015 「誕生日会」

 4歳の誕生日を迎えた。

 私の誕生日は4月4日。

 ゲームデザイン段階で、4月2日にするか悩んだとか書かれていたのを覚えている。要するに、日本人的に不吉な数字の並びを選んだらしい。

 しかし戦前の日本だと、年を超えた祝いと誕生祝いは合わせて正月にする。あと子どもの場合、七五三が誕生日の代わりのような役割を持つ。


 だからいつもの一日と変わりない。前世でもごく小さい頃にそれなりに親に祝ってもらった覚えはあるが、誕生日だからと言って何もない。

 社会人になって、自分へのご褒美で旅行に行ったぐらいだ。


 私の事はともかく、正月から大きな出来事はなかった。

 執事の時田が執事服からビジネススーツに着替え、まずはフランクフルトとスイス、そしてニューヨークへと旅立ったくらいだろう。

 少なくとも時田は、私のせいで大迷惑を被ったことになる。これも歴史を変えたことになるんだろうか。だからと言って、私が何か出来るわけじゃない。


 「それでは行ってまいります、玲子お嬢様」と私に仕えるようになったので挨拶をしてもらったが、「行ってらっしゃい。あとで、保存のきく和食を送るわね」とだけ言葉をかけた。そうすると「それは何にも増して嬉しく思います」と、相好を崩したのが印象的だった。


 そう、海外に行くと、無性に日本食が食べたくなる。数ヶ月海外で過ごすとなると、この時代の日本人なら尚更だろう。

 味噌、醤油、漬物、海苔、納豆、そしてこの時代は特に忘れてならないのが日本米。それらを、欧州航路や太平洋航路を進む客船、貨客船に載せて一ヶ月に一度のペースで滞在先に送った。


 けど、すぐには送らない。何しろこの時代の移動は大変だ。

 海外への移動手段がほとんど船しかない。客船はかなり早くなっているので、移動速度は21世紀とあまり変わらないが、それでも船なので欧州まで一ヶ月くらいかかってしまう。

 シベリア鉄道経由だと約2週間でヨーロッパだが、赤い国になってまだ落ち着いたと言えないので今回は避けていた。

 比較的移動が早いのは、欧州と北米を結ぶ北大西洋航路。

 ブルーリボンという巨大な豪華客船の競争は世界大戦を挟んで盛んに行われていて、20世紀に入ると最短で4日くらいで着いてしまう。けど、それでも4日かかる。

 飛行機で優雅な空の旅は、最低でも10年くらい先を待たないといけない。


 それはともかく、今日は私の誕生日。

 しかも屋敷にはやって来る人も増えたので、多少は騒ぐことにした。

 いや違う。誕生日に祝うという事を、まずは周りに啓蒙するのだ。



 なお、人が増えた理由は、鳳一族の教育方針が影響している。

 一族の者に、早くから英才教育を施す為だ。そしてちょうど同い年の子供、近い年の子供が多い事から、優秀な教師の元で一緒に学ばせようという意図がある。

 要するに家庭教師のコスト削減だが、幼児も相手にできる優秀な人となると限られているので合理的とも言える。


 年齢の近い子供は、私を含めて5人。紅家にも数名いるが、その子達は年齢が違い既に学校通いも多い。そして5人のうち私を含めて3人が4歳の同い年なので、鳳の館の一室に定期的に集まるようになった。

 4歳からなのは、世の中の一部も4歳になる年から保育園ではなく幼稚園に通わせる事があるからだ。

 ぶっちゃけ私など、3歳から家庭教師の教育を受け始めている。他の従兄弟達も同じはずだ。来年から集まる事になる二人も、今頃はそれぞれの家庭教師の元で勉強している筈だ。

 そして私は、これを勉強会と呼んでいる。



「レーコは、なんでそんなのわかるんだよ」


 妙に馴れ馴れしいのは、お兄様の長男の龍一くん。シスコンだが妹の瑤子ちゃんがいないと基本脳筋キャラになってしまう。

 だが、お兄様から何か言われたらしく、屋敷に来た時は何かと私の側にいる。私のナイトを頼まれでもしたんだろう。

 そして私達を横目で見つつ、必死で問題に取り組んでいるのが、玄二叔父さんの長男の玄太郎くん。インテリの面目に賭けて、私には負けられないらしい。


 しかし今の私に、この二人が勝てるわけがない。

 アラフォーでかなり忘れたとは言え、私は大学まで出た前世の記憶を持っている。しかもその記憶は、この悪役令嬢のチートスペック頭脳で大幅に補完されている。

 例えるなら、オーバースペックなパソコンにポンコツハードディスクを接続して、その情報をサルベージしているようなものだ。

 全世界でも、私に勝てる4歳児は皆無と言っても過言ではない。

 て言うか、いたら逆に怖い。


(と言っても、私が勉強で勝てるのは精々中学まででしょうけどね)


 そう、ゲームの攻略対象達は、大抵チートスペックの持ち主だ。

 玄太郎くんは帝大つまり東京帝国大学を目指し、龍一くんは父の背を追って陸軍将校を目指す。そしてそれぞれが、トップが取れるだけの頭脳を持ち合わせている。

 これから合流してくる攻略対象達も、何かしらのチートスキルを持ち合わせている。

 マジで私の癒しは、従姉妹の瑤子ちゃんだけになりそうだ。



「ふあぁぁ〜」


 春の陽気もあって思わずあくびが出る。

 

「バカにしてるだろ!」


「してないわよ。それより、べんきょうしたら? そんな事思わなくなるわよ」


「お、おう」


 お兄様の薫陶(くんとう)宜しきを得ているらしく、脳筋だが真面目さんだ。

 こういうところは得点高い。


「あ、そこ、ちがう」


「えっ? どこ?」


 課題も終わり話し相手がいなくなったので、私から玄太郎くんの書いているものを覗き込む。

 算数の問題を解いているが、正直4歳児、いやまだ玄太郎くんは3歳なので、3歳児が解く問題ではない。

 そもそも3歳、4歳が算数をしている時点で少しおかしい。しかもそれをこなしているのだから、もっとおかしい。更に言えば、一族の大人達の多くも、同じような道を通過してきているのだ。

 この一族、マジおかしい。


 けど一番「おかしい」のは、この私だ。それは正月に一族の長老達に認定されてしまった。しかも「夢見の巫女」ときた。単に私は前世の記憶を語っただけだが、そう解釈されてしまった。

 更に「神童」認定だ。

 こんな平穏な日常も、そう長くは続かないのかもしれない。だからこそ、平和を満喫しようという気持ちが強くなる。


「……それにしても春ねえ」


「なんだよ急に。それより間違いってどれが?」


「それ。繰り上がり忘れてる」


「えっ? あっ、ほんとうだ。あ、ありがとう」


(ウンウン。思った以上に良い子だ。ゲームだともっと捻くれていて、とっかかりを掴むのが大変だったのになあ)


 それにこの年でちょっとツンデレ気味なのは、かなりポイント高い。

 そんな二人に、今日は私の誕生日祝いをしてもらう計画だ。

 既にメイドの麻里には、おやつという名目で私のリクエストを最大限反映させたケーキを用意してもらっている。

 そしてそろそろ時間だ。


「ねえ、お勉強が終わったら、お花見しましょう」


「はなみ? 上野公園にでもいくのか?」


 龍一くんは、もうそんな場所を知っていた。そう言えば家族で行ったと、お兄様が話していたのを思い出す。

 お兄様は私も誘おうとして下さったが、一族内のパワーバランスや跡目争いから変に見られてもいけないので断念している。申し訳なさそうに謝るお兄様など見たくもないのに。

 かと言って、祖父から名目上の父となったお爺様は、このところ軍の仕事が忙しい。だから私がお花見できるのは、屋敷の一角に咲いている立派な桜の木しかない。

 確かこの桜の木も、ゲーム主人公が攻略対象との逢瀬を楽しむ場所の一つだ。


「ううん、あの桜の下でお茶をするのよ」


「あ、ああ、あれか。おちゃっておかしでるのか?」


「とびきりのを用意しているわ」


「なら、だいさんせー。玄太郎はべんきょーつづけとけな。オレがおまえのも食べておくから」


「なっ! ボクもするに決まっているだろ!」


「じゃあ、決まりね」


 二人のやりとりに、私も飛び切りの笑顔をプレゼントしておく。


(うん、うまい! 煽る方が玄太郎くんは乗ってくるのをもうちゃんと分かってる。龍一くんは脳筋だけど、ガキ大将気質があるのかな?)



 そうして、既に和装にエプロンというメイド達によりすっかり準備が整えられた桜の木の下へとやってきた。そしてそこは子供にとってのパラダイス、「花より団子」が具現化されていた。

 鳳は可能な限り洋風だが、花見なので基本和風。蓙(ござ)が敷かれて、中央には小さなテーブル。

 そこに、本来ならお団子や桜餅も用意されているが、今回は特別。


「あれ、なんだ?」


「かがみもち・・・じゃないよな」


 二人が首を傾げる。

 それに私は、わざわざ二人の数歩前へと出て向き直る。


「あれは、私のお誕生日ケーキよ!」


 私の高らかな宣言は、完全に滑っていた。やはり理解されないらしい。

 仕方ないので、憮然としつつも理由を説明してやった。


「だから欧米じゃあ、生まれた日をお祝いするのが普通なの。そして招待された人はプレゼント、贈り物を持ってくるのがマナー、仕来りよ」


「オレ持ってきてないぞ」


「今日はいいわよ。その代わり、それぞれの誕生日にみんなのお誕生日会もしましょう」


「お、おう。おかしが食えるなら、だいさんせーだ」


「決まりね。玄太郎くんどうしたの? 考え事?」


 脳筋の相手は楽だが、インテリは少し面倒臭そうだ。

 しかしあまりにも真剣なので聞かずにはいられないのは、やはりこいつがイケメンだからだろう。


「いや、これは一人一人で正月をいわうようなものか?」


「新年そのものを祝う以外はね」


「なるほど。お年玉のかわりに、生まれた人におくりものなんだな」


「そんな感じね。けど理屈っぽく考えなくても良いわよ。生まれた日を祝うって、自然な事じゃない?」


「しぜんか。そうかもな」


 ニヒルに笑ったつもりだろうが、全然可愛い。


 そして二人とも、スポンジケーキの全面をホイップクリームで覆ったケーキは初めてのようだ。

 まだ日本では、イチゴは一部でしか栽培されていないし、戦後のようにハウスでの促成栽培もないので、4月にいちごを手にいれるのは無理だったから、イチゴショートとはいかなかったが十分な出来だ。

 しかし、お店を探してもらうのは少し手間取った。


 もうこの時代にあの不二家が創業しているのを覚えていたので、ケーキを買ってきてもらおうと思ったのだが、関東大震災で帝都にあった店舗全てが壊滅。うち1店をバラック建ててで再開したばかりだったらしい。

 そこに私の21世紀の人間が思い浮かべる、この時代とは少し違うショートケーキ(解説と絵付き)を特注してしまったものだから、大変ご迷惑をかけた事と思う。

 だから「これからもふじやのケーキがたべたーい」とお嬢様のわがままを言って、ケーキ代金とは別に寄付という形でいくらか包んで届けてもらった。

 当然だが、その後のケーキやお菓子の購入もだ。これで、私から見て今ひとつだった私のオヤツライフは安泰だ。和菓子も美味しいが、ヴァリエーションは多いほうが良いに決まっている。


 そしてその特注ケーキは、さっきまでお屋敷のアメリカ製冷蔵庫に冷やしてあったものだ。当然だが、大正時代の日本で冷蔵庫なんてものを持っている家は、日本でも相当限られている。ビバ金持ち。

 それ以上に、二人が満面の笑みで喜んでいる笑顔が何よりの宝物だ。

 しかもさらに可愛いのが、それぞれの弟と妹にも食べさせたいとか言っているところだ。思わずホロリとなりそう。

 だが、お姉さんに抜かりはない。

 

「だいじょーぶよ。ちゃんと、お土産に少し違うけど同じケーキは用意してあるわ。けど、生クリームは足が早いからすぐに食べなさい。良い?」


「すげーっ! さすがレーコだ!」


「あ、ありがとう。虎次郎もよろこぶ」


 二人の惜しみない称賛の言葉に、思わず何度も満足の頷きをしてしまう。

 もちろんだが、運搬も抜かりはない。特注の箱は二重構造で、ドライアイスの代わりに、下には製氷された氷を入れてある。

 ドライアイスは、確かこのくらいの時代に製品化されていたと思うが、まあそんな事はどうでも良い。

 この幸せな時間と、二人の笑顔があれば十分だ。

 しかしひとつ重要な事を言い忘れていた。


「ねえ、誕生日には、ひとつ言わないといけないことがあるのよ」


「なんだ? あけまして、じゃないよな」


「それなら、おめでとうだろ」


「玄太郎くんが正解。正しくは、『だれそれちゃん、お誕生日おめでとう!』よ。分かった?」


「おう」


 龍一くんはそう言って玄太郎くんと一瞬視線を合わせると、二人して私の方へと体ごと向ける。


「「レーコちゃん、お誕生日おめでとう!」」


「ありがとう。次のお誕生日会は玄太郎くんね!」


 そう、今日は私の誕生日よりも、誕生日会の普及自体が目的なのだ。


__________________


不二家

1910年(明治43年)創業の食品メーカー。

洋菓子で有名だが、1922年に日本で初めてショートケーキを売り出した。

洋菓子以外にレストランチェーンも経営。

関東大震災で被災して大変だったらしい。



ドライアイス

この年の前後に、アメリカでは商品登録されている。

ドライアイスという言葉が生まれるか生まれないかという頃になる。

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