256 「偽装縁談」

「俺は、玲子の案で全く構わないぞ。それで、俺の本命は玲子で良いんだろうな」


「良いわけあるか。空気読めよ、この俺様野郎!」


 勝次郎くんの快諾に続いた言葉に、思わず前世の素で返してしまった。「空気読め」なんて言葉は今はまだないから、目を白黒させている人がいる。

 ここは鳳ホテルのスイート。たまに鳳の人間が使うけど、今日は私専用だ。何しろ今日は私の12歳の誕生日。下の宴会場では、この時代の日本では珍しくというか、ほぼ初めての大規模な誕生日会が開催される。


 ただ、誕生日会には大人も参列するから、夕方の食事会という事になる。一方で昼間には、子供達だけを招いた私にとっての一次会もあるから、今日は二段構えだ。

 そして午前中には、昼も夜も参加する勝次郎くんと、勝次郎くんの近い血縁で従兄弟の毅太郎さん、輝弥さんのご兄弟をお招きしている。

 当然だけど、マイさん、サラさん、涼太さんも同席している。

 それと共犯者になってもらう為に、鳳の子供達も巻き込んだ。側近候補も、身近な3人も顔を並べている。


 そんな感じで結構な人数だけど、私の一言で全員が黙った。同じように勝次郎くんに文句の一つも言おうとしていた龍一くん、玄太郎くんも、口をパクパクとさせているだけだ。

 そんな中で、勝次郎くんは余裕綽々だ。


「まあ、そう照れるな。と、冗談はここまでとして、良い案だと思うぞ。毅太郎か輝弥の件も、大学の方の仮面彼氏以外は同じで良いんじゃないか。なあ二人とも」


「はい。ですが、年の差は大丈夫ですか?」


「気にするな、実際は数年先という設定の話だし、親同士が決める話なら年の差などよくある話だ。姉さん女房というのはあまり聞かないが、なくもない。それでどっちが志願する?」


 山崎家の間で、まずは話が進む。そしてサラさんのお相手候補の二人がしばし見つめ合い、お兄ちゃんの毅太郎さんの方が勝次郎くん、そして私へと顔を向ける。


「じゃあ、僕が務めさせて頂きます。それで具体的には?」


「衆目の前で何度か会って、それを周りに見せれば良い。そういう事だろ」


「ええ。それを見たアメリカの王様達の間諜が、ご主人様達にご一報。そのあと虎三郎大叔父様が、二人には関係の良い有力財閥の子息がいると報告。その後で、虎三郎大叔父様の次男の竜さんの留学の件と、縁談話を進めても良いって話を持ち出す。あとは向こうの反応次第ね」


「玲子ちゃん、よくそんな事思い付くわねー。でも、勝次郎くんのお父さん達が本気にしたらどうするの?」


 瑤子ちゃんの懸念はごもっともだ。

 けど、私が口を開く前に、勝次郎くんが切り出した。


「そこは俺が事情を少し後で説明する。鳳に多少なりとも恩が売れる時点で、父上なら納得する筈だ。そして俺は、一族内で得点を稼げる」


「鳳は貸しを作るだけか? あ、失礼」


 そう言いつつ、マイさん達に頭を下げるのは玄太郎くん。

 けど、まだまだ甘い。いや、青い。内心でニヤリとしてしまいそう。


「鳳もしくは私は、将来的に一族に加わる社員を得られるし、マイさん達は添い遂げやすくなる。どのみち鳳と山崎は、最低でも一組は縁談を将来的に進めるだろうから、縁談話は今更。だからこそ今回のこの話も、信憑性がある。それに鳳と三菱の縁談は、両者として利点になっても失点にはならないわよ」


「だが、鳳が不利な姻戚の可能性が増えるだろ」


 そう言うのは龍一くん。龍一くんの場合、勝次郎くんなりに瑤子ちゃんを嫁がせないといけないのか、と言う懸念があるんだろう。そんな表情だ。


「子供同士の話からだから、余程の事が起きない限り大ごとにはならないわよ。それに、マイさんあたりから最近生まれた子供達まで含めたら、鳳の子供が沢山いる。対して山崎家は、遠い分家筋や影響力の低い分家を省いたら、お子さんはかなり限られているの。だから基本的に、向こう20年ほどの間に縁談を進めるとなると、鳳が有利なのよ」


「余程の事とは? アメリカの大財閥が嘘に気づいて怒った場合か?」


「それも無くはないけど、向こうはこっちが1人差し出すなら文句はないわよ。男子なら尚更よ。閨閥ってそういうものでしょ。それよりも、勝次郎くんの本家筋が本気になった場合ね」


「勝太郎さんか。他にもまあ、未婚の者はいなくもないしな。だが、それはないと考えてもらって良い」


「そうなの? 山崎家内の事情って事?」


 流石は天然&天才の虎士郎くん。読みが鋭い。私も気づいたけど、うちの蒼家と紅家みたいなもんだろう。

 勝次郎くんの話もそれを肯定していた。


「そうだ。俺の家系は創業者の弟の筋なのに、財閥総帥の2代目、4代目を出した。だから本家との関係は少しギクシャクしている。そして分家筋の父上が、鳳財閥もしくは鳳一族との関係が深い」


「そう言えば他の大きな窓口って、せいぜい加藤高明様くらいよね」


 私の相槌に、勝次郎くんが強めに頷く。


「そうだ。うちは大財閥だから、色々なところと関係を結んでいるし、どこも交流は疎かにできない。だからというわけではないが、昭和に入るまで鳳財閥は石油くらいしか無いから、深く縁を結ぶ間じゃ無いと考えていた。だが父上は、これからの時代は石油だと見抜いていたから、鳳との関係を深めた。その尖兵が、鳳の複数の子と同い年の俺だ」


 凄いぶっちゃけがされている。子供達の中で、その事にどれだけ気付いているんだろう。口をポカンとさせている子もいる。一方で少し厳しい目の子もいる。

 マイさん達3人は、3人にはちょっとディープすぎる話題だから完全に引いていた。


「あの、私達そんなに事が大きいとは思ってなかったのだけれど、本当に大丈夫なの? 無理をしないで、兄の縁談話だけ進めた方が良くはない?」


 代表してマイさんが懸念と一歩引いた案を提示してくれたわけだけど、決定権は確かにマイさんにある。

 だから私は、マイさんの方へと体ごと向ける。


「マイさんがそれで良いなら、今回の話は無かった事にしても構わないと思います。けど今の話は、あくまで事が大きくなった場合。楽観論抜きにしても、大ごとになる可能性は凄く低い筈です。

 ただ、せっかくこうしてご縁が出来たから、無かった事にするにしても、交流は深めたいところですね。……それでどうしますか?」


 グッと視線を強めて見ると、ちゃんと見返してくれた。そしてその後、マイさんはサラさんと涼太さんと視線を交わす。

 口にしたのは涼太さんだった。まあ、大正・昭和初期の大和男児としては、一歩前に出ないとダメだろう。


「最低でも、僕の話は進めて下さい。少しでも舞さんに相応しい男になりたいです。それぞれの家の事は僕には何も言えませんが、良い方向に向く可能性がある方を支持します」


「だってさ、お姉ちゃん。それにしても流石本家に近い家の子ね。みんな子供とは思えないわ」


 それに大半の子が笑みを浮かべる。中には苦笑もいて、マイさんも苦笑だった。けどそれも一瞬で、キリリとした表情になる。


「ホントそうね。年だけとっている私が一番子供ね。玲子ちゃん、いえ、鳳玲子様、山崎勝次郎様、今回のお話を是非進めて下さい。楽観論に浸る気はありませんが、良い方向に向かうと信じます。どうぞ宜しく願い致します」


 そして最後に頭を深く下げた。同時にサラさんと涼太さんも、「宜しく願いします」と頭を下げる。

 それに胸を張って応えるのは勝次郎くんだ。大人が子供に頭を下げているようで、違和感を感じなくもない。けど、この光景は、私がたまに誰かにさせている光景でもある。だから、かなり真剣にその情景を見てしまっていた。


「心得た。それと、万が一アメリカの方にまで話が及んだ折は、是非に協力させて欲しい。そして今後とも、虎三郎様ご一家との関係を深められたらと思う」


「こちらこそ、今回はお世話をかけます。今後の事も、こちらこそ宜しくお願い致します」


「なに、最初に言ったように、お代を払うのは玲子だ。何かあるなら、お3人方は玲子と相談してくれ」


「私は、今まで疎遠気味だったから、その分を取り返すくらい親しくしてくれたら、チャラでいいですよ」


「そうは言うけど、玲子ちゃんっていっつも忙しそうにしているのよねー」


 瑤子ちゃんの鋭いツッコミ。かなりダメージがでかい。


「そ、そう? 日曜日は必ず休むようにしているんだけどなあ」


「でも、昼まで寝てたりするじゃない。せっかく同じお屋敷になったのに、その点は改善を要求しまーす」


「が、頑張ります」


 快諾できない自身がちょっと悲しい。そしてお約束とばかりに、みんなから笑われたり総ツッコミを受ける。

 そしてそれもひと段落してから、涼太さんが改まった。


「それでこれからの段取りは?」


「今日はこれから、私と向こうのビルの一番下まで行って、怖いオジさんと面談してもらいます」


「分かりました」


「頑張ってね」


 そうしてマイさんが、すぐにも二人の世界を作りそうになるので、ちょっと意地悪をしておく事にした。意地悪は悪役令嬢の特権だ。


「涼太さんは、頑張って20代で係長。30代で部長あたりに。40代には、鳳グループを支える人になって下さいね。そうすれば周りは誰も文句は言わなくなるし、鳳は一族の有力社員を得られるし、丸く収まりますから」


「あ、はい。……あとは、僕の頑張り次第か」


「周りは化け物みたいな人ばかりだから、変に気負わずに。けど今は鳳グループが大規模な拡大中だから、人が増える一方で出世はしやすいし、今の内に入って出世しておけば、あとあと楽ですよ」


「なんとも先の長い話ね。それで、今日これからは?」


 呆れ気味なサラさんが、多分この時点で一番建設的なご意見を口にする。


「さっきも話したように、昼と夜の私の誕生日パーティーに出席して、適当に仲よさそうにして下さい。ただし涼太さんは、鳳ビルに行ったら帰る事」


「了解しました」


「お付き合い組は、今後も喫茶店とか周りから見られるところで会って。できれば、健全な逢引を数回。そして、5月の鳳パーティー辺りで噂をばらまいて、梅雨の季節くらいにお兄さんの話を虎三郎が向こうに伝える感じかなあ」


「そんなところだろうな。それにしても玲子は策士だな」


「優秀な軍師が付いていますからね」


 勝次郎くんへの返しで、一斉に視線が後ろで気配すら消していた真っ白なお芳ちゃんに向く。それにお芳ちゃんは、コミュ障みたいにぎこちなく会釈するだけ。

 そう、今回の悪巧みは、お芳ちゃんと相談して発案したものだ。

 満州の時はみんなで考えたけど、今後は二人で悪巧みを考える事も多くなるんだろう。


 何しろ私は今日から12歳。もう幼女や子供とは言い切れない。今までよりも、もう少しドロドロした世界に足を突っ込む事になるんだろう。

 その直前に、なんとも爽やかな小さな事件が舞い込んできたのは、一服の清涼剤とかにならなければと思えて仕方なかった。

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