かわいさを吸い取る本
中学生になった時、京花は自分の人生が終わったと思った。
具体的に言うと、入学式の日、クラス分けの紙が貼られた掲示板を見た時だった。
小学六年生の時に仲良くなった友達。
卒業式には、たくさん写真を撮り、卒業記念として遊びに出かけた三人。
その三人は同じクラスで、自分だけが違うクラスだったのだ。
「どんまい、京花」
「大丈夫だよ。別のクラスなのは残念だけど、遊びに行くからさ」
「休みの日は、一緒に遊ぼうね」
そうはげまされたけれど、京花の気は重かった。
教室に入っても、知らない顔しかないような気がした。
実際は、六年生の時に同じクラスだった子もいた。
けれど、京花が教室に入った時にはもう、グループが出来上がっているような気がした。
自分の入ることができるグループはない、そう感じた。
京花は常にかわいい女の子と一緒に過ごしてきた。
毎月たくさんのファッション雑誌を読み、かわいい服を着た。
同じようにかわいい服を着ている人と一緒にいれば、かわいい服を売っている店も教えあえるし、かわいい雑貨屋さんも教えてもらえる。
けれど、この教室にはそういったことのできそうな人はいないように見えた。
それなら、友達なんていてもいなくても同じ。
それに、休み時間になればきっと別のクラスになった彼らが遊びに来てくれる。
そう思っていた。
けれど、最初の数日は遊びに来てくれていた友達も、いつの間にか、遊びに来てくれなくなった。
ろうかをそっとのぞくと、楽しげに話している友達グループが見えて、嫌な気持ちになった。
なんでそこで話をしてるなら、わたしも誘ってくれないの。
そう言えばよかったけれど、そんなことを言えば負けた気がして、言わなかった。
そんな時。里奈と出会った。里奈はおしゃれにも全然興味がないし、見た目もかわいいとは思わない。そんな彼女を見たとき、京花はひらめいた。
そっか。かわいい子と一緒にいたら、わたしのかわいさが半減する。
でも、あんまりかわいくない女の子と一緒なら。
それならわたしのかわいさがより一層目立つじゃない、と。
それで、京花は里奈に近づき、一緒に行動するようになった。
里奈に自分たちは友達だよね、と確認された時には少し焦った。
ここで友達だと認めてしまったら、他のクラスになってしまった本当の友達に何を言われるか分からない。そんな考えが頭をかすめた。
けれど、ここで友達じゃないと言ってしまったら、里奈とは一緒に行動できなくなるだろう。
そうなれば、わたしのかわいさをアピールすることができなくなってしまう。
それは、いやだ。そう思ってあわてて里奈に自分たちは友達だと答えた。
とくに、里奈に対して罪悪感は感じなかった。
里奈が京花が普段、着ている服を買う店を教えてほしいと頼んできたときも、うまいこと言って断った。
彼女が同じお店で服を買うようになったら、自分のかわいさがやっぱり減るような気がしたのだ。
かわいいのは、わたしだけでいい。そう思っていた。
それから一か月後、別のクラスになってしまった友達から突然、メッセージが飛んできた。
明日、テーマパークに遊びに行くつもりだが、一緒に行かないかというものだった。
もちろん、京花は行くとすぐに伝えた。
久々に自分を呼んでくれてうれしかったのだ。
とびっきりのおめかしをして、次の日彼女は、家を出た。
きっと、またわたしの服のコーディネートをほめてもらえる、そう思いながら。
けれど、そんな彼女の思いは見事に打ち砕かれた。
彼女と他の三人が一緒に行動しなくなってから一か月ほど。
気づかないうちに彼女と他の友達の間にきょりができてしまっていたのだった。
里奈と一緒にいる間も、もちろん京花はファッション雑誌を読んでいたし、かわいくいるための努力をしてきたつもりだった。
けれども、一緒にいた友達の趣味が変わったことなどは、知らない。
前までに友達が好きだったものの話を振っても。
「あー、それ、もう飽きちゃったんだよねー」
そう言われてしまう。一生けん命、話題を探しても、すぐに別の話題に変えられてしまう。その話題に、京花も入ろうとする。
けれど、その話題は自分たちのクラスメートの話だったりで、京花には分からないことばかり。
いつの間にか、なんとかグループから外れないために、ただみんなの話を聞いて、笑うだけの状態になってしまっていた。
いつの間に、こんなに自分と友達の間にきょりができたのだろう。
小学生の時は、あんなに楽しく遊んでいたのに……。
そう思っていた時、ふいに話題を向けられた。
「京花ってさ、最近、里奈ちゃんと一緒にいるんでしょ?」
「里奈ちゃんって、去年同じクラスだった、あの地味な子?」
そう言われて、思わず本音が出てしまう。
「え、それはしかたなく……」
あわててそう言った京花に、冷たい声がかかる。
「えー、しかたなくなのー? 里奈ちゃん、かわいそー」
お互いに顔を見合わせ、笑いあう友達だった人たち。
知らないうちに、京花は、彼女らの友達ではなくなってしまっていたのだ。
休日明けの月曜日。学校に行くと里奈の様子がいつもと違っていた。
京花たちの通う中学校は、小学校の時と同じく、好きな服で登校できる。
それが京花にとっての唯一の、中学のすてきなところだった。
いつもなら、Tシャツにジーンズ姿の里奈。
その里奈が、今日はひらひらのかわいいワンピースを着ていた。
服が違っただけで、いつもの里奈に変わりはない。
けれど、それだけで里奈が、いつもよりかわいく見えた。
そんな彼女の周りには、クラスメートの女の子たちが寄ってきていた。
里奈は、とてもうれしそうにモデルのようにポーズをとって見せたりしている。
本来、この教室でそういったファッション関連のことは、京花が詳しいはずだった。
ファッション雑誌の内容を聞かれたり、かわいい服をどこで手に入れたか聞かれる人気者。それは、京花だった。
しかし、今日は誰も京花の方に寄ってこない。
京花はつかつかと里奈に近寄ると、言った。
「ねえその服、どこで買ったの?」
今まで京花は里奈に、自分が服を買っているお店を教えたことはない。
それなのに、急にこの休日の間に、里奈はおしゃれになった。
そのお店を知りたい。教えろ。
そう思った。
あいさつもなしにたずねてきた京花に、里奈は笑顔で言った。
「あ、京花ちゃんおはよう。これ? これはね、わたしが自分で考えて作ったの」
それを聞いて、京花は叫んだ。
「うそよ! わたしに店を教えたくないだけでしょ! 信じられないっ」
「ちょっと、京花ちゃん。そんな言い方、ないんじゃない」
他のクラスメートの女子たちが、むっとした顔で言う。
「言いたくないけど京花ちゃん、里奈ちゃんにだけ、自分のお気に入りのお店、教えないようにしてたよね?」
「それなのに、自分は教えてもらえないからって怒るの、おかしくない?」
そう言われて、ぐっと言葉につまる。
確かに、他のクラスメートの女子たちに聞かれたときには、オススメのお店を教えたりもしていた。
けれど、里奈に聞かれたときには、そのままのあなたでいいと言って教えなかった。
里奈がおしゃれになってしまっては、困るから。
「これは、わたしと里奈の問題なの! じゃましないでよ」
「京花ちゃん、わたし、うそなんてついてないよ」
里奈が泣きそうな顔をして言う。
女子たちが、ノートを開いて見せてくる。
「ほら見て、里奈ちゃんが描いた服! 少なくともデザインは里奈ちゃんが考えてるんだよ! なんですごいって言えないの」
彼女たちの言葉は、京花には届かない。
「もういい! 勝手にすれば! アンタなんか、友達じゃないからっ」
そういうと、京花は自分の席へと急いだ。その時、チャイムが鳴った。
あとで里奈の顔を盗み見ると、彼女はひどく傷ついた顔をしていた。
しかし次の休み時間にも、里奈はたくさんの女子に囲まれていた。
放課後、帰るときも彼女はたくさんの女の子に囲まれて、帰って行った。
学校からの帰り道。とぼとぼと彼女は家に帰ろうとしていた。
この二日間の間、テーマパークに友達と遊びに行っていた間。
その間に、里奈にどんな奇跡が起きたというのだろう。
元々、Tシャツにジーンズしか着ていなかった彼女が、ファッションに詳しいとは思えない。それが、なぜ。
その時、ふっと体に寒気が走った。
今は五月半ば、暑くなることはあっても、寒くなることはない。
風邪でも引いたのかな、そんなことを思っていると後ろから肩をたたかれた。
はっと息をのむ。それほど、きれいな人だったのだ。
ただ、きれいなのだが髪色が少し変わっている。
ピンクと紫色。これが金髪パーマなら、きっともっと美しい。
その人は、にっこり微笑んでいた。
「あらあらまぁまぁ、かわいい顔が台無しじゃなーい。どうしたのー?」
「あ、えっと……」
女性は、赤いマニキュアをぬった爪を伸ばして、京花にふれる。
「よかったら、お姉さんに話してみなーい?」
その声を聞き、京花はうっとりした。この人になら、何でも話せると思った。
彼女は女性にすべてを話した。友達だと思っていた人たちに裏切られたこと、自分のかわいさを引き立たせるために一緒に行動していた子とけんかしたこと。
その子がなぜか急に、かわいい服を着て来たことなどを話したとき、女性はますますにっこりして、言った。
「それは、それは。大変だったのねぇー。それじゃ、お姉さんが、助けてあげるー」
「助ける……」
「お嬢ちゃんはぁ、どうしたいのー?」
ずいっと美女は京花に顔を近づける。
「そのかわいくなった子に復讐したいのー? それとも、別のクラスになっても仲良くしてくれるって言ってた元友達に仕返ししたいー?」
仕返し? 復讐?
わたしは、そんなものを望んでいるのだろうか。
京花は、心の中で首をかしげた。
「お嬢ちゃんの話を聞いてると、相手が悪いって言ってるからー。それなら、相手を不幸にする本がいいってことかなーと思って」
そう言われてみると、と京花はどこか納得している自分がいた。
そもそも、クラスが違っていても遊びに行くって言ってたのに。
遊びに来てくれなかった。
ろうかで話してるのに、誘いに来てくれなかった。
わたしの知らない話をして、わざとわたしを仲間外れにしようとした。
全部、あの人たちが悪い。
それに、里奈もそう。
かわいくなれたのは、わたしのおかげじゃない。
だって、かわいいわたしの隣にいたから、かわいくなれたわけだし。
それなのに、わたしに買った服のお店を教えないなんて、サイテー。
京花から何か、どす黒いものが飛び出た。
それを、美女がつかまえて持っていた本に押し付ける。
美女は、にっこり笑って京花に言った。
「あなたのその暗い願い、この本が叶えるわよー。さ、これはもう、あなたのもの。だって、あなたの願いから生まれた本なんだものー」
本を受け取った京花は、家に帰って行った。
京花が美女から受け取った本は、『かわいさを吸い取る本』と書かれていた。
♢♢
「いやー、今日はうまく行ったわねぇー」
美女がうれしそうに歩いている。
「あの子もひどいわよねぇ、全部人のせいにするんだものー。友達が教室に来てくれなくなったのなら、自分から行けばいいじゃなーい。だって、他の子たちは同じクラスなんだから、アンタが動かなかったらそりゃ、来なくなるわって話」
それに、と美女は言葉を続ける。
「自分は人のことを利用しておいて、利用していた相手がうまく行き始めたらゆるせないって、ホント、ひどいわよねぇー。ま、でもそれが、人間なんだけど」
美女の体が少しずつ縮んでいく。そしてピンクと紫色の髪色をした三つ編みの少女……――、ジーニの姿がそこにあった。
「人生をうまく生きていく人間と、そうでない人間その差は、一体なんやろな?」
ジーニの商売は、本来ならその人に必要な本を与え、必要でない本を代わりにもらう。けれど、例外もある。
例えば、今回のように必要な本が、人を悪い方向に導く本は、お代はいらない。
「だってこれからの人生、
♢♢
京花は、『かわいさを吸い取る本』を手に入れた。
その本は、京花が「かわいい」と言ったものを、コピーできる本だった。
ファッション雑誌に載っているアクセサリーや服。
それを、「かわいい」と一言いうだけで、彼女の手元に、本物そっくりのコピー品が現れるのだ。
京花は、かわいいと思うものを全部コピーした。
クラスメートが持っている筆箱、服、アクセサリー。
しかし、コピーはコピーにすぎない。
同じものを持つ京花を誰も相手にはしてくれない。
クラスメートの人気者になりつつある里奈とは、完全に仲たがいしてしまった。
彼女はただ、自分で考えることをやめて、人のかわいいものをマネするだけになってしまった。
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