第86話 ストーキング
-ランクアップから数日後
@ガラルドガレージ
「ついに……ついにこの時が来たのねッ!!」
「……喜んでるところ悪いが、お前が暴れなきゃこんな事にならなかったからな?」
本日、ようやくカティアの借金が完済した。これで俺達は、初めて対等な関係となれたと言える。
「よし、じゃあ余った金はやるよ。今回は結構報酬が多かったからな」
「やった! Cランクになってから、稼ぎ増えてるわね!」
「その分、依頼の難易度も高くなってるけどな?」
「でも、ヴィクターがいればいつもと同じように、パパッと終わらせちゃうじゃない……」
「いや、お前ももっと動けや!」
「む、無理言わないでよ! 私、人間やめる気無いからッ!」
「おい、それどういう意味だよッ!?」
対等……というのは語弊があったな。確かに、崩壊後に関して知らない事や、初めて遭遇するミュータントについて、カティアの知識を頼る事はあっても、俺とカティアでは戦闘力に天と地の差がある。
だが、それは仕方ない。電脳化している人間と、していない人間では能力に決定的な差があるのだ。これは覆らない。
それでも、崩壊後の人間の中ではカティアは強い方だ。おそらく、そういう素質や才能があるのだろう。そういう意味では、カティアと組んでいるのは悪くはないが、どうしても俺の期待する戦闘力はない。
「……ロゼッタに教育してもらうのもアリか?」
「何か言った?」
「ああ、何でもない。カティアを、どう役立てようかって考えてたんだ」
「えっ、私役に立ってないの!?」
「……」
「な、何か言ってよ!」
本来なら俺とカティアで、それぞれの欠点を補っていける関係が望ましいが、現状俺に欠点らしい欠点は無い。……強いて言えば、セックス依存症疑惑ってところか?
だが、そうなるとカティアにはその身体を提供してもらう……というのが俺の欠点を補う事になるが、これは健全ではない。前も言ったが、軍隊で男女の関係になっていると、有事の際に男性が無謀な行動をとり、戦死する確率が高まってしまうのだ。
統計のデータは絶対だ……俺は、俺の生命の為にもカティアに手を出さないと決めている。別に彼女(の身体)が嫌いな訳ではないが、他にも女性はいるので、わざわざカティアに手を出す必要は今のところ無い。
カティアの借金が完済した今、俺達はお互いの関係を見つめ直し、模索していく必要があるだろう。だが、ここである問題が生じていた……。
そういえば俺、カティアの事全然知らない。同じ師匠に師事していたというだけで、まだ出会ってから少ししか経っていない。
そんな仲で、お互いの関係とか考えられるはずが無い!
「そういう訳で、明日は色々と訓練しよう!」
「どういう訳よ!? それからごめん……明日は用事があるから、ちょっと……」
「ああ、いつものか。そういや、いつも何してんだ?」
このように、カティアは週に一度くらいのペースで、休みたいと言ってくるのだ。
このチームのリーダーは俺だ。なので、俺の気分次第でチームでの仕事が休みになるので、カティアの休暇申請はちゃんと尊重することにしている。お互い様ってやつだ。幸いにも、稼ぎはいい事だしな……。
いつもなら、理由を聞くなんて野暮な事はしないが、今回はお互いの関係を深める必要があるので、何をするのか聞いてみた。
「へっ!? ……べ、別にヴィクターには関係ないでしょ!?」
「何だよ。あっ……分かった、さては男か!? お前も隅に置けないな!」
「ち、違う違うッ! そんなのじゃないから!!」
カティアはてっきり、俺に好意を持っていると思っていたが、俺の勘違いかもしれない……。よく考えれば、カティアも年頃の娘だ。自分は処女だと宣言していたが、別に男がいない訳ではないだろう。
その事に思い至り、俺は恥ずかしくなった。心理学を少し
「……今、失礼な事考えてるでしょ?」
「い、いや……はぁ……」
「まあ、いいや……って事で、私は明日外出するから!」
* * *
-翌朝
@ガラルドガレージ
俺、カティア、モニカの3人で朝食を済ませた後、カティアは準備をササっと済ませて、ガレージを出て行った。
「じゃあ、行って来ま〜す!」
「……なあ、モニカ。あいつ、いつもどこ行ってるか知ってる?」
「さぁ、分からないです……。いつも教えてくれないんですよね」
うーん、やっぱり気になる……。こういう時に限って、知ってそうなフェイは仕事でいない。こうなったら、自分で確かめに行くしか無いか。
「モニカ、俺も外に出るから留守番よろしくな!」
「あ、はい! 行ってらっしゃい、ヴィクターさん」
……こうして、俺はカティアを尾行する事にした。
* * *
-数十分後
@カナルティアの街 マーケット
あれからカティアを尾行すると、俺達もよく食材を買いに来る、マーケットへと入って行った。何をするのかと思って観察していると、飴玉を売ってる屋台の前で止まった。どうやら買うみたいだ。
「おじさん、これいくら?」
「一袋で、250Ⓜ︎だよ!」
「じゃあ、4袋頂戴!」
「へい、まいど!」
カティアは買った飴玉の紙袋を持つと、マーケットを出て、街の北へと歩いて行く。
その後、カティアにバレないようについて行ったが、かなりの距離を歩いた。街の北部地区に入り、入り組んだ路地を進んで行く。すると、目の前に寂れた大きな教会のような建物が見えてきた。
その教会から子供達の無邪気な声が聞こえてきて、俺は悟った。
ここはおそらく、カティアとフェイ……それから今はノア6にいるジュディ、カイナ、ノーラの3人が育った孤児院だろう。
(俺に関係がある女達が育った場所……か。何か疎外感と好奇心が混じった複雑な気分だな。……おっと!)
教会を眺めていると、教会の扉が開かれ、中から数人の子供達が出てきたので、急いで身を隠した。
「あっ、カティアねぇちゃんだ!!」
「カティアおねーちゃん、こんにちは〜!」
「わーい! カティアねぇちゃん来た!」
「あたち、みんなよんでくる!」
路地裏に身を隠しつつ、鏡を使って様子を窺うと、カティアは子供達に囲まれている。どうやら人気があるみたいだな。
「皆んな、元気にしてた? ほら、お菓子買ってきたから、皆んなで食べてね」
「「「「 わーい! 」」」」
カティアは群がる子供達に、先程マーケットで購入したお菓子を配っていく。
映画とかからの偏見だが、孤児院で菓子を配ろうものなら、阿鼻叫喚の大騒ぎになるはずだ。しかし、ここの子供達はいつのまにかカティアの前に列を作り、カティアから菓子をもらうとちゃんとお礼を口にしていたのだ。
その光景を見るに、この孤児院は教育とかその辺がしっかりしているのだろう。……カティアもこの子供達を見習って、しっかりしてほしいものだな。
「あいがとー、カティアねぇたん!」
「貴女で最後ね。残りは中にいる子にあげてね」
「は〜い、ちゃんと渡しとくね!」
「ジェイコブ神父いる? お金持ってきたって、伝えてほしいんだけど……」
「いるよ! オレ、言ってくるねッ!」
……おい、今カティア何て言った? 金を持ってきた、だって?
「孤児院」……そう聞けば、連想される言葉は「経営難」だ。カティアは、自分が育った孤児院の為に、レンジャーという危険な仕事をして、金を稼いでいたのか? そう考えれば、カティアの普段から金にうるさい言動も納得できる。
カティア……お前って奴はッ! 何で言ってくれなかったんだよ! 俺達、チームじゃなかったのか!?
帰ったら、今までカティアを
そして、悪いとは思いながら、スカウトバグで中の様子を窺うことにした。
* * *
-数分後
@ウェルギリウス孤児院 院長室前
スカウトバグで、カティアの後を追って教会に入ると、カティアは子供達に囲まれ、子供達に返事をしながら院長がいるという部屋の前に来た。子供達も空気を読んで、教会の運動場や宿舎へと散って行った。
カティアは部屋の前で深呼吸してから、部屋をノックした。
「ジェイコブ神父、入るわよ!」
「おう、入りな!」
中からドスの効いた声が聞こえ、カティアはドアを開ける。中には、キャソック(神父の服)の上に、ダメージの入った革ジャンを着た初老の男が、ソファーに腰掛けギターを弾いていた。……暑くないのだろうか。
(これが、カティア達の育ての親か。ジェイコブ神父って言ってたな。神父か……神父ぅ?)
ジェイコブ神父を見た俺は困惑した。ジェイコブ神父と呼ばれた男は、神父と言うにはあまりに奇抜過ぎた。
彼は長身の細身で、オールバックにした髪と、スモークの入った眼鏡をかけており、その顔はとても厳つく、孤児院の院長と言うよりは、完全に闇社会の人間といった顔をしていたのだ。
彼の部屋も、何故か骨格標本が壁に張り付いていたり、ギターが何個か飾られていたり、極め付けには彼の執務机デスクの後ろは、壁一面がガンラックと化しており、大小様々な銃器や刃物が飾られていたのだ。……どう見てもカタギではない!
(な、何なんだコイツは……!?)
「相変わらず悪趣味な部屋ね?」
「ああん? こう言うのはな、ロックって言うんだよ!」
「はいはい……ロックですねー」
「それより、今日はいくら持って来たんだ? あぁ?」
「ちょっと待って、今出すから……」
この光景だけ見ると、『借金返済を迫られる娘と、娘を風俗店に堕とそうとする借金取り』の構図である。それより、金って何だよ? 神父の部屋を見るに、かなり裕福そうに見えるが?
……まさか、神父が孤児達を食い物にして、孤児院を出て行った孤児たちに対して、搾取を続けているのか!? な、何て野郎だ、それでも聖職者かよッ!!
「あん? 虫が入ってきたな……」
──ズドンッ!
神父は、応接セットのテーブルに置いてあった、弾倉がトリガーの前にあるのが特徴的な拳銃を取ると、何と一発でスカウトバグを撃ち落としたのだ。突然の出来事で、避ける暇が無かった。
「ッ!? くそ、落とされたか!」
あの後、カティアはどうなったのか……。それより、経営難を招いているゲス神父……アイツは許せないッ! カティアはアレでも、必死になって金を稼いでいたんだ! それを搾取するなんて……俺が成敗してやるッ!!
しばらくどうするか考えた後、やはり正面突破しかないと思い、俺は孤児院の教会へと足を運んでいた。
* * *
-10分後
@ウェルギリウス孤児院 教会
教会の扉を開け、内部に侵入し奥へと進んでいく。何故か先程までいた子供達が、一人も見当たらない。すると、ジェイコブ神父とやらがギターケースを担いで歩いて来るのが見え、急いで身を隠す。ジェイコブ神父は、礼拝堂へと入って行き、俺もその後を追った。
礼拝堂に入ると、神父は奥の祭壇のところでギターを取り出していた。すると、向こうも俺に気がついたのか、ドスの効いた声で話しかけてきた。
「何だ、テメェは……?」
「ここの教会は、ミサの賛歌をギターで奏でるのか?」
「ミサ? んなもんするかよ、祈るくらいなら働いてた方が有意義だぜ?」
「……あんた、本当に神父かよ」
「で、テメェは何モンだよ?」
「カティアはどうした?」
「カティア? ……ああ、テメェがカティアの言ってた新しい相棒か。カティアなら、裏庭でガキどもと戯れてるぜ?」
「……あんた。さっき、カティアから金を巻き上げてたな? あれはどういうことだ?」
「あん? ……テメェにゃ関係ない、と言ったら?」
「関係無くない! 俺とカティアはチームだ! 仲間が搾取されて、黙ってられるかッ!」
「ロックだな……」
「悪いが、無理矢理にでも聞かせてもらう!」
俺が拳銃を抜いた瞬間、同じようにジェイコブ神父も先程の拳銃を俺に向けた。素早い動きだ……やはりカタギじゃない!
「な、何だ急に!? 俺とやろうってのか? あぁん!?」
「ああ!」
「望むところだゴラァッ!!」
──バキュン、バキュンッ!
──バンバンバンッ!
俺は礼拝堂の柱へ走りながら、神父は聖書台へ飛び込みながら、二人で同時に拳銃を発砲する。柱からチラチラと頭を出しながら発砲するが、その度に頭を出させないように反撃が飛んでくる。先程から聖書台に命中しているはずだが、中に装甲板でも仕込んでいるのか、中に隠れた神父にダメージが入っている様子は無い。
しかも、神父は顔を出すこと無く、銃だけを覗かせて正確にこちらを狙って来る。
(……だったら!)
俺は、床に転がっていた子供達の玩具であろう、立方体状の積み木を拾うと、神父の持っている拳銃目掛けて投擲した。俺が投げた積み木は、見事命中し、神父の拳銃を手から吹き飛ばした。
「……俺の勝ちだな。さあ、話を聞かせてもらうぞ!」
そう言いながら、身を隠していた柱から出る。すると、聖書台からジャキッ!という嫌な音と共に、神父がアサルトライフルを構えて身を乗り出してきた。
「あめぇぞ、若造ッ!!」
「んなッ!?」
──ダダダダダダダダダッ!
急いで、元いた柱に身を隠す。神父の発砲した銃弾が、教会の長椅子をズタズタにする。まさか、アサルトライフルを持っているとは思わなかった……。聖書台に隠してたのか!?
「形勢逆転だぜ! で、どうすんだ? えぇ!?」
「こうなったら、怪我じゃ済まないかもな!」
「あぁ、舐めてんのか!? 殺すつもりじゃねぇのかよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて……!!」
「おっしゃぁッ! リサイタルの時間だコラァッ!!」
俺は、加速装置を起動させつつ、柱から飛び出した──
* * *
-同時刻
@ウェルギリウス孤児院 運動場
孤児院は、教会と倉庫、宿舎がコの字状に配されており、建物の間の広場は、子供達が遊ぶ運動場となっている。カティアはそこで、子供達と遊んでいた。
「こわ〜い野盗が来たぞぉ〜、待てー!」
「「「 きゃ〜!! 」」」
「待て待て〜! 捕まえて、奴隷にしちゃうぞ〜!」
「「「 いや〜!! 」」」
カティアが子供達と追いかけっこをしていると、突如教会の方から銃声が聞こえてくる。
──ダダダダッ! ダダダダッ!
──バンッ! バキュンッ!
「はぁ、何よもう……」
「あ〜また、神父があばれてる〜!」
「リサイタルの練習かなぁ?」
「あたち、うるちゃいのきらい!」
「ちょっと様子見て来るわね。皆んなは危ないから来ちゃダメよ?」
「「「 はーい! 」」」
カティアは、せっかくの子供達との時間を邪魔しないように、神父に文句を言ってやろうと、教会へと歩いて行った。
□◆ Tips ◆□
【ミスリード】
ギルド製拳銃。セミオートのピストルで、弾倉がトリガーより前にある、特徴的な外観をしている。
ギルドのデータベースから見つけられた古いマシンピストルの設計図を元に作製されたが、フルオート射撃時の発射速度が速すぎて、とても常人に制御できるものではなかった。しかし重心バランスが競技用拳銃に近く、射撃精度は良かった為、フルオート機能を廃してそのまま拳銃として再利用した物がこれに当たる。
意外にも性能と拡張性は高く、人により様々なカスタムを施すことができる為、人気が高い。
同価格帯のリボルバー「バイソン」と競合する。自動拳銃の装弾数と装填速度を取るか、精度と信頼性の高いリボルバーを取るかが悩みどころ。
[使用弾薬]10×22mm弾
[装弾数] 10発(通常)/20発(拡張マガジン)
[有効射程]50m(通常)
[価格] 100,000メタル
[モデル] ベルグマン M1910
【RK-M】
ローレンシア軍の採用していた傑作アサルトライフル、RK-49をギルドが復元した物。RK-49の初期の改修型に近いが、当時最新型のJ3型と比べて性能は遥かに劣る。
だが、崩壊後の民生品の物と比べると、工作精度が高く、圧倒的に性能は良い。そもそも、傑作アサルトライフルと言われるだけあり、ローレンシアの多種多様な気候帯や環境下でも動作するよう設計されており、信頼性は抜群に高く、それは崩壊後の復元品でも変わらないようだ。
長年紛争で使用されてきたマイナスイメージがある為、政治不介入の方針をとるギルドは、街同士の抗争で使用されない為と、パワーバランス維持の為に超高価格に設定している。その為、所持している人間は少ない。
一応、ギルド製でないコピー品も出回っているが、粗悪品が多く、そのくせ「ダム」と比べて値段が高くなる為、使っている人間は多くはない。
[使用弾薬]5.45×39mm弾
[装弾数] 30発
[発射速度]650発/分
[有効射程]500m
[価格] 1,000,000メタル
[モデル] AK-74M
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