301 「ナチス政権誕生」
2月、ドイツ情勢がナチスの時期に入った。
今月末にはマッチポンプの国会議事堂放火事件で、来月には独裁体制を確立すると言うのが、私の前世の歴史だ。
そして今、1月30日にヒンデンブルグ大統領が周りに説得されて、ナチスのアドルフ・ヒトラーを首相に任命。ドイツの多くの人々は、共産党を蔓延らせない為の一時的手段であり、臨時的措置程度にしか見ていなかったと言う。
けど2日後、ヒトラーが首相となった新政府は、大統領に要請して国会を解散。選挙戦に突入してしまった。
「あーあー」
「資料見て、なに大口開けてるんだ?」
そう言ってお父様な祖父の麒一郎が、呑気にコーヒーに口を付ける。
「ドイツがまた選挙だって」
「去年の秋にしたよな」
「春は大統領選挙、夏にも国会議員選挙ね」
「季節ごとに選挙とは忙しい話だ」
朝食後の軽快なトークでの一コマだけど、お父様な祖父など鳳の重要な人達には既に話してあるから、無関心なのではない。手の出しようがないし、当面はドイツは買い物以外で関わらないし、関わるのも無理だからだ。
私も投げやりに嘆く以外に手がない。
それに無理やりナチスを何とかしたとしても、待っているのはドイツの赤化だ。ドイツ人の多くもそれが分かっているから、ゴロツキ集団の成り上がり者を許容しているわけだ。多分。
なお広い食堂には、メインテーブルで私とお父様な祖父、それにこの本邸の主人となっている善吉大叔父さんがいる。
私のお祖母様の瑞子(たまこ)さんは、私と一緒になるのは正月などごく限られたイベントの時だけ。佳子(けいこ)大叔母さんは、冬の間は逗子の別荘に入り浸り。逗子の別荘が相当お気に入りらしい。
他は、端っこの別テーブルで私の側近候補3人がいる。
玄二叔父さん一家、お兄様な龍也叔父様一家は、屋敷内には住んでいるけど、用がない限りこの本館には来ない。そもそもお兄様は、今は中隊長をしているから本邸には日曜日に戻ってくるかどうかだし、玄二叔父さんは本館には近寄らない。
子供達は多少別だけど、通学場所、時間が違うから朝に会う事は珍しい。辛うじて瑤子ちゃん、虎士郎くんと通学前の駐車場で会う程度だ。
だから朝のお父様な祖父との軽快なトークに加わるとしたら、善吉大叔父さんと、こっちが話を振った場合に側近候補の子供達が応じるくらいだ。
「それにしても首相になった途端に選挙とは、ドイツのヒットラー首相も大胆だね」
そしてこんな風に善吉お叔父さんも、この朝の会話では口は軽めな事が多い。
(そういえば、ヒトラーじゃなくてヒットラかヒットラーなのよね。日本語の発音的にはどっちでも良いんだろうけど)
「それで玲子ちゃんとしては、どこが勝つと思う?」
「社会民主党に、圧勝して欲しいです」
軽口だから願望ガン乗せで言ってみると、分かる人は全員苦笑か皮肉な笑みを浮かべた。
そう、今まで政権を担ってきた社会民主党が勝つ見込みはない。現状でもナチスが34%に対して、社会民主党は21%。そのすぐ後ろを、共産党の17%が追っている。そして中道寄りの社会主義政党の社会民主党にとっては、ナチスと連立内閣を作った保守・右翼政党との連携はない。
そして最後の牙城だった首相の座を明け渡した以上、さらなる勢力減少しか有り得なかった。
「アハハ。まあ、ファッショか共産党の二者択一だから、中道左派と言う気持ちが強い人も多いだろうね」
「だが、それがダメだったのが、この数年のドイツだ。ナチ党が勝つだろ。ドイツから伝わってくる情報だと、革命を望む主に下層の労働者以外、資本家、軍部、中産階級、普通の労働者、かなりがナチ党支持だ。それとも玲子は、共産党が良いのか?」
そう言うのはお父様な祖父。当然、皮肉げな笑み付き。
それに対して、深いため息しか出てこない。
「共産党は、現時点では最悪。クーデターでも起きてドイツが完全赤化とかしたら、ソビエト連邦が喜んで軍拡して満州を分捕りに来るに決まっているもの」
「方向的に真逆に、欧州の連中もドイツが共産化するよりも、ファッショ政権が共産主義の防波堤としての役割を果たす事を期待している。ナチ党の勝利は確定だよ」
(それに私の前世の歴史通りなら、えげつない手を使うしね)
「ハァ。私もそうだと思っているわよ。『夢』と同じかどうか以前にね」
「それでドイツが『夢』と同じにならない為には、何が必要なんだい?」
「ドイツの貿易相手国が、ドイツに対する経済支援や投資を続けて、高率の関税障壁を撤廃する事。最低でも、どちらか片方の実施。でないとドイツは、自分から袋小路に突撃していくから」
「例の手形か。もう議論も始まっているね」
善吉叔父さんが、そういえば的な発言。以前話したけど、それでもその程度の認識という事だ。
「うん。次の選挙でナチスが勝てば、実際に動き出す筈。まあ、他にも色々とんでもない事をどんどん始めるから、手形の方は目立たないと思うけどね」
「なんでドイツは、そんなに両極端なんだ?」
一番色々話してある麒一郎が、昼行灯に隠れてかなり本気の声色。しかも、誰かではなく、自分の言葉だ。
私の『夢』の話がなくても、ちょび髭首相の本を読んだり、あの人達の演説とかをちゃんと調べていれば、現時点でもロクでもない事くらい理解できるだろう。
「さあ? ドイツ人だからじゃない? ドイツ留学したお兄様にでも聞いてみたら? 私としては、足元を見た買い物以外でドイツとは関わる気ないけど」
「玲子、お前ほんとドイツ嫌いだな。ドイツに旅行もしただろうに」
「文化遺産や一部の食べ物は好きよ。工業製品も素晴らしいわね。けど、それとこれとは話が別。国としてのドイツなんて、歴史を見返したら信頼出来るわけないでしょ。違う?」
「帝国陸軍の軍人を敵に回す発言だな」
言葉は少し厳しいけど、表情が元陸軍軍人じゃない。こういう人だから、気兼ねなく話せるというものだ。ただ、言葉が足りないのは自覚する。
「いやいや、ドイツ人もドイツ軍も悪く言ってないでしょ。国や政府がダメってだけ。ドイツはヨーロッパの真ん中にある、一種の大陸国家よ。大陸国家ってのは、自分の事しか考えないし、相手を利用する事しか考えないものでしょ。中華もロシアも」
「国ってのは、そう言うもんじゃないのか?」
「大陸国家じゃないと、他国から見ればどの国も大抵はずる賢いってイメージなんじゃないの? 大英帝国が二枚舌、三枚舌って言われるみたいに。日本は、どうかな?」
「世界大戦以後だと、無定見だろうな。だが、大陸国家とやらの方が利己的なわけだ」
「普通の大きな国って、自分の為に自分のルールは押し付けて来るけど、約束を交わしたらそれなりに守るでしょ。主に自分の為にだけど。けど大陸国家って、約束は自分の都合で破る為にある、みたいな連中じゃない」
「……お前の各国評価が凄過ぎて、流石にお前の言うところのドン引きだ」
「否定してない時点で、私と同じじゃない」
そう返したら、この場の数名が苦笑する。私も苦笑しながらの返しだ。シズとリズみたいに敢えて会話を無視している以外だと、目をキョトンとさせているのは、少し離れたテーブルのみっちゃんくらいだ。
コンセンサスが取れたというわけだ。
まあ意見が一致したところで、だからどうした、というものでしかないけど。
そして私達の意見が一致したところで、それが日本での普通の意見という事はない。
「まっ、龍也やうちの新聞なんかで、色々とドイツは危険だと啓蒙する事だな。既に、共産主義じゃないドイツを支持する連中は増え始めているぞ」
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例の手形:
パーペン計画。メフォ手形の原案。
メフォ手形 (メフォてがた)
主に秘密の軍事費調達のために創出された割引手形。詳細は、また今度。
ロクでもない手形で、ドイツ破滅の実質的な第一歩。
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