騎手と似た関係ね」


「そうでした。それと」


「えっと、まだ何かあるの?」


「はい。この長い髪ですが、切らなくて良いんでしょうか? 切るのは構わないのですが」


「いやいや、むしろ切らないで。私的には、広報活動の時にウィッグ付けるとかあり得ないから。自然な髪が良いの。それに私は、働く女性にもロングヘアを流行らせたいの。あと長くて綺麗な髪は、シャンプーの宣伝にもなるし。ちょっとくらいなら良いけど、バッサリは絶対やめて。お願い」


 大学卒業の区切りと、流行りの髪型にする良い機会だと、マイさんはバッサリボブショート、要するにこの時代の流行りのヘアにしようとしたのを慌てて止めたのは私だ。

 私もベリーなロングだけど、マイさんも腰の近くまであるロングヘア。この時代の表に出る女性は、短くするのが普通だし流行りだから結構希少だ。


 この時代というか、これから何十年も先も表で活躍する女性、モダンな女性は髪が短いのが普通になる。モガの髪型も、ショート系が定番だ。

 髪が長いのは、古い時代の髪型、抑圧された証、と言った風潮もある。

 もちろん、ショートも可愛いけど、この希少さは守って育てて、おしゃれの多様性を広げたいと私は思っている。


「分かりました。もう、異議は申し上げません」


 そう言ってピシリと一礼。シズなどの使用人達のように、お辞儀も綺麗だ。けどこれは、学生時代からモデルをして姿勢とか歩き方を学んでいるからだ。


 そうして一日が始まったけど、今日はまだ春休み中。明日の誕生日の準備があるから忙しいけど、移動は鳳ホテルでの下準備くらい。そして明日は忙しいから、なるべく早く一日の業務を終えてしまおう。

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