第39話 前々々世が見える人

 以前勤めていた会社で、一緒に仕事をして仲良くなった少し年上の女性(Tさん)が、ちょっと面白いことを言っていた。


 某本屋でアルバイトをしていた時、同僚から霊感を感染うつされた、と。


 それからというもの、時々視界のはしを黒いモノが横切ったり、よく金縛りに遭ったりと、何かと怪奇現象に見舞われているらしい。


 私は半信半疑だったが、退屈なライン作業だったこともあり、眠気覚ましに丁度良いので、割りと楽しく聞いていた。


 そしてある日、Tさんはこんなことを訊いてきた。


 「そうちゃんのお家ってさ、玄関入ってすぐの所に、枯草みたいの置いてない?」


 私はゾッとした。確かにその当時住んでた家は、玄関の正面に母親がドライフラワーを飾っていたのだから。


 「あとさ、二階建てだよね? 階段の踊り場にちょっとアンティークっぽい鏡とかある?」


 それも正しい。アンティークというよりは、ただ古いだけの円形の鏡が。古過ぎて縁が黄ばんでいたが。


 もちろん、Tさんが私の家に来たことは一度もない。間取り等を知っているはずがないのだ。


 「え? なんで分かるの?」


 「うーん……なんかね……そうちゃん見てたら、急にパッと頭に浮かんだの」


 Σ( ̄□ ̄|||) Σ( ̄□ ̄|||) Σ( ̄□ ̄|||)


 

 それから数日後、Tさんはまた興味深いことを言い出した。


 「……そうちゃんの前世? 二十代後半の男の人。白人かな。髪の色がそうちゃんと同じだね。雰囲気からして、1960~1970年ぐらいのアメリカかもしれない。周りに英語も見えるし」


 Σ( ̄□ ̄|||) Σ( ̄□ ̄|||) Σ( ̄□ ̄|||)


 ちなみに、私は生まれつき髪がほんのり栗色がかっている。


 「結構何人もガールフレンドがいたようだけど、でも適当なお付き合いはしてなかったみたい」


 いや、私ンな小器用なことできません。


 「あ~……車に突っ込まれて死んじゃったんだね」


 Tさんは淡々と語っていた。

 

 「もっと古い前世なんか見えたりしないよね?」


 あまり期待せずに訊いてみる私。


 すると、Tさんは少しウーンと唸ってから、


 「うん。今度は女の人。年は四十過ぎぐらいかなぁ。この人も髪の色がそうちゃんと同じ感じ。顔もちょっと似てるね」


 ヤベェ。本当に見えちまった? 


 「ヨーロッパのどこかかな? かなり昔で、季節は秋みたい。石造りの教会か寺院で、宗教関係の建物っぽいけど十字架が見えないんだよね。キリスト教以前の時代かな。ミトラ教とか何か……」


 一気に時代をさかのぼってしまった。これはもう前々々世かもっと前かもしれない。


 「何か宗教関係の仕事をしているようだけど、仕事熱心過ぎて病気になって、寝たり起きたりしてる。もうすぐ死んじゃうっぽい。少し年上の男の人が面倒をみてくれている。たぶん旦那さんだよ。あ、この時のそうちゃんの名前、T、E、R、O、D、X、Nの文字が入ってるんだけど、ちゃんとした名前は分からないなぁ」


 tetrodotoxin(テトロドトキシン)しか思い浮かばない私って……(;^ω^)


 

 他にも幾つかの前世を話してくれたが、Tさんが最も鮮烈に見えた私の前世は、そのテトロドトキシン(仮名)という女性だったそうだ。


 

 あの当時はただの面白い話として聞いていただけだったのだが、今になって思えば私はテトロドトキシン(仮名)と似たような人生を歩んでいるような気がする。


 仕事とまでは呼べないが、新作のために教会をあちこち巡って取材をしている。洗礼こそ受けていないものの、キリスト教という特定の宗教と深く関わっているのだから。


 私の数ある前世の中で、Tさんにとってテトロドトキシン(仮名)が一番印象的に見えたのはそのためなのかもしれない。


 ちなみに、Tさんと仕事をしていたあの当時は、まだキリスト教と出会う数年前だったので、Tさんが先入観にとらわれて創作や妄想をした可能性はゼロである。


 何はともあれ、今世ではあまり早死にはしたくないものだ。


 

 

 


 

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