第4話
ブランカ男爵家は血筋を辿れば何と初代国王の王弟に与えられた今は無き公爵家の血を受け継ぐ分家筋であって、お金と領地はなくともその辿った歴史だけは実に由緒正しい家だった。そう歴史の長さでは元婚約者となったウルファング侯爵家よりも長く、古くから続いてきた貴族の家だったんだ。そして今代のブランカ男爵家の当主には身体的な問題があった。当主は四十歳くらいの男盛りと言われる年齢だったけど、昔幼いモニカが患った『頬が腫れ高熱が出る病』を移されて重症化し、無事に回復した後には子を成す能力を完全に失ってしまったそうだ。通例として貴族の家の当主は男であるべきという共通認識がある為、養子にして後継ぎとなりえる男子を探してもみたが、血の繋がった親族は今ではもう片手ほどしかおらず、貴重な子供を養子として貰うことは叶わなかったそうでね。事実上、当主の一人娘であるモニカだけが正当なブランカ男爵家の血を継ぐ子となってしまい、一時期は何とかモニカを女当主として認可して貰う事も視野に入れてはいたけれど、成長していく過程で勉学を好まないモニカでは当主にはなれそうにないと断念し、学園に通わせる傍らで婿入りを前提としてモニカの結婚相手を探していたそうだ。…僕はそんな事情を一切知らなかった。全部初耳だったよ。モニカも家の事については詳しく説明されていなかったようだけど、僕はモニカの事しか考えていなくて、調べればすぐに分かったことだろうモニカの実家の事情なんて気にしても居なかったんだ。モニカと結婚すれば義理の両親になる人達の事だったのにね。
――どんなに薄くとも初代国王の王弟の血を確かに受け継ぎ、千年続いてきた我が国の建国時代より国に仕えてきた貴族の家の血筋を早々途絶えさせる訳にもいかぬ。だが、このままアルベルトとモニカが結婚する事で、ブランカ男爵家の歴史と我が王家の祖先である初代国王の血を継ぐ第一王子アルベルトの血筋の正当性を提唱し、アルベルトとモニカの子を王にして新たに権力を得ようと考える新興貴族が今後現れないとも限らん。今はまだ可能性でしかないが、かつて初代国王の血筋を理由に末端の血族に連なる者が王権を得ようと企み、内乱寸前にまで発展しかけた実例がある以上、国家存続の為、不可視なる未来において内乱となり得る火は、火種すらあってはならぬ。
僕は婚約式の為に同席して居た父に、そう言われた。確かに我が国の歴史を紐解けば、父が語った実例が存在するが、その時はそんな理由でモニカとの婚約を反対されているのかと思った。けれど、次いで言われた母からの言葉に反対されている訳ではない事を知った。
――アルベルト。お前の血筋は変えられないし、ブランカ男爵家の歴史も変えられない。お前がそこの娘モニカと結婚する為には、王族としての籍を抜き一切の縁を絶ち、側妃を輩出した我が実家の伯爵家からも絶縁された状態となり、身分も権威もその全てを捨て去った上で、平民同然その身一つでブランカ男爵家に婿入りするしかない。それでも良いならば、その書に署名せよ。…言っておくが、王位継承権の破棄はすでに認められておる故、この場で署名を棄権しても今までの生活は一切戻らぬと知れ。
僕は大きな衝撃を受けた。こんなことになるなんて予想外もいい所だった。モニカも驚きのあまりか茫然自失状態で、すっと固まったままだったよ。モニカはすでに署名を済ませていたから式の間動けなくなっていても、全く問題なかったけれど。実は貴族のマナーに疎いモニカには、流石に国王陛下の前での失敗は万が一にも許されないからと、僕と結婚する意志がある事を確認した上で事前に署名することを特別に許可されていたんだ。だから後は、僕の署名だけ。それだけで婚約は成立し、婿入りの条件を満たす為に僕は何も持たない平民となる。両親は僕に、『王族としての立場』か『真実の愛』か、僕の意思でどちらか一つを選べと言っているのだ。
それでも、僕は署名した。どうしても真実の愛の相手であるモニカと共に居たかった。その為に婚約も解消したし、王位継承権だって破棄したんだから。でもあの時ほど、手が震えたことはなかったよ。
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