第76話 俺達の理想郷3

 あれから一夜明けてキャンプ場を調べたが、難民達が住むには充分過ぎる広さの平地があった。それから、崩壊前に建てられていたコテージや、建物の跡地の基礎が利用出来そうな事が判明した。

 さらに有り難いことに、浄水施設と下水処理施設も埃を被ってボロボロになってはいたが、整備すれば使えないこともなさそうだった。村の水源にもなるし、浄化の際に燃料も製造できる。この美しいグラスレイクに、生活排水をそのまま流す訳には行かないし、整備して何とか再利用したいところだ。


 今回の調査では、ここに村を作ることがほぼ決まった。だが課題として、村の産業を考える事と、資金不足が挙げられた。産業に関しては、しばらく村は建設で忙しくなるはずなので猶予があるかもしれないが、資金不足は喫緊の課題である。……何かしら、ドカンと稼げる金策を考えなくてはならない。



 * * *



-夕方

@ガラルドガレージ


「ちょっとヴィクター! 今まで何処行ってたのよッ!?」

「離せっ! やめろカティア!!」

「な〜にが、『飯代とか必要最低限の費用は出してやるから、せいぜい励むんだな』よ!? この嘘つきッ! おかげさまで、昨日の夜から空腹なのよ!?」

「ハァ!? おい、やった金があっただろ? あれはどうしたんだよ?」

「えっ? えっと……それは……」

「まさか、また懲りずにギャンブルに!?」

「違う! そんなことしてない!」


 帰るなり、カティアが詰め寄って来た。何でも、昨日の夜から何も食べていないらしい。昨日やった金も、この様子だと一銭も残っていないだろう。何をやっていたのかは知らないが、自分の飯代くらい確保しておけよ……。


 だが、泊りがけの調査に行くとカティアに伝えて無かった俺も少しは……いや、本当にかなりちょっとだけ悪かったかもしれない。気にはなるが、カティアに金の使い道を追及しないので、チャラになるだろう。


「お腹空いたぁ!!」

「騒ぐな、お前はガキかッ!? だぁ、もう離せ!!」

「ふんがーッ!!」


 その後、カティアを飯に連れて行くことにして機嫌を取った。

 ……何なんだろう、チームって。結成してから、カティアの面倒しか見てない気がする。


「ちょっと、早くしてよヴィクター!」

「あ〜はいはい、今行くよ。……ったく」

「ごはん♪ ごはん♪ 他人の金で豪遊だぁ♪」

「……何だそのクソみたいな歌は」



 * * *



-同時刻

@レンジャーズギルド 支部長室


「いやぁ、昨日は驚きましたよ。休日の筈なのに、ギルドに来た時は、何かの事件かと思ったくらいですよ」

「お騒がせして申し訳ありません。それと、急な出張を許して頂きありがとうございます」

「いえいえ。……それで、下見でしたっけ? どうでしたか?」

「はい。村の建設予定地は、特に問題はありませんでした。ですが、村を作っても主要な産業がない為、村の収入は無いに等しいでしょうね」

「なるほど。では、ギルドの組合費も期待できそうにありませんね」

「……そ、そうですね」


 ギルドの支部長室にて、フェイが支部長のシスコに、昨日の下見の報告を行っていた。


「あの、支部長。組合費のことなのですが、これって新しく村を作る際に、すごく不利な気がするのですが……」

「ふむ……鋭い意見ですね。これには二つほど理由があります。一つ目は、居住地の産業の保護があります」

「産業の保護……ですか?」

「ええ。ご存知の通り、ギルドは銀行も運営してますよね? 取引相手が大きいほど、当然扱う額面も大きくなります。ですので、新たに村が作られた際に、今までのお得意様との競合が起きて、居住地の産業が弱くならない様に配慮している……つまり、村の産業を保護しているわけですね」


 ギルドが、多額の組合費を課すことで、新規事業の立ち上げ(新しい村の開村)を防ぎ、村の産業を保護している。この話は、フェイにとって初めて聞いたことで驚いたが、同時に疑問も感じた。


「ですが競争があった方が、技術の進歩があったり産業が発展していくと習いました。そちらの方が、ギルドにとっても、居住地にとっても都合が良いのでは?」

「フェイ嬢の言う通り、それも事実です。ですが競争に耐えられる程、居住地……村というのは基本的に強くありません。フェイ嬢は、この街の孤児院出身でしたね?」

「ええ……その通りです」

「でしたら、あまり実感が湧かないかもしれませんが、村は街と比べて、どうしても野盗やミュータントの襲撃を受けやすい環境にあります。とても、競争に付き合ってられる余裕が無いのです」

「……なるほど」

「そんな環境でも人が暮らしているのは、職が得られるかどうか分からない街よりも、村は安定しているからです。そんな村の産業が弱くなってしまったら、ギルドへの組合費も払う余裕がなくなり、結果として村が守れなくなる……これがギルドの見解、だそうですよ」

 

 だが、支部長の話を聞いても、フェイは納得出来なかった。


「……あの、でしたら組合費をもっと安くすれば良いのでは? 今までの話を聞くと、全部ギルドに都合のいい話ばかりで……いや、ギルドにとってはそれでいいのですが」

「おや、フェイ嬢らしく無いですね……?」

「あ、いえ……申し訳ありません」

「いや、ですがそれも事実です。ギルドは崩壊前から存在する組織ですが、その理念は人々の為に活動することです。ですが、このように人々に負担を課す方針を採っているのは、お金に原因があるのです」

「お金……?」


 シスコは、懐から銀色のコインを取り出して、フェイに見せる。


「……これが何か分かりますか?」

「銀貨……1,000Ⓜ︎の通貨でしょうか?」

「その通り。今では、1,000Ⓜ︎と価値がありますが、昔は価値がありませんでした。せいぜい、鑑賞用の記念品……信じられますか?」

「なっ、そんなことが……!?」

「考えて下さい。もしお金が無かったら……今の我々の生活はどうなりますか?」

「そ、それは……」


 フェイは戦慄した。もしお金に価値が無いとしたら……。店で食べる物も買えなければ、服も買えない。貰える金に価値が無いなら、何の為に仕事をしているのだろうか?


 きっと人々は、日々の生活を営む為の自給自足の生活を送るようになる。自分達が暮らしているだけの、最低限の生活……それでは、今自分達が送っているような、文化的な(崩壊前と比べたら衰退してはいるが)生活は送れないはずだ。


「理解して頂けたようですね?」

「……はい。ギルドが積極的に、お金を……メタルを使うことで、お金に信用と価値を付けているのですね」

「御名答……流石はフェイ嬢」

「……では、新しい村への庇護は難しそうですね」


 ギルドとお金の関係を知ったフェイは、唇を噛む。何とか、新しく作る村の為に配慮が出来ないか。そう考えていたのに、自分では到底どうにかなるとは思えない大きな話を聞いて、自分の無力さを実感していたのだ。


「……」

「まあまあ、そんな怖い顔をしないで下さい」

「あっ……申し訳ありません」

「いえいえ、フェイ嬢の想いも理解できます。実は、さっきのは古い考えでしてね?」

「えっ?」

「実は……私が本部で幹部に就任した際に、ギルドマスターに話を伺ったら『評議員権限で好きにしたらいいんじゃないかな? デロイト君に任せるヨ!』と言われてましてね?」

「そ、それって……!?」

「優秀な秘書がそこまで気をかけるのです。投資……ではないですが、今後の村の成長を見込んで、ある程度の配慮は可能ですよ? それに丁度、引退後に余生を送れそうなところを探していたのでね。期待してますよ?」

「は、はい! ありがとうございますッ!」


 フェイは、良い上司を持てたことに感動した。


(支部長……ヴィーくん……私、頑張るから!)



 * * *



-同時刻

@カナルティアの街南門前 難民キャンプ


 街の南門を出てすぐのところに、ヴィクターが狼旅団のアジトから救出してきた難民達が、警備隊とギルドの支援を受けて、キャンプを形成している。その人数は百人以上だ。

 その全員が現在、キャンプの開けた場所に集合していた。


 しばらくして、リーダー……ヴィクターに村長を任された男が、皆の前に出て、即席の演説台代わりのテーブルの上に登る。


『あ〜傾聴せよ、傾聴せよ! この度、我らはマスク様より新たな啓示を得たッ!!』


 リーダーの言葉に、何が起きるのかザワザワしていた難民達が静まりかえる。


『皆、聞け! マスク様は、我らが安住の地……そう、“約束の地”グラスレイクにて暮らす事をお許しになられたッ!!』


「約束の地……!?」

「なんだって!?」

「安住の地……?」

「マスク様だって!」

「ほ、本当に!?」

「ああ、マスク様……!」

「う……ぐす……ようやく我らが、報われる時が来たのか……!」


 リーダーの宣言に、難民達はざわつき始める。しばらく様子を見て、リーダーは続ける。


『静まれ! この度、私はマスク様より“村長”の称号を賜った。……だが!! 私は、これに不服であるッ!!』


「何だとッ!!」

「アイツ……ぶっ殺してやるッ!」

「この無礼者がッ!!」

「マスク様の言葉に背くなんて……!」

「ママー! あの人怖い…!」

「しっ、見ちゃダメよ!」


 リーダーの不服発言に、場は怒りに包まれた。あの我らが救世主……マスク様の言葉に異を唱えるなど、あってはならない……。一触即発の雰囲気の中、リーダーは続ける。


『聞けぇ! マスク様より、“村長”の称号を賜ってはいるが、これはマスク様にこそ相応しい! そうは思わないか!? だから、私は“村長”を辞し、マスク様に我らを導いてもらおうと思うッ!!』


「イイぞ!」

「賛成だぁ!!」

「何よ、驚かせないでよねッ!!」

「マスク様、万歳!!」

「我らに栄光あれッ!!」


 リーダーの発言に、一触即発の雰囲気は何処へやら……場は盛り上がり、熱気がこもってくる。


『だが……マスク様は多忙の身ゆえ、我らにかけられる時間は少ない! そこで、不肖ながらこの私がマスク様の補佐をさせて頂く! マスク様が私に命じた最初の事は、皆を“約束の地”へと導く事である!!』


「「「「 うぉぉぉぉおッ!!! マスク様万歳! 」」」」


『“約束の地”へ赴く者は、準備せよ!! 望む者は、我らがマスク様より賜りしトラックにて、助力を与えん!! 楽園は目前である、今こそ我らの千年王国を築くのだッ!!』


「「「「 司教様、万歳ッ! 我らに栄光あれッ! 」」」」


『マスク様、万歳ッ!!』


「「「「 マスク様、万歳ッ!! 」」」」


 本日ここに、新たな宗教が産声をあげた。“マスク教”……後に、世界中に信者を持つことになる宗教に発展することになるとは、この時誰も想像しなかった。


(マスク様! これで皆を、あの場所へ連れて行くことが出来そうですッ!)


 高まる熱気の中、いつの間にかマスク教の司教となったリーダーは、ヴィクターの期待に添えるように努力していこうと、心に誓っていた……。

 その期待が若干、いやかなりズレていても彼は止まらない。


(……マスク様、そして皆の期待に応えるためにも!)

『マスク様、万歳ッ!!』


「「「 マスク様、万歳ッ!! 」」」



 * * *



-同時刻

@南門 警備隊詰所


──マスク様、万歳ッ!!


「……なんだぁ? やけに騒がしいな?」

「た、隊長ォ〜! た、大変ですよぉ〜!!」

「おい新入り! 情けない声出してんじゃねぇ!」

「いったッ!」


 いつものおっさん……警備隊長が、新入りの青年の顔にビンタを放つ。


「ひ、酷いですよ隊長ォ!!」

「うるせぇ! お前も警備隊なら、もっとシャッキリしろや! で、どうしたんだ?」

「は、はい! 難民達が騒いでまして……集会か何かをしてるみたいなんですが……」

「あ〜、多分アレだろ。さっき弟子が言ってた、村の候補地が決まったから喜んでるんじゃないのか?」

「よ、喜ぶにしてもアレは異常ですよッ!! まるで何かの宗教です! 今でもほら、耳を澄ませば……」


──マスク様、万歳ッ!!


「ほ、ほら!」

「……まるで、邪教の集会だな」

「ど、どどどどうしましょう、隊長!?」

「知るか! んなもん、関わらなきゃいいだろ! とりあえず、連中が暴動を起こさないかだけ見張っとけッ!!」

「そ、そんなぁ〜嫌ですよ! アレ、なんだか夢に出てきそうなんですけど!?」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと仕事に戻りやがれッ!! それとも、まだ気合ビンタが足りないか?」

「ヒィ〜! パワハラだぁ〜!!」

「んな、爺さんも使わんような古い言葉知ってんなら、早く仕事覚えろよな」


 新入りの青年は、詰所を飛び出して難民キャンプの巡回の仕事に戻る。……後に彼は、敬虔けいけんなマスク教徒として生まれ変わるのだが、それはまた別の話。

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