045 「お揃いの服」

 カリカリカリ。

 ヌリヌリヌリ。


 大正から昭和に代わって間もない頃、子供らしくお絵描きをしている。

 私の癒しの時間の一つだ。


 前世の私は「歴女」だけに、それなりにオタクだ。プロからは程遠いけど絵だって描くし、SNSなんかでもそれなりに活動もしていた。本にして聖地に持って行ったこともある。

 当然、絵師様の作品を手に入れる事にも力を注いだ。

 だから絵を描いても、幼女の描く絵とはかなりかけ離れてしまっている。さらに言えば、時代からもかけ離れてしまっている。けど、今更幼い絵を描けと言われても、描いたところで凄く嘘くさい。

 自分で見て絶望したので、早々に開き直っている。


 しかも、さらに困った事に前世の私より上手い。

 根本的な面で技術とか素質が悪役令嬢は優れているのが、こんな事にまで反映されている。油絵とか描きたくなるレベルだ。

 しかし悪役令嬢の能力で描かれる、前世の私が心を捧げた「推し」達の姿は私の心を少しばかり癒してくれる。

 けど、21世紀のものを表に出すわけにはいかないので、おもちゃ箱の最も奥にしまわれている。


 表に出すのは、もうちょっと私の好みになって欲しいと思うこの時代のファッションに関してだ。

 この時代のファッションに文句があるわけじゃない。時代を問わず、素敵な人は素敵だ。前世の私じゃあ歯も立たない。

 雑誌やたまの外出で見かけるモボ、モガは凄くイケている。思わず写真、可能なら動画すら撮りたい人も少なくない。その姿は100年後も残しておきたい。


 おねだりして銀座に連れて行ってもらうほどだし、お金に余裕ができるようになって来たら、人を雇って記録という形で写真や動画を撮ってもらっている。

 そして直に見たり撮ってもらったものを見て思ったが、思っていたより街中には洋服姿を見かける。華やかな帝都だからなのかもしれないけど、公務員と軍人、警官以外は和服か和洋折衷と思っていたのと少し違った印象だ。丸の内に務めるリーマンは、ほとんど21世紀でも通用する姿だ。


 しかし、しかしなのだ。

 ああすればとか、こうしたらとか、あれをもう一枚羽織ればとか、あのアクセサリーを付けたら、そのコーデには一言言いたいとか、色々思う事もしばしば。

 けど、この時代のファッションとしては正しいのが殆どで、単に前世知識のある私がズレているだけだ。


 さらに私はオタクでもあるので、オタク的なファッション、アイテムも欲しくなる。

 街中の人はまだ多くが和服だったり、女学生の袴姿、男子高校生、大学生の学ラン姿とかサーベル下げた警官とかは、逆にコスプレっぽくてポイント高いけど、私が物足りないと思っているのはそうじゃない。


 女学生は大正浪漫な袴姿からご存知セーラー服に変わり始め、男の子も中学生くらいから学ランを着はじめている。

 一方で、お兄様は相変わらず完璧なイケメンぶりで、軍服姿は似合いすぎるのだが、それだけじゃあお腹いっぱいにならない。

 腐女子な女オタクは面倒臭いのだ。

 だからカワイイものが欲しい。可愛いじゃないところが私的には重要だ。


 可愛すぎる瑤子(ようこ)ちゃんには、猫耳カチューシャとか付けたら、悶え死ぬか尊死してしまうに違いない。

 いや、瑤子ちゃんだけでなく、幼い今ならうちのイケメン幼児どもでも、十分に悪役令嬢の中の人である私は尊死するレベルだ。

 しかし一度頼んで作ってもらったそれは、私とそう年の変わらない後のおばけ漫画家が描く化け猫のパーツでしかなかった。

 だから私は描く。21世紀のオタクの魂の赴くままに。

 


「はいこれ、デザイナーさんに届けておいて」


「……畏まりました」


「言いたい事があるなら、ちゃんと言ってね」


 メイドのシズがビミョーな表情を一瞬浮かべたので、語尾にハートマークが付きそうな可愛さという名の威圧を込める。

 そしてそれが効いたらしく、渋々口を開いた。


「少しばかり肌の露出が多くありませんか? 破廉恥と取られかねないかと存じます」


「えっ、これでもダメ? ちょっと貸して」


「はい」


 うん。この時代の人の意見は重要だ。

 それにしても、なんで鳳は服飾の会社とかお店を傘下に置いてないんだろう。

 お金に余裕が出来たら、私のゴージャスな容姿の為にも私専用のブランドを作ってやろうと決意したくなる。

 コスプレばかりになりそうだけど。


「はい、リテイクおしまい」


「……はい。ではお預かりします」


「アレ? まだダメ?」


「ダメでは御座いませんが、モダンというかナンセンスなものばかりですので」


 まさかの、さらなるダメ出し。しかしここで折れたらダメだ。

 折れなかったお陰で、鳳のお屋敷の女性使用人は、去年のうちに全員クラシックメイド姿にチェンジした。

 次はキャップじゃなくて可愛いカチューシャを推したいところだ。メイドエプロンももう少し可愛くしたい。

 そうすれば、さぞ壮観だろう。

 今までが、せいぜい和服の上にほんの少しフリルがついたエプロン程度だった事を思うと『隔世の感あり』というやつだ。カチューシャ未実装の現在でも、ワガママ言った甲斐があったとヒシヒシと感じる。

 今後も華族界隈、財閥界隈に広まって欲しいと本気で思う。


(それより、ハイカラじゃなくてモダンだし、もうナンセンスって言葉もアリなんだ)


 まあ、常識家なシズのダメ出しはいつもの事なので、私の関心が向くのはこんな事ばかりだ。

 しかしシズの視点でも『うさ耳』オーケーなのは私的にポイント高い。尻尾付きなのはもちろんだが、水着やレオタードのようなあのスタイルを避けたのが正解だったのだろう。

 とはいえ、アメリカにはまだカジノの都はない筈なので、バニーガールを着させる場所がないのだから、『うさ耳』も勇み足だったかもしれない。

 

(『うさ耳』はオーケーでも、バニーガールは遠いなあ。水着も、確かビキニが出来たのも戦後の水爆実験が発端だし、可愛い水着はまだまだ先だなあ)


 絵だと何でも描けるけど、その水着にしても布の面積が広いから、私の視点からだと服の延長という程度でしかない。


(下着も、まだまだかぼちゃパンツやドロワーズが普通だし、それ以前に日本だと下着すら・・・布面積の少ない水着なんて私がお婆ちゃんになる頃じゃないと登場しないかも。これはまだまだ啓蒙が必要ね!)


 私のデザイン画を然るべき人に郵送手続きするため出て言ったシズを見守りつつ、私が思うのは昭和に入った日本、いや世界のファッションをいかに私好みに変えていくかだった。



 そんなある日の事。ついに求めていたものが、私の元に届いた。

 早速、必要な人員を集め、そして着替えてもらう。

 届いたのは、私たち鳳の子供専用の『制服』だ。


「かわい〜っ! 瑤子ちゃん天使みたい。ううん、もう天使そのものね。輪っかと翼が見えそう!」


「ありがとー、玲子ちゃん。それと、こんな素敵なお洋服ありがとう!」


「お礼を言うのは私の方よっ!」


 そう言って二人してヒシと抱き合う。

 もうこのままお持ち帰りしたいくらいに可愛いが、ここが私の屋敷なのを思い出す。それでも私のテンションはマックスだ。

 その上、さらにテンションが上がる情景がやってくる。


「おい、玲子。なんだこの洋服?」


「色や模様はともかく、仕立ては紳士服に似ているな」


「あ、玲子ちゃん達もボク達とお揃いなんだね」


 龍一くん、玄太郎くん、虎士郎くんと、3人の男子達が虎士郎くんの言葉通り、お揃いの服を着て別室からやってきた。

 成長を見越して少し大きめのサイズなので、可愛いさが一段跳ね上がっている。


「おーっ、3人ともよく似合ってる。流石ね」


「何が流石だよ。服着ただけだろ」


「お兄ちゃん、素敵」


「そ、そうか?」


 龍一くんは私を腐すくせに、相変わらず妹の瑤子ちゃんには形無しだけど、今日は可愛いので許す。

 その横では「本当?」と言いながら、虎士郎くんがくるりとその場で回ってみせる。華があるので、それだけでファッションショーの一幕のようだ。

 玄太郎くんは少し離れて立ちクールに決めているが、つい先日実装されたばかりのメガネの奥の顔が少し赤らんでいるので、何をか言わんやだ。

 そして全員集合でやるべき事は決まっている。


「さあ、別室に写真屋さんに来てもらっているから、撮ってもらいましょう」


 そう、この可愛い姿を永遠に留めるのだ。

 そしてこれは、ゲームの過去解説の1ページを作り上げる、私にとっての一つの儀式だった。

 みんなが着ているお揃いの服も、乙女ゲーム『黄昏の一族』の登場人物達が着ている衣装と同じ。このゲームは「一族もの」で「学園もの」ではないので、揃いの制服という姿での登場はない。

 だがそれでは少し寂しかろうと考えたゲームデザイナー達が、幼少期は同じ衣装でそれぞれ学校に通っていたという設定を用意したのだ。

 あと二人の攻略対象達がいないのは残念だけど、そのうちこの服を押し付けてやるつもりだ。


 そして私達が試着した服は、21世紀の高校生の学生服によく採用されているイメージに近い。

 薄めの茶色系を基調としたブレザースーツで、スカートかパンツはタータンチェック。シャツとハイソックスは白。ネクタイは女子が赤いリボン、男子がリーマンと同じネクタイで色は紺系。

 この時代に合わせ、女子のスカートが長めなのが私的には少し残念だが、子供ならこれで十分だろう。



「ハイッ。お疲れ様でした」


 よく聞くような言葉で写真撮影が終わり、子供なのですぐにガヤガヤと騒ぎ始める。


「私的には、これを鳳学園の初等科と中等学校にも導入したいんだけどねー」


「無茶言うな。そこまで裕福じゃない家の子も通っているんだぞ」


「そうなのよねー」


「制服って、学ランだけじゃないんだな」


「女の人だと最近はセーラー服だよね。水兵さんみたいに」


「私、セーラーも欲しいかも」


「じゃあ、今度作りましょう。絶対に可愛いから! ねえ、龍一くん、この春からの服はどっちが良い?」


「お、おぅ、こっちで良いんじゃないか」


 そう、私が瑤子ちゃんのお兄ちゃんに聞いたように、この春からは瑤子ちゃんと虎士郎くんも晴れて小学校入学。

 この服で一緒に通って、ムーブメントを引き起こしてやろう。


_____________________


モボ、モガ

モダンボーイ、モダンガールの略。

1920年代の流行の最先端を行く若い男女のこと。

基本、センスの良い洋風の装いを指す。

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