303 「事件の続報」

 2月16日の午後に鳳総研に行ったけど、第一報から2時間ほどしか経過していない。私が以前から、ルーズベルト情報は何でもすぐ寄越せと言ってあったけど、早々情報が来るわけがなかった。


「向こうは、日付がようやく今日になったくらいか。追加情報がなくて当然ね」


「はい。ですが、未だルーズベルト死亡の情報はありません。少なくとも、即死という可能性は下がったと考えられます」


 そのやりとりの途中、追加情報を持ってきた人が、ノックなどのやりとりのあと部屋に入ってきた。マイさんの彼氏さんだ。そういえばもう2月も後半だから、あとは卒業式を待つのみだと、メイド修行中のマイさんが言っていた。


(二人で卒業旅行くらい行けばいいのに。これがひと段落したら、司令とマイさんにも言ってあげようっと)


 思わぬ人を見かけたので少し緊張が解れた。

 一方、目の前の貪狼司令はほんの少し満足げ。何か情報が入った証拠だ。


「こちらを。使用された武器と発射された銃弾数が分かりました」


「距離は5フィート。うわっ、目の前じゃん。そこから5ないし6発。負傷者複数ね。拳銃は不明。M1911とかだったら、これ即死よね」


「M1911ではないのかもしれません。それにしても、よくご存知で」


「うん。撃った事あるから」


「そうなのですか? お嬢様が射撃練習をしているという情報は無かったのですが。ちなみにどちらで?」


「『夢』の向こう。自動小銃やショットガンも撃ったことあるわよ。それより撃った銃弾数未確定なのね?」


「あ、はい。そこに書かれているという事は、ほぼ間違いないかと」


 私の言葉に、貪狼司令が少し唖然としている。拳銃の練習くらいどこかでこっそりとか思っていたのかもしれないけど、『夢』の向こうとは予想外だろう。

 とはいえ私にとっては、いつもの軽快なトークに過ぎない。

 それに問題は発射された銃弾の数と、そのうちルーズベルトに命中した数だ。


「負傷者数と命中数はまだ分からないのよね」


「現状では。しかし、最初の1発の後で周囲が阻止しようとしたという未確認情報もあります」


「じゃあ、狙い撃ちってわけじゃないのか。でも近距離すぎるし、外しようもないわよね」


「分かりかねますが、周りが阻止しようとして被害が拡大した可能性も十分あります」


「そっか。で、次の最新情報は、向こうの朝刊の記事が出来た時点よね」


「緊急事態の場合は、それより先に取材情報がハースト様より電信で届きます。昼の一報もそれでした」


「そっか。何にせよ、日本じゃあうちが一番早いわね」


 そう言って私も少し沈黙。

 新聞王ハーストには毎年200万ドルも宣伝費を投資しているから、ここが掴んだ情報は最優先で回ってくるようになっている。

 それが今回役に立った訳だけど、宣伝を止めても別契約で情報の配信はお願いする話も進めている。

 そして、これから大統領になろうという人の銃撃事件だ。文字通り全米が注目している事だろう。


「それじゃあ、向こうの朝刊の続報が入ったら……いや、ホテルで夕食でも一緒に食べましょう。その時、アメリカ人の幹部は全員集めといて」


「畏まりました」


 午前中はかなり焦ったけど、考えてみれば情報が入らないと何を考えても無意味だし、情報が入ったところで対策会議という床屋談義が大半になる。

 ご飯でも食べながら、それぞれの意見を軽く聞くくらいがせいぜいだ。それにトリアはもうすぐアメリカに帰るから、話す機会を増やす良い機会だ。




 そして、午後の残りを少し駆け足で本来の予定を消化して、再び鳳ビル、ではなく鳳ホテルの一室へ。小さな宴会用の部屋を確保してある。

 出席は私とお芳ちゃん、それに貪狼司令。あとは、アメリカ人スタッフのうちセバスチャンとトリア。それに今日は、リズも意見を聞くというのでメイド扱いではない。

 一方で、お父様な祖父は、何処かで誰かと会うらしく来なかった。善吉大叔父さんも同じ。


 そうして食前酒と軽い前菜、オードブルが来たあたりで、貪狼司令が持ち込んだ移動式黒板の前に立つ。


「食事会の前に、まずは今回のアメリカでの一件について、最新情報を踏まえてご説明させて頂きます」


 言いながら、黒板にカッカッと小気味よい音で書いていく。

 場所、犯行時間、全体状況、凶行時の状態、凶器、犯人、被害者、現時点で分かる全てが端的に書かれていく。ほぼ全ての情報が新聞王ハーストが掴んだもので、明日のアメリカの朝刊の一面を飾る事だろう。

 同じ内容は、明日の朝の鳳系列の皇国新聞にも掲載される。ハーストさんと連携するようになって、皇国新聞の海外記事、特にアメリカ記事は豊富で正確、かつ素早くなったので、若干だけど新聞売り上げに貢献してくれている。


 場所はマイアミ。犯行時間、午後9時30分頃。全体状況は、2万5000人の群衆の前での数分間のスピーチの後。

 凶行時の状態、地元有力者と話している時、群衆に紛れて接近。持ち込んだ椅子の上から1発目を発射。以後は銃撃に気づいた人の手により倒されながらさらに射撃を継続。

 リボルバー拳銃で、銃撃回数は5ないし6回。被害者は5名。

 小さな拳銃だったとしても、至近距離だから当たりどころが悪ければ、1発でもあの世行きだ。



「犯人はイタリア系でしたか」


 セバスチャンが呟いたけど、特に人種は書かれていない。名前から推測したんだろう。犯人の名前はジュゼッペ・ザンガラ。確かにイタリア系っぽい。そしてこの犯人、すぐに自供を始めたらしい。


「動機は? 背後関係は?」


「まだ不明です。ですが犯行時に、『あまりにも多くの人が飢えています!』と叫んでいたという未確認情報があります」


 トリアの質問に対して妙な犯行声明。銃撃に際して、自分の正義でも示したかったんだろう。

 口にしたのは、あまりにも在り来たりな言葉。けど、それが理由ならあんまりすぎる。主にルーズベルトにとって。とばっちりも良いところだ。


「その言葉が本音なら、襲うならフーヴァー大統領でしょうに。マジやめてよね」


「まだ発言したかは未確認です。それに、正当化する為に周りに聞こえるように何かを言うのはよくある話」


「じゃあ、個人的怨恨とかは? 恨まれるような経歴は無かったように思うけど?」


「お嬢は、ルーズベルトさん大嫌いじゃない。理由なんて何でも良いんじゃない?」


「そうかもね。結果が全部だし。それで、私の大嫌いなルーズベルト新大統領が銃撃を受けた。これは確定でいいのね」


「はい。無事という声明、発表、その他情報は、現時点では有りません」


「詳細は今後の発表待ちか。それじゃあ、所見を聞いて良い? まずは……そうねリズ」


 肩の力を抜いて、ちょうど目に入った赤毛のメイドをご指名する。

 そしていつもは淡々と話すのが、少し躊躇が見える。


「ん? 好きに言って良いわよ」


「では遠慮なく。大統領も連邦政府も全部糞食らえです。アメリカで私に良くしてくれたのは、拾ってくれた方々だけです」


「という、元ストリートチルドレンからの本音だけど、上層の人達のご意見は?」


 ブロンクス訛りな『糞食らえ』の一言にみんな苦笑したけど、それで雰囲気が少し和らいだ。

 次は目の合ったセバスチャンだ。


「私はせいぜい中流なんですが、不景気を止められなかったフーヴァー政権と共和党はともかく、ルーズベルト新大統領が銃撃を受けるほど恨まれるとは考え難いですね。思い込みの強い犯人なのでは?」


「トリアは?」


「私もセバスチャン様に同意見です」


 それ以上の言葉はない。トリアは共和党支持者だから、民主党を擁護する言葉まで言う気がないんだろう。そうやって見ると、支持政党のないセバスチャンが公平に見えてしまう。


 その後も色々と感想混じりの話になったけど、現時点でルーズベルトが恨まれたり暗殺される可能性は限りなく低いと言うのが結論だった。

 そして仮に死んだり、政務が出来ないほどの怪我を負った場合、アメリカは混乱するのは確実だろうけど、予測不可能の結論だった。


「何にせよ情報待ちね。情報が出揃ったらまた話を聞かせてね」


 焦った後だったので、少しばかり拙速だったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る