057 「最後の園遊会?」

 5月吉日。

 この年の鳳の園遊会は、参加数が一気に膨れ上がった。それもその筈、鳳が鈴木を飲み込んだからだ。

 その証拠とばかりに、鈴木の人が全体の3割近くを占めており、その分だけ参加者が増えている。これには、それなりに広い鳳の屋敷の庭も限界で、今年は屋敷の中も一部開放している。

 それでも来年は無理だろうとの事で、鳳の本邸での園遊会は今年で最後だろうと明るく語られていたりする。

 私だけが知っている「昭和金融恐慌」を回避しているので、大人達の表情も全体的に明るい。

 少なくとも、今の鳳は勝ち組だ。


(まあ先代の「夢見の巫女」とお父様な祖父達が埋蔵金を用意してくれていたから、私が転生してきていなくても、ゲームのような鳳の破綻は無かったでしょうけどね)



「何、満ち足りた顔しているんだ?」


 勝次郎(かつじろう)くんが声をかけてきた。少し離れた場所には、鳳の子供達が戯(じゃ)れあっている。

 園遊会の人数は増えたけど、同世代は変わらずだ。

 しかし今年は、人数が増えたせいで自由度がなく、圧倒的に数が少ない子供は端っこに追いやられている。

 お菓子のテーブルの近くなのが、せめてもの情けと言わんばかりだ。


「平和で良いじゃない。けど、勝次郎くんところには、今回は迷惑かけたわね。こんなに増えるとは、家の人も思ってなかったみたい」


「気にするな。そもそも鳳の宴に毎回押しかけているのはうちの方だ。ただ玲子は、別の意味で鳳の者以外に注意しとけよ」


「アラ、そうなの? 誘拐でもされるのかしら?」


「何、お嬢様ぶっている。だが、それくらい警戒しておけ。お前が金づるだと考え始めている馬鹿は多いぞ」


「勝次郎くんは違うの?」


「俺は分家筋になるが、玲子以上に金づるだからな。それに玲子は、俺の伴侶、えーっと英語で言うところのパートナーになる女だ。間違っても、そんな馬鹿な事をするか」


「一応聞くけど、それ口説いてる? しかも7歳児が」


 どんどん話をしてくれるが、勝次郎くんの俺様ムーブにちょっと疲れたので、思わずマジツッコミしてしまう。

 だが、勝次郎くんはどこまで俺様だった。


「は? 口説く必要すらないだろ。まあ、玄太郎や龍一に勝つ必要はあるが、勝つのは俺だ。それと年は関係ない。・・・ん? どうした?」


「いや、流石勝次郎くんだなあって呆れてたところ」


「……恋心を抱けとは言わないが、せめて感心しろよ。あと、あまり言いたくないが、あの二人に負けないだけの事はしている積りだ」


「そうなの? 玄太郎くんは帝大首席、龍一くんは陸軍首席を狙ってるわよ。勝てるの?」


「陸軍の方は勝負しないので何とも言えんが、帝大では勝ってやるよ。そう言えば、玲子は帝大行かないのか?」


「7歳児にそれ聞く? それに私、帝大程度行く必要もないわよ。大人になってその時平和だったら、海外留学するつもりだし」


「……なるほど、それもありか。俺もケンブリッジやオックスフォード、いやハーバードあたりは興味ある」


 もう子供の会話じゃない。いや、大人から見れば子供の他愛ない戯言の言い合いにも聞こえるだろう。いたって本気なのが、なかなかに怖いところだが。

 そんな事をふと思った隙に、勝次郎くんが周囲を見渡す。


「どうしたの?」


「いや、せっかく忠告したし、ナイトの代わりでも果たそうかと思ったが、大人が来ないな」


(なんだ、気づいてないんだ。まだまだクンフーが足りないぞ、俺様野郎)


「何だよ」


 私のちょっと小馬鹿にする表情は見逃してくれなかったが、勝次郎くんにならネタバラシをしてあげても良いだろう。

 だから何箇所かを小さく指差してあげる。

 そうすると勝次郎くんはすぐに気づいた。そこは流石だ。


「なるほど、やるな玄太郎達。馬鹿騒ぎする振りをして、大人を玲子に近寄らせない場所に位置して、しかも自分たちに目が向くようにしているんだな。俺がここまですんなりこれたのも、あいつらのお陰か」


「そうよ。ほんと、助かるわ。……あ、でもないかも」


「ん? 何だ、聞いた事のない音楽だな」


 二人が気づいたように虎士郎くんが歌い出し、周囲の注目を集め始めていた。今年6歳になる幼児なのでまだ少し声が幼いが、まさに天使の声。

 その天使の声が、今まで聞いた事のないメロディーを次々に披露していっている。


(私は全部知ってる。何しろ私が教えた、未来の歌だからねえ)


 少しばかり心に汗かいてしまいそうな状況だ。何しろ音楽分野で歴史を前倒ししているようなものだ。

 会うたびに虎士郎くんにせがまれるので、その笑顔にやられてこの時代に誰も知らない歌や音楽を教えていたのだけれど、それを完璧に、しかも私が足りないところは自分の独創で補っている。

 時代にそぐわない旋律や歌詞ばかりだけど、圧倒的と言える歌唱力と天使の歌声で押し切っている。


(そりゃあ、あの天使の声で歌われたら、誰だって聞き惚れるわよねえ)


 感心していると、グッと手を引っ張られた。

 そっちに顔を向けると、やや真面目な表情の勝次郎くんが私の手を強めに握っている。


「人が集まりすぎている。屋敷の中に逃げるぞ。どこか安全な場所は?」


「えーっと、裏口の使用人用の勝手口から入って、使用人用の階段で上に上がれば、家のもの以外誰もこな、って!」


 言い終わるより早く、屋敷の裏へと私を引っ張って行く。

 それに引っ張られつつ、私はシズを探す。しかしシズは、こっちに来ようとする大人どもを阻止するので精一杯だ。しかし一瞬だけ視線が合ったので、とりあえず大丈夫だろう。

 だからもう一人、勝次郎くんのお付きの人を探すと、そちらはそちらで勝次郎くんと頷き合うところだった。そしてそのお付きも、大人の阻止に手一杯だ。


 その後「そこ」、「あっち」、「こっち」と、いつしか位置関係を逆転させつつ、屋敷の上層の静かな場所への退避に成功した。

 途中、使用人の部屋でうちの使用人とすれ違った以外に、大人と会うこともなかった。



「ありがとう。けど、もう戻れないわねえ」


 園遊会をしている庭を見下ろせる部屋の窓から下を覗くが、とりあえず混乱などは起きていない。

 けど、虎士郎くんを中心とした野外ライブ状態になっていた。カメラで撮っている人もいる。

 まだレコード以外に音を記録する技術はないから、未来の歌と音楽が広く流布する事はないだろうけど、虎士郎くん自体が大きく注目される切っ掛けというかターニングポイントになりそうな気配だ。


「おーっ、盛況だな。まあ、玲子より目立ったから良い目くらましになったんじゃないか」


 私がのぞいている横から、いや上から被さるように勝次郎くんが同じ窓を覗き込む。

 これがお互いお子様じゃなければ、かなりイケナイ距離感だ。


「重いしくっつきすぎ」


「良いだろ別に」


「よくない。うちの仕来り忘れた?」


「それは覚えている。だから何もしないぞ」


「そういって離れないのは、何?」


「いや、うちじゃあこうして触れ合ってくれる家族いないから。精々、母上がたまに頭を撫でてくれるくらいだ」


 ちょっと可哀想な家庭環境を、子供らしい悲しみを少しのせた表情で言われたが、甘やかしすぎてもいけないと思う。


「……私なら良いわけ?」


「玲子だけじゃないぞ。虎士郎とか向こうから抱きついてくるし、正直お前らの距離感は羨ましい」


「……私も努力したのよ。それより、私じゃなくても良いのね」


 私の努力発言に少し気を取られたスキに、ひょいと身を避けるとそのまま無様に崩れ落ちてしまった。


「ちょっと酷くないか? しかし努力しないとダメなのは確かにそうかもな。それに玲子はご両親が既に他界されていたんだったな。済まない」


 話しながら起き上がり、そのまま90度のお辞儀。

 それにわざと小さくため息をついておく。


「構わないわよ。それに一族のみんなは、私に良くしてくれているもの。使用人達もね」


「それはやっぱり羨ましいな。うちは厳しいばかりだ。だから、たまに遊びに来るぞ」


「賑やかなのは大歓迎よ」


(子供のうちはね)


 言葉のあとに心で付け足したが、多分、勝次郎くんも分かっているのだろう。

 だからこそ、子供の間のイノセンスな期間は貴重だと思う。

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