肯定



目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。


…私、倒れちゃったのね。



最後の記憶は、父にきつく叱られて、そうして優しく抱きしめられて…すごく安心した。



ふと視線を外すと、大好きな黒髪の頭が私のベッドに沈んでいるのが見える。


ハルト様はベッドサイドに置かれたスツールに腰を下ろしていた。



体勢はつらくないだろうか。



落ち着いた寝息を立てているのだから平気なのかもしれないが、起きた時寝違えていたりしたら可哀想だ。




「ハルト様」


サラサラの髪を撫でながら名前を呼ぶ。




「ん…みり、あ?」


寝ぼけ眼で頭を上げこちらを見つめる彼にきゅんとときめいてしまう。


子どもみたいにあどけない顔だった。



「そんな体勢じゃ体が痛くなっちゃいますよ?」



「っ、ミリア!」


「わっ、ちょっと…ハルト様?」



ハルト様はすぐ様起き上がると、私をきつく抱きしめるのだった。


ぎゅうぎゅうと力の籠る腕は少し苦しいくらいだ。




「ハルト様っ、苦しい…」


「あ、ごめん、ミリア」



そう言うとハルト様は手の力は緩めたものの、依然として私を抱く腕を解くことはなかった。


どうしたのだろう。



「ハルト様、何かあったのですか?」


「…ごめんミリア、ちょっと不安になっちゃって」



「…不安?」



恥ずかしそうにそんなことを口にするハルト様に、どういうことかよくわからず聞き返してしまう。




「ミリア、ずっと眠ってたから…このまま起きないんじゃないかって。アカリやアカリを支持した人間の処分が決まって、僕の中でもしっかりケジメができてさ。落ち着いて今の状況考えたら、なんかもううまく行き過ぎてて、本当にこのまま何事もなく終わるのか、不安になった…」



ぽつりぽつりとそんなことを口にするハルト様。


彼の自信のなさは筋金入りらしい。



アカリさん達の処分など、気になることは多々あるが、それよりもまずは目の前のこの人を安心させてあげたかった。




「私はずっとそばにいます」



彼の背に手を回し抱きしめ返すと、ぴくりと体を震わせ、私の肩口に顔を埋める。




「きっと貴方は、ニホンではうまくいかないことばかりだったんですね。だけど、この世界にはもうハルト様を苦しめるものは何もありません。そんなこと私が許しません」


「ミリア…」



私の腕の中で小さく震えるハルト様。


勇者だった強くてかっこいいハルト様も素敵だけど、私の前で弱さをさらけ出すハルト様を心の底から愛しく思う。




「ハルト様は私が守ってあげますね」


「……それはなんかやだ」



耳元で聞こえる少し拗ねた声に笑みが零れる。




「だったら一緒に強くなりましょう。ハルト様が自分の良さに気づけるように…自分に自信が持てるように、私も協力します」


「協力って?」



「毎日ハルト様を褒めてあげます!」



自分に自信を持つには、誰かに肯定されることが一番だと思うのです。



「幸い私はハルト様の良いところをたくさん知っていますから。私がハルト様にあなたの素敵なところを教えてあげますね」



「…恥ずかしいよ、それ」


「恥ずかしくても必要なことですから」



まだ褒めてもいないのに肩口に伝わる彼の温度が少し上がったような気がする。


…可愛い。




「まず、ハルト様の髪の毛と瞳の色!私すっごく好きなんですよ?烏の濡れ羽色のような漆黒で、魅力的です。ハルト様の凛とした雰囲気にあっていますね。けれど、その容姿のせいで他の女性から好意を寄せられることも多いようですから、もう少し控えめなお姿でも良かったのに…」


勿論彼の容姿は大好きだけど、他の女性まで虜にしてしまうのはいただけない。



…あら、褒めるだけのつもりがこれでは苦言を呈してしまっている。




「気を取り直して、ハルト様の最大の魅力は内面ですわ。私、ハルト様が優しすぎてたまに心配になるんですよ?そんなに優しくては自分が損するばかりなので自重してくださいませ。ああ、それとハルト様が本当は弱いのに、今までずっと本心を隠してスマートぶっていたところも意地らしくて可愛いです。本当にハルト様はどこをとっても魅力的な方ですね」



「ミリア…それ、本当に褒めてる?」


「勿論です」



まだまだ喋り足りないのに、どうしてか彼は今にも白目を剥きそうなほどげんなりしてしまっている。



「スマートぶってるって、僕そんな風に思われてたのか」


「とっても可愛らしいですよ?」



私がそう返すと、彼は表情を一変させ、何故か寒気を感じるような綺麗な笑顔を浮かべた。




「僕もミリアの良いところたくさん言えるよ?」



「…それは、なんだか照れますね」


面と向かってそう言われると少し恥ずかしい。



ハルト様は笑顔のまま言葉を続ける。



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