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 一体、どのくらいの時間が経ったのか。神々しい光が収まり、顔を覆っていた腕をどかすと、ここは……、どこだろう。わたしたちは、さっきまで映画館にいたはずだ。それなのに、わたしが立っているのは、どこかの林の中みたい。辺りを見回すけど、緑色の葉で着飾った木々ばかりが目に入る。

 それから一緒にいたはずの葵くんの姿も見当たらない。ポシェットを開けて中を見るけど、ハムスターに変身していたはずのマサキとダイゼンもいなくなっていた。

 大声で三人の名前を呼ぶけど、一向に返事はない。ここにいるのは、どうやらわたし一人だけみたい。

 どうしよう。葵くんたちと、はぐれちゃった……。

 しかも知らない土地に、たった一人だ。ここは本当にどこなんだろう。どうしたらいいか全く分からない。どうしよう……。

 とりあえずわたしは赴くままに、その場から歩いてみる。立ち止まっていても状況は変わらないもんね。

 周りを注意深く見ながら歩くけど、目に入るのは相変わらず緑一色の景色だ。クマとか出ないよね?

 不安を抱きながらも歩き続けていると、不意に遠くの方から人の声が聞こえてきた。

 葵くんかな?

 わたしは、そうであってほしいと願いながらも声のした方に足を向ける。足音がだんだん大きくなってくる。近付いてくる。

 葵くんっ……! 

 そう思って茂みの中に飛び込んだ、けど、違った。葵くんじゃなかった。茂みの向こうにいたのは、小さな男の子だ。五歳くらいの子かな。

 あれ。この子、どこかで見覚えが……。うん、誰かに似てるような気がする。誰だろう。思い付かないな。

「ねえ、ぼく。お名前、なんていうの?」

 この子なら、ここがどこか知ってるかも。

 そう思って聞いてみると、

「ぼくは葵だよ」

「えっ、葵?」

 葵って、もしかしてこの男の子、葵くん……?

 今よりだいぶ幼い姿だけど、きっと、そうだと思う。そうだ、誰かに似てると思ったら、葵くんだ。葵くんをそのまま幼くさせた感じだ。

 小さい頃の葵くんは今と違って、いつも、にこにこ笑っていて。今とはずいぶん雰囲気が違う。

 葵くんは、

「ねえ、ねえ」

と大きな瞳を揺らしながら、わたしの服の裾を引っ張った。

「お姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ。今からかくれんぼをするの」

「えっ、かくれんぼ?」

「うん。だからお姉ちゃんも一緒にみんなを探しに行こうよ!」

 そう言うと葵くんは、わたしの手をつかんで引っ張り出す。わたしは葵くんに手を引かれるがまま、一緒に林の中をまた歩き出す。

 葵くんは、

「みんな、どこかなー」

と、きょろきょろと大きな目を動かしている。

「ねえ、葵くん。ここって、どこなの?」

「ここ?」

「うん、ここ」

「ここは皇神社だよ」

「えっ、皇神社!?」

 わたしは、もう一度周りをよおく眺める。確かにここは皇神社の周囲の森林——、鎮守の森の中みたい。だけど今の皇神社とは雰囲気が違う気がする。

 もしこの男の子が、わたしが考えている通り葵くん本人なら。ここは昔の皇神社じゃないかな。

 ってことは、わたし、過去にタイムスリップしちゃったの——!??

 一体どうして。それに、どうしたら元の時代に戻れるんだろう。どうやって昔にやって来たのか分からないから、戻り方も分からないよ。

 一人ぐるぐると考え込んでいると突然葵くんが、

「あっ!」

と声を上げると、とたとたと小屋の方に駆けて行ってしまう。

「葵くん!? ちょっと待って!」

 わたしは、あわてて葵くんを追いかける。葵くんを見失っちゃったら、今度こそ元の世界に戻れる希望がなくなっちゃいそうだったから。

 小屋の裏側をのぞくと、葵くんがいた。よかった、見つかって。

 とたとたと走り続けていた葵くんは、

「弁財天、みーつけた!」

と笑顔で小屋の陰にいた弁財天様に飛びついた。

 弁財天様もやわらかな笑みを浮かばせて、

「見つかっちゃった」

と葵くんに視線を合わせて告げていた。

 葵くんが一緒にかくれんぼをしていたのは、人ではなくて神様たちだったんだ。

 その後も、かくれんぼは順調に進んでいった。

 葵くんは探すのが得意みたいで、

「恵比寿、見つけた!」

「大黒天、見つけた!」

「毘沙門天、見つけた!」

「布袋尊、見つけた!」

「福禄寿、見つけた!」

と葵くん一人で次々と神様たちを見つけていった。

 だけど最後の一柱——、寿老人様が見つからない。

 寿老人様は、まだ御朱印帳にも記されていない神様だ。わたしをこの不思議な世界に連れてきた神様でもある。

 葵くんと森の中を隅々まで探すけど、寿老人様は、どこに隠れているんだろう。見つけられない。

 これ以上、探す所なんて……。

 ないよねと思ったけど、あった。

 そうだ……。なんだかずっと違和感を覚えていたけど、こんな不思議な世界だからだと思っていたけど。そうだったんだ。

 わたしは、葵くんの方を振り返る。今度こそ、ちゃんと見ないと。葵くんのこと。

 葵くんの、ビー玉みたいに大きな瞳を見つめて、

「寿老人様、見つけた——」

 静かに告げる。

 すると葵くんは……、ううん、寿老人様は、ふっと穏やかな微笑を浮かべさせて、

「見つかってしまったのう」

 そう言って葵くんの姿から、元の姿へとお戻りになった。

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