050「持株会社」

「で、どう見る?」


 料亭から帰りの車の中。

 ここで食べて帰ると曾お爺様が言った事もあり、金子さんが先に帰ってしばらくして別々に料亭を出て合流してからの車の中。

 運転は時田がして、助手席はシズ。あとは曾お爺様と私だけだ。


「丸呑みしましょう。やっぱりそれが一番よ」


「簡単に言うな」


 曾お爺様がたまらず苦笑する。

 しかし私は本気だし、今なら出来ると理解できていた。


「けど、不良債権が7000万円、台湾銀行から鈴木への融資額が累計3億5000万円。合わせても2億ドルよ。株を担保に4億円の調達は十分出来るでしょう。株の一部をドルに替えてドルのまま日本に持ち帰れば、高橋さんも文句はおっしゃらないだろうし。ねえ時田、2億ドルくらいならいけるわよね」


「一度に、となると調達は難しいでしょうな」


「実際に現金を日本に持ち込まないから大丈夫よ。台湾銀行に全額いきなりうちが支払ったりしたら、日本にお金が増えすぎて下手したら大変な事になるものね」


「かもしれませんな」


「台湾銀行の分は多少の手付金だけで、後はうちが持つと言えばそれで良いだろう。それにしても鈴木を丸呑みか」


「ええ。フェニックスから鳳銀行に少し資産を移すか、株を担保に増資して、うちが鈴木の機関銀行になるの。それでグループ化は十分でしょう?」


 そう言ってすぐに失言を自覚する。

 一族中心の財閥と考えるから、身売りの際の心理的障壁が高すぎるので自然と出た言葉だが、この時代にはまだない概念を口にしてしまっていた。


「グループ化? なんだそれは? 時田」


「いえ。アメリカにも、そのような企業や集団の用語は御座いません」


「夢の向こうの話か。どう言うものだ?」


「えーっと、グループは集団で企業集団化の事ね。持株会社なのは財閥と同じ。けど、一族じゃなくて機関銀行が中核になるの」


「何が違う? 同じように聞こえるが?」


「まあね。けど、一族が持つ財閥本社じゃなくて、機関銀行が一番てっぺんにくるのよ。あとその会社は、フェニックスを正式に組み込んで、他の保険とか金に関わる会社を直接傘下に置いて体制を強化するの。名前は金融持株会社、ファイナンシャル・ホールディング・カンパニーね。

 これなら一族支配じゃないから、食われる側も多少は受け入れやすいし、取り込みやすいわ。あと、ピラミッド構造じゃなくて、相互に対等な関係を水平的に結ぶ連合体って形に再編成・・・」


「ちょっと待て。鳳財閥自体を作り変えるのか?」


「あー、そうなるわね。けど、うちより大きな鈴木を飲み込んで、同じ業種を合理化とか合併していくのなら、そうした方が後々楽よ。

 それに銀行を牛耳れば、金子さんにも全部を支配できる可能性が一応出来るから、簡単にまた再分裂はしようと思わないんじゃないかなあって」


 私の言葉を、曾お爺様と時田が考える。

 シズは我関せずで、常に車の外を油断なく警戒している。一応護衛用の車も前後に1台ずつ付いているが、こう言う時のシズはなんだかボディガードじみている。

 そんなシズの真剣な横顔を伺っていると、時田が運転席から問いかけてきた。


「玲子お嬢様、もしかしてですが、そのグループ化はフェニックスを頂点にしたお嬢様個人による体制作りを狙っておいでなのでは?」


「時田もそう思うか。フェニックスこそが、本当の頂点になるのだからな。それにしてもよく考えたな。それも夢で見た情景から得た答えか?」


 そんな気は無いが、前世の知識で知っている事にヒントを得たのは確かだ。

 あと、私が支配しようと思って口にしたんじゃない。その方が少しでも楽だろうと言う程度の考えからだ。

 けど、二人の表情を見ていると多少ハッタリを効かせてもと、悪戯心が芽生えてしまう。


「まあ10年後くらいには、そうできればなーって」


 なるべく軽い口調を選んだのだが、ますます二人が考え込んだ。

 そして曾お爺様が重々しく口を開く。


「10年後までに、そうしなければならない可能性が高いという事か。少なくとも鳳としては。しかし、理由はなんだ? 単に大財閥と張り合う体制というのとは少し違うな。以前定めた鳳自体の計画と合わせたら、日本がどこかと全面戦争でもするくらいしか思いつかないが、そういう事なのか?」


 今から10年後だと、日本にとっての全面戦争、総力戦となる、支那事変、日中戦争が始まった年だ。

 特に考えずに口にしたが、もしかしたらこの悪役令嬢の頭脳が弾き出した言葉なのかもしれない。

 だから答えとして続ける事にした。


「そうならなければ良いとは、凄く思ってるわよ」


「備えあれば憂いなし、ですな」


「それと、もう一つ」


「まだ理由があるのか?」


「お兄様とその上の一部将校の方々は、日本が世界に伍して張り合えるだけの国家体制、いわゆる総力戦体制の構築に邁進しておいでです。あまり露骨にすると政商と言われそうだけど、それを家の者として少しでもお手伝い出来ないかなあって」


「今度は政商ときたか。まあ鳳は、半ば政商のようなものだ。その点で気にすることはない。これ以上、他から嫌われる余地はないからな。それで、総力戦の話は龍也から聞く方が良いのか?」


「はい。本気でお考えなら、龍也お兄様から永田鉄山という方を紹介してもらえば良いと思うわ。けど、そうすると軍の人との関係が深くなりすぎて、他の財閥や政治家との関係がややこしくなるかも」


「軍のことなら問題あるまい。鳳は一族当主がその軍人だぞ。それにしても次から次へと考えるやつだ。つかぬ事を聞くが、今日の金子さんとの話は、夢以外でお前は予測なりしていたのか?」


 それくらいの予知能力があれば良いけど、というポーズを込めて手を左右に振る。


「隣の部屋で話を聞いていて、なんとなく思っていただけよ。自分でもこんなにスラスラと言葉が出てくるとは思わなかったわ」


 我が事ながら、少し遠い目をしてしまう。

 そんな私を見て、曾お爺様が豪快に笑い始める。そしてその笑い声はしばらく続き、そして覇気のある声が続く。

 まるで10歳は若返ったかのようだ、と言う感じだ。


「頼もしい事だ。時田、これからしばらく忙しくなるぞ。善吉のやつもケツを叩いてやらんとな。私もまだ耄碌(もうろく)している場合じゃないらしい」


「誠ですな。はい、畏まりました」


 答える時田の横顔が、ニヤリと男の笑みだ。


(なんだなんだ? 二人して勝手に盛り上がって)


「あの、曾お爺様?」


「ありがとう玲子。私にもまだ出来る事があると教えてくれて。それに、こんなに大きな舞台を用意してくれて、な」


「あ、はい。その、あんまり無理しないでね」


「ああ、そうだな。だが、玲子が紅龍に作らせた薬で永らえた命だ。ここで燃やし切っても悔いはないぞ」


 そんな曾お爺様の言葉に、何か子供らしい我儘で曾お爺様の無茶にセーブをかけようかとも思ったけど、その顔を見てやめた。

 精力的で男性的魅力に満ちていて、そのうえ目がギラギラ&キラキラしていた。そんな男を止めたら女が廃る。

 だから悪役令嬢としての言葉を伝える事にした。


「それじゃあ、私の分も残しておいてね」


(あ、いつもの子供言葉にしてしまった)


 しかし私の言葉に、曾お爺様は豪快に笑い返すだけだった。


__________________


持株会社(もちかぶがいしゃ)

ホールディング・カンパニー(英語: holding company)。

他の株式会社を支配する目的で、その会社の株式を保有する会社を指す。

他の株式会社の株式を多数保有することによって、その会社の事業活動の指針を決めることを事業としている会社。


戦前の日本の財閥の財閥本社などが典型。

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