220 「元老会議?」

(西園寺公望82歳、高橋是清77歳、原敬75歳、田中義一67歳、犬養毅76歳、そして加藤高明が71歳。曾お爺様が生きていたら今年で79歳だから、確かに似たような世代ね)


 還暦という若輩のお父様な祖父がホスト役として話し始める中、隣にちょこんと座る私は再度の現状把握に努める。


(ていうか、高橋様以外は全員総理経験者か。今更ながら、よく来てくれたものね。ホント、曾お爺様には感謝しかないわね)


 そして私が黙っている中、しばらく年寄り達の会話が続く。


(田中義一は、心臓やられてから一気に老けたなあ。一番若いのに、同じかそれ以上に老けて見える。けど、善人そう。ほとんど好々爺ね)


(高橋さんは相変わらずかな。当たり前なんだろうけど、財政と経済の事以外は普通のお爺ちゃんよね)


(西園寺公望公は、ほとんど喋らないなあ。どんな人か、少しでも知りたいのに)


(ていうか、殆ど原敬と加藤高明と犬養毅が喋ってない? 田中義一とか適当に相槌打っているだけでしょ、これ)


 見ている分には結構面白い。弁も立つし胆力もある人ばかりだけど、当人達以外はいないから比較的和気藹々だ。

 と言っても、話しているのが主に曾お爺様のお話だからだ。日本人らしく、まずは雑談からという事なのだろう。


(けど、本来は曾お爺様のお話をするのだけの筈なのに、これが前座なんてなんとも因果な商売よねえ)


 そんな気持ちが少し顔に出たらしい。殆どだんまりな西園寺公望公爵から視線を受けてしまった。

 仕方ないので、取り繕いの笑みでも浮かべておく。すると最後の元老の口が再び動いた。


「お嬢ちゃんが茶番に飽きた言うてはるで。ソロソロ本題に入ろやないか。わしらのような老人は暇な時間が幾らでもあるけど、子供の時間を取るもんやあらへんやろ」


「確かにそうですな。さて、何から話しましょう」


「わしは鳳が満州で幾ら使ったかを聞きに来ただけだよ。不確定な数字は、気になるからね」


 原敬の言葉に、高橋さんが少し顔をしかめながら答える。最初から思っていたけど、私もしくは鳳への不快感とかではなく、この集まり自体への参加が気に入らないご様子だ。

 お父様な祖父のことだ、法要の『ついで』に個別にお話ししたいくらいに伝えていたんだろう。


 それはともかく、高橋さんの言葉に加藤高明が同意の頷きで続く。だから私は、お父様な祖父へと視線を向けると、こちらを見る視線とかち合う。

 多分、ぶっちゃけろという事だ。だから大上段から切り込むことにする。


「殿下には、1000万円分ほどお渡ししました。うち半分が現金で、残りがトラックなどの現物です。全て鳳の裏帳簿からの出費で、紙面や書類は一切残していませんので、これを証明する術は事実上ありません。ですがこれで、今月中に満州で大きな動きが出る筈です。

 また、これが重要ですが、陸軍もしくは関東軍は、この百分の一程度と考えるように仕向けています。いつかは真実に気づくでしょうけど、時間は稼げるようにしました」


 驚きの声もない。高橋さん、田中さんの表情が少し動いただけだ。

 再び口を開いたのは、西園寺公望公だ。


「それが何を意味するか、分かってしたんやね」


「勿論です。していなければ、約一ヶ月後に関東軍が大変な事を仕出かします。それだけは、日本の行く末の為に避けなければいけません」


「その根拠は夢だというが、本当か?」


 ちょっと強く言い過ぎたかと思ったところで、犬養毅が割り込んできた。西園寺公が軽く眉をあげて非難しているけど、お構い無しらしい。

 まあこの場は一応無礼講に近い場なんだろうけど、私としては老人達の関係とかは今のところどうでもいい。質問があれば、答えるだけでいい筈だ。

 しかも質問が質問なので淡々と続ける。その方が良いと、経験から知ったからだ。


「私以外の方にとっては、占いと同じです。現に当たったものもあれば、外れたものもあります。お好きにとって頂いて構いません」


「その当たりが、アメリカでの信じられない程の大儲けなんだろう。私個人としては、是非あやかりたいものだ。それで、夢の通りなら、今回の場合は日本はどうなるのかね?」


「もう、『夢』は意味がありません。私が知らない状況に変化してしまっています。それでもお聞きにりれますか? 外れた『夢』ですよ。それと、失礼ながらご忠告しますが、興味本位程度のお気持ちでしたら聞かれない事をお勧めします」


「参考の為に聞かせておくれ」


 考えたので一瞬答えの遅れた犬養毅ではなく、原敬が穏やかに問いかけてきた。あれからも定期的に鳳ホテル下のメイド喫茶に通っているというから、抹茶ケーキの威力に違いない。職人の腕が良いらしく、本当にあそこの抹茶ケーキは絶品だ。

 そういえば目の前にあるのも、同じ抹茶ケーキだった。

 その抹茶ケーキを一瞬見てから、もったいぶったような形で答えることにする。こういう場面は、もったいぶる方が注目してくれそうというだけの理由だ。


「それでは、少しばかり夢物語をお聞かせ致しますので、ご拝聴のほどよろしくお願い致します」



 そして10分ほど、私の独演会が続いた。

 話した内容は、柳条湖事変から日本が国際連盟を脱退するまでの一連の流れ。淡々と、可能な限り詳細に、私見を排して話した。テレビのアナウンサーが、ニュースを報じるように。

 そしてその効果は多少はあったらしい。老人達の顔に、色々な表情が浮かんでいる。

 それを見つつ締めの言葉を紡ぐ。


「以上になりますが、お気付きの通り既に前提条件や状況が大きく違っています。そして現状も大きく食い違っています。ですから、今の話は『ただの夢』、私の妄想に過ぎません」


「いや、ちょっと待ちたまえ」


 さらに言葉を続けようとしたところで、口を挟んできたのは加藤高明。少し厳しい口調と目線だ。


「4年前、憲政党時代の内閣を倒したのは、鈴木を飲み込む為ではなく、本当の目的は今の状況を作る為だったと理解して良いのだろうか?」


 すぐにその推測に辿り着くとは、流石としか言いようがない。他の老人達も、同じ答えに辿り着いたか気付かされたようで、私に視線が集中する。

 私の方は、取り敢えずだけど、お父様な祖父に視線を向ける。けど、私の血縁者は視線を向けはくれなかった。好きにして良いという事だ。

 『夢』だから、私の領分になるからだ。


(どう答えようかなあ。現状って、私が何かした結果もあるけど、私にとっては半分以上偶然の結果とか玉突き事故の結果なのよね。嘘を言ったところで、こんなレジェンド級のネームド達相手に馬脚を露わすのがオチだし、ここは正直にいくか)


 そう思ってゆっくりと頭(かぶり)を振る。


「あの時点では、鈴木を飲み込む事を目的としていました。内閣の交代で大陸情勢が大きく変化するのは、想定外というより想定や予測すらしていません。何しろ、私の『夢』には無かった状況です」


「その言葉を鵜呑みにしろと? 失礼を承知で言わせてもらうが、信じろという方が難しい。いや、何を信じるべきか、戸惑うしかない。何が嘘で何がまことなのか、単なる狂言回しにすら思える。

 だが、鳳が色々としてきた事は、それなりに知っている積りだ。巨大過ぎる成功については、誰もが認める事実だ。その上で、あんな話を聞かされては、正直なところ背筋が凍る想いだよ」


 言い切った加藤高明が少し後悔の表情を浮かべたけど、何に後悔したかまでは表情からは分からない。子供に強く言い過ぎたからか、自分の弱さを見せたからか、その辺りだろう。

 けど、似たようなとまでは言わないけれど、居心地が悪そうにしているのは加藤高明だけじゃなかった。平然としているように見えるのは、西園寺公望公と原敬くらいだ。

 だから私としては、小さくため息をつくくらいしか出来ない。


「だから最初にご忠告したではありませんか」


 その言葉に苦笑したのは原敬。軽く眉を上げたのは西園寺公望公。口を開いたのは、高橋是清だった。


「もう帰って良いかな? 聞くことは一応聞いたし、これ以上聞いたら寿命が縮むよ」


「それはワシもだ」


 高橋是清に田中義一が続く。


「聞くんじゃなかったよ。けど、去る前に一つだけ言わせておくれ。お小さいのに、日本の為に働いてくれてありがとう。国民を代表してお礼を申し上げる。そして、玲子ちゃんの行いが、良い結果を産む事を心から祈っているよ。……それじゃあ、皆の衆、またの機会があれば」


「あ、あの、この後皆様を囲んでお食事会などしたいと考えていたのですが」


 さらに続いた田中義一が言葉の終わりと共に立ち上がろうとしたので、慌てて止める。

 そうすると素の顔で苦笑した。本当に好々爺化している。


「そういえば、食事という話だったね。それにこれは蒼一郎さんの法要だった。歳をとるもんじゃないな。すっかり忘れっぽい。麒一郎少将、良い孫を持ったね」


「ありがとう存じます、閣下。ですが一つだけ。玲子は、私の娘です」


「そうだった。本当に歳はとりたくない」


 そんな政治家じゃない素な田中義一のおかげで、主に私のせいで冷えた座がほんわりとした。

 そしてその後も大切な話は続いたけど、うまく運ぶ事ができた。


(田中義一が癒しキャラに化けるとか、もう笑うしかないわね。けど、おかげで助かった)


 そう、これで根回しも第一段階突破だ。

 あとは関東軍が本当に暴走しなければ、最悪の事態は避けられるだろう。そしてそうなる事を祈るしかないのが、私の限界であり、歯がゆく思えた。

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