【再掲&分割】09 前編 重なり合った暁に燃ゆる 異世界編








  勇者一行の襲撃から数日経過し、ようやく落ち着いたことで本格化した行方不明者の捜索は、各氏族たちの連携の甲斐もあってか、順調に進んだことで死傷者数の集計に変化が見られたものの、俺の把握している限りでは、一つの漏れもなく無事に完了した。


 魔王軍の創立を宣言した直後、それまで異形のものたちの寄合に過ぎなかったが、組織化したことによってある程度、纏まったことで実施できた訓練が進んでいたことも幸いし、いがみ合っていたはずの氏族たちを、魔王という絶対的な強権によって、急速な中央集権化を推し進めた結果とも言えよう。


 それぞれが持つ特徴、長所を存分に生かし、表裏一体でもある短所をうまくカバーし合う協力体制の価値の高まりを現場レベルで実感、共有出来たことによって団結は深まったことだろう。


 しかし、駆け足で強引に推し進めた故の課題も多く、不意の遭遇戦で足並みが乱れてしまえば、連携が全く噛み合わず、各個撃破されてしまう結果となってしまったのは、練度不足の因果応報だと言える。


 幾ら訓練をしたとはいえ、ある程度以上の水準に至らないのは、まだまだ創設段階の寄せ集め故か……。


 そして何より、軍隊として考えて致命的なのが、戦争を知らない者達が多いことであり、虐げられていたからこそ逃げ回り、ひっそりと息を潜めていたもの達が多かったこと。


 それまではまるで羊のようだった、弱いながらも賢く生き延びてきたもの達に対し、頂点に立つ狼の命令一つでその手に武器を持たせ、にわか仕込みの訓練を施したところで所詮はただの付け焼き刃。


 いくら理由をつけてがむしゃらに戦ったところで、絶対的な経験不足から痛感せざるを得ない尊い犠牲による、大きな代償を支払った兵共が夢の跡……。



 ───死者49名→70名、負傷者150名→170名、行方不明者0……最終的な集計結果がこれだ。



 行方不明者を0に出来た事から、捜索活動の結果は手放しで褒めてやっても良い。


 一方で、死者数が増えた事については、負傷してはぐれた為に十分に手当てを受けられなかった、あるいは重傷者の容態悪化等が挙げられる。


 この事から見えてくるものは、この世界の医療技術、応急手当の知識、公衆衛生等が未熟であるという事だ。


 回復魔法が存在する事によって、基礎的な医療技術の進歩が遅れている事による弊害を無視する事はできない。


 回復魔法を持たざる者にとって生死を分ける知識なだけに、これは前世の知識、常識に引っ張られて見落としていた俺の責任だ。


 自軍を見かけ上の付け焼刃的な近代化による強化を図ることよりも、より生存率を高める事に目を向けるべきだったが……もう後の祭りだ。


 ワレワレガ初めて遭遇した、選ばれし勇者一行の実力を知らず、潜在能力を見誤った故に油断していたとしか言い様が無い……と突きつけられた現実を目の前にして、沸き上がる自責の念こそが、指揮官としての苦悩である。


 次善の策として、組織的なゲリラ戦へ移行した事により、相手に消耗を強いた上での誘導そのものは上手くいった。


  この点に関しては東部で、実戦で培った技術を落とし込めた……それだけが唯一、俺がしてやれた事だ。


 やりきれない思いはあるのだが、身体裂けども心裂けなかった兵たちを……生き残った者に出来る事はもはや、ただ見送る事だけだろう……。


「……此度の戦いで散っていった英霊達に!!……黙祷!!」


 眼を閉じ、懺悔染みた想いに更けるも時は止まらず、上に立つものとして何とかケジメをつけなければならない。


 ─…このまま地に足をへばり付けたまま、立ち止まっている訳にもいかないのだ。


 前世でも多くの仲間を失った俺は、通り過ぎていくものだと割り切れてしまう……しかし、彼らのように割り切れない者達もいる。


 幼馴染みを喪ったゴブリンの若者、もう二度と兄弟との絆を深めることの出来ないコボルト、頼りになる兄貴分を喪ったオーク、最愛の人に先立たれたグール……ああ、全ては魔王である俺の責任であり、宿命とも言えよう。


 恨み言はあとでいくらでも聞いてやる……しかし、今は戦友たちの屍を越えて前へと進まねばならず、故に立ち直り、戦い続けること以外、我々に因果を断ち切る術はない。


 故に我々は、強きものであることが宿命であり、血を吐きながら走り続ける他にないからこそ、前に向けて進む為の儀式は必要だ。


 様々な氏族、種族達なりのやり方はあるだろう……それならば、前世のように綺麗な敬礼等と言う形にはこだわらない。


 誰にも出来るものとして、黙祷こそが最適だろう……よし、もういいかな。


「止め!……休め……これにて解散。次の命令があるまで待機だ」


 もはや魔王と言うより、前世で言えば大尉のままの俺がここにいる……もっとも、そう呼んでくれる奴はここにいないけどね……。


「魔王様、我々に協力してくれた氏族たちが、面会を求めています。どうされますか?」


「おう、案内してくれ」


「はっ!」


 数日前、先の捜索活動にあたり捜索範囲が他の勢力圏と被った事で、ウェアウルフ族のジロー君に橋渡しをお願いしていた。


 エルフ族、ダークエルフ族、トライアド族……等、森の各氏族達はこちらの都合で急な要請に応えてくれた。


 それならば、丁重にもてなさないとあまりにも失礼なことであり、魔王としても、人としても無粋だろう。


 協力してくれた森の氏族達、何よりもジロー君の功績によって救われた命があり、行方不明者の取りこぼしがなくなったのだ。


 おまけに外交ルートまでも構築を企てたジロー君はとても優秀だ。


 本当に良い拾い物をした……あの時、お前の一族の働きに応じた待遇を約束したな……さぁ、その約束を果たす時だな。


 ジロー、お前が大部隊を指揮するところを見てみたいね。


 さて、新たに迎えた森の氏族達との面会もつつがなく終わり、詳しい話し合いはまた後日と言うことになった初顔合わせ。


 次はそうだな、新たに迎えた客将の様子も見に行かないといけないから忙しいったらありゃしない。


 捕虜改め、客将となった聖職者。


 彼女の国ではどういったものが信仰されているのか、孫子曰くの彼を知り己を知らないといずれは淘汰されてしまうからね? HAHAHA!───。








  勇者の首は無事に里帰りを果たした。


 元の送り主に返すその前に、首実検と供養を兼ねて訝しむジーザスに祈ってもらえばその後、不思議と腐りもせず青白い顔色のまま保たれている……これ、やっぱりそのうち飛んだりしないかい? HAHAHA!


 青白いままの生首こと、勇者だったものの里帰りには、軍使として同郷の聖職者に同行してもらい、ついでに完全武装の観光客である兵を3000程……団体の予約をしてないけど、宿の空きはあるかな? HAHAHA!


 完全武装の観光客には、国境線に広く展開してもらい、更には後方支援にあたる観光客を2000程置いた。


 輜重部隊と兵站はとても大事だからね。


 観光客一同、快適な旅行を楽しめるよう、後方からおすすめのグッズを運んでもらっている訳だ。


 未だに腐らない不思議な生首君の出身地である、海沿いの城塞都市が見えてきた頃、後方支援を除き全軍停止。


 ここからは戦争か否か、交渉の時間だ。


 不要であるのだが、一応護衛兼ね副官としてチャゲを、軍使として捕虜だった聖職者を伴い、城塞都市の正門前に立てば、誰も俺が魔王だと気付いておらず、門を閉じる気配すらない。


 勇者のお供であった聖職者に、ようやく門番が気付いたことで目的の場所へと案内され、何事もなく穏便に城塞都市へと足を踏み入れたのであった。


 当初の想定と違うというのか、この城塞都市は自由で開かれていると言えばいいのだろうか?


 いわゆる国王を置かない自治領の政治的構造、構図は却って複雑怪奇であり、いったいどうなっているんだろうね?


 一応領主にあたるものは存在するものの、専制君主制のようなものでなく、おそらく合議制か?


 そうなると聖職者の立場も封建制とは異なるだろう……うん、力を伴えば却って交渉がスムーズにまとまるかもしれない。


 あるいはデモクラシー的なものに期待したいね。


「俺が魔王だ、以後お見知りおきを……ところで、この首は見覚えあるか?」


 挨拶と共に、首桶から取り出した勇者の生首に相手方は驚くものの、それ以上の反応はなく、まるで死体のように語らないね?


 HAHAHA!……これじゃあ責任の所在がわからないな、もう一押し必要か。


「この聖職者がこいつのお供であったこともお忘れかな?」


 相手方、合議カーストの上位たちの反応は相変わらずだが、そのうち数人の表情に変化が見られた事で確定か……そろそろ交渉に移ろうか。


「さて、この生首の所属だが、既にここだと調べがついている。紋章、証人、そして情報網から確信出来る……さて、こいつによって被った損害があるからね……落とし前つけようか?」


 しかし、結果は梨の礫。


 いいだろう、ダークフェアリーを呼び出して伝達、国境線に待機していた観光客を呼び出せば、さあ、戦s……いや、観光だ!


 軍勢?……いいえ、ただの観光客ですよ? HAHAHA!


 ……なんてね、こういうジョークすら通じない連中故に、一応友好的な話し合いをしたかったと言うアピールも無駄となった。


 さて、ここからは観光客達のお楽しみの一つ、我々魔王軍が生んだ新兵器をプレゼンしよう。


 こちらの軍勢は前衛3000、後方支援2000を併せておおよそ5000。


 城塞都市を攻略するにしては、舐めているとしか言い様がない戦力だ。


 例え弓矢、マスケット等の飛び道具があろうと、高くそびえる城塞を前にして無力化される。


 基本的に魔法も同じだ。


 山なりの弾道の魔法はそうそうないからね?


 また、有翼の氏族達による航空支援を考えてもいたが、完全武装の場合、あまり高く飛べるわけでもなく、精々城塞を越えられる程度。


 スピードも複葉機にすら及ばないとなれば、迎撃されて蜂の巣って訳さ? HAHAHA!


 どうしたものかね?……ああ本当に滑稽だよ、俺を相手にさえしなければね?


 そう、通常であればだ、絶対の自信を誇る城塞に阻まれた敵は、打つ手がなく徒に時ばかり過ぎて疲弊、消耗を強いられ攻略を諦めてしまうのだろう。


 しかし、我々は魔王軍……人間よ、我々を舐めるんじゃねえよ?


 城塞都市に籠る全ての生き物に告ぐ。


 我々の力を見せてやろう、お前らの絶対の自信を誇る城塞を飛び越えていく、おあつらえ向きな"お化け臼砲"のお披露目だ。


 その前にお化け臼砲とはなにか?


 それはかつて前世において帝国陸軍で開発・運用された、差込型迫撃砲の一種である"98式臼砲"から着想を得て開発した。


 お化け臼砲と言うだけに、本体の大きさはおおよそ人間一人とあまり変わらず、見た目は有翼のロケットのようなものであり、厳密には違うものの構造的にはそうだな……ロケット花火のような割と簡素な作りであり、分解すれば歩兵でも運べる簡便さ。


 簡単な砲架……と言ってもただの丸太のような棒を地面に穴を掘って差し込み、その上にはめ込むように被せて設置。


 あとは点火をするだけで……。


『……ヒュルルル!……『ヒュルルル!……『ヒュルルル!……』』』


 緩い回転をかけながらそら高く飛翔し、城塞を飛び越えていったその先で……。


『BUNG!!』『BUNG!!』『BUNG!!……』


 着弾、全てが無事に起爆したようだ……さて、絶対的な自信を誇る城壁はどうしたのかな?


 一転して絶望へ転げ落ちてらっしゃい!HAHAHA!


 もちろんおかわりも沢山ご用意した。


 うちには身体の大きいタウルス族、ギガント族もいるので、例え巨大な砲弾であろうが持ち運び、展開は楽々であり、彼らのおかげで鬼に金棒。


 奇襲兵器でありながら、持続的に高威力な火力を叩き込める素晴らしい兵器だ。


 一方、射程距離はおおよそ1km程度であり、攻城戦、或いは奇襲であれば問題ないが、どうにかもう少し射程伸ばせないかが悩みどころだ。


 丁度よく、今回の実戦的な演習と新兵器の運用テストは上手くいった。 


 実際に運用してみなければどのような活躍をするかはわからない。


 新兵器のお披露目は完了、次は余興といこうではないか。


 城塞都市を前に展開する観光客達……彼らにはある事をやってもらう。


「「「「Wooooooooo!!」」」」


「「「「Waaaaaaaa!!」」」」


 歓喜の雄叫びを上げたくなるのもわかるね、せっかくの観光気分を味わいたいからな? HAHAHA!


 雄叫びは昼夜問わず、闇に包まれれば夜のお楽しみを提供してやろう。


『ピィェエエエエエエエ!!』

『ピギャァアアアアア!!』

『DON!DON!DONDONDON!』

『シャンシャン!』

『ピュェエエエエエエ!』


 前世で言えば魔女の鳴き声のようなチャルメラの不協和音、轟くドラの音等、楽器を吹いたり打ち鳴らして夜も眠れないお祭り状態を演出する。


 古代中国からアコーディオン戦争まで使われた伝統ある戦法も活用。


 そうすればたちまちパブロフの犬がたくさん生まれる事だろう。


 ……なんだろう、城塞の方からも悲鳴が聴こえてきたね?


 うむ、景気付けにもっと盛大に打ち鳴らそう……もちろんお化け臼砲もな!


『ヒュルルル!……BUNG!!』


 さぁお祭りだ!


 交渉を蹴ったお前らがよ、音を上げて発狂するまで不協和音と飛翔音、爆発音を楽しむがいいさ。


 例え敵であるお前らが何人死のうとな、これは戦争だから知ったこっちゃないよ、HAHAHA!



 ……それから一週間もしないうちに、城塞都市から脱出しようとする者が後を絶たず、ついには城塞都市側から降伏の使者を遣わした事で戦争は終幕だ。


 使者を歓迎するため、即席軍楽隊の演奏にて出迎えれば、これから停戦交渉にも関わらず、発狂してむせび泣いているのだから、とても効果的だと実証された……せっかくだからもう一発打ち込んでやろうかな?


 あぁ、ノーセンキュー?


 そりゃ残念だ、それじゃあこの城塞都市、100年間租借するね───。






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