プロポーズ



学校が終わり、帰りの馬車へ向かうと、そこには最愛の彼が立っていた。



「お疲れ様、ミリア」


「ハルト様?どうしたんですか?」



優しく微笑む彼に、驚きと共に嬉しさが込み上げる。


アカリさんが幽閉されている以上、彼の元に様子を伺いに行く必要もなく、今日は会えないと思っていた。



「ミリアを迎えに来たんだよ。もしかしたらうちに来る理由がないと言って、今日はもう来ないんじゃないかと思って」


「…会いに行ってもよろしかったんですか?」


「ダメなわけがないよね。結婚するんだよ、僕ら?」



ハルト様の蕩ける様な微笑みは、こちらが恥ずかしくなってしまう程甘さを含んでいた。


…頬が熱い。




彼は徐に私に近づき、宙ぶらりんになっている私の右手を取る。



「お迎えに上がりました、僕のお姫様」



そして、その手の甲にそっとキスを落とした。



…甘すぎる。



子ども向けの絵本なんかに王子様とお姫様のそういうシーンが書かれていたような気がする。


本物の王子である兄様達やユリウスだってこんなことはしないのに。



彼はどうしてこうも様になっているの?


彼が住んでいたところの男性はみんなこんな風に愛を伝えるのだろうか…


ニホン、侮れない。



「ミリア、顔真っ赤。可愛い」


「っ、ニヤニヤしないでください」



私を揶揄う様に笑みを浮かべる彼。



ふと、幸せだと思った。



ハルト様とこんな風に軽口を叩けるような関係でずっといたいと思った。



彼に守られ続けるのではなく、そして勿論、私が一方的に彼を支えるのでもなく…


ハルト様と対等で、互いが互いを必要とする、そんな関係でいたいと思う。



本当の意味でわかり合いたい。



育ってきた世界すら違う私達は、きっとお互いの知らない部分や価値観の違いがまだまだ存在するのだろう。



そうしたところをしっかり認め合い尊重し、二人で成長していこうと思った。


ゆっくりでもいい、二人のペースで。




「久々に食事にでも行こうか」


「はい、嬉しいです」



彼は私の手を摂ると、自分の馬車へとエスコートする。


どうやら私の乗ってきた馬車はもう言伝と共に城に帰してしまったらしい。



馬車がゆっくりと走り出す。


しばらく揺られて辿り着いたのは、以前ハルト様と食事をしたことがあるレストランだった。



「ここ、気に入ってたみたいだから」


「…覚えていてくれたのですね」



一度行っただけのお店だと言うのに。


すごく嬉しくて胸が締め付けられるような気持ちがした。




中に入ると丁寧な対応で店の二階に案内される。


二階は個室になっていて、華やかな一階とは違ったどこか落ち着きや気品を感じさせる部屋だった。


この前は急に立ち寄ったため一階だったけど、今日は予約をとっていてくれたらしい。



食事はコース料理となっているのに、メニューはどうしてか私の好きなものばかり。


ハルト様が気を回してくれたのだろうか。


…それとも、たまたま?



真相はわからないけれど満足すぎるほどの食事で、例え偶然でもハルト様には感謝しかない。




デザートのクリームブリュレを食べ終わった頃だった。




「ミリアに話があるんだ」


「…話?」



緊張した面持ちでハルト様が口を開く。




「僕と結婚してください」



彼は小さな箱を私の前に掲げて、蓋をパカりとあける。


中には小ぶりなダイヤモンドが派手にならない程度に散りばめられた綺麗な指輪が入っていた。



指輪はプレゼントらしい。




「ふふっ、結婚の承諾はこの間致しましたのに」


「それでも、プロポーズは改めてちゃんとしようって思ってたから…」


彼は照れたように頬を染める。



「ありがとうございます。勿論お受け致します」


「こちらこそ、ありがとう。愛してるよミリア」



嬉しそうにそう言うと、ハルト様は私の手を取り左手の薬指に指輪をはめてくれた。




「僕のいた日本では、プロポーズする時に指輪を贈るんだ」


「珍しい慣習ですね?」



「昔の人は左手の薬指の血管は心臓に直接繋がっていると考えていたみたい。心臓に近い位置に永遠を意味する指輪をつけることで、永遠に相手の心と繋がるっていう意味があるんだって」



素敵だと思った。


そんな意味が込められた指輪を私に贈ってくれたことに感動してしまった。




「ニホンの方はロマンチックなんですね」


「日本が発祥ではないんだけど、いろんな国がこんな風に愛を形にしてたんだって思うと素敵だよね」


「そうですね」



ハルト様は懐からもう一つ小さな箱を取り出す。



「これは僕のぶん。ミリアがつけてくれる?」


「はいっ」


私のものより少し大きいリングを受け取り、私は彼の左手をとって薬指にそっとそのリングをつける。


胸がじんわりと熱くなって、私の幸せが形となって彼に見えたらいいのにと、そんな馬鹿なことを思った。




「ちなみに陛下にはすでに、娘さんを僕にくださいってしっかり言ってきました」


「娘さん…?」


なんだか不思議な言い方だと思った。



「ちょっとこういうの憧れてて…」


照れたように笑うハルト様にますますよくわからなかった。



「ぶっ飛ばされるくらいの覚悟はしてたんだけど、少し釘を刺されたくらいで、案外すんなりと認めてくれて…正直驚いた」


「父は私の幸せを反対したりなんかしませんわ」


「でも僕はミリアを傷つけたし…」


「確かに、傷ついたことは否定しませんが、もう気にしていません。それよりも今はハルト様と幸せになりたいです。父も私のその気持ちは理解してくれていると思いますよ?」



お父様も、今回のことが起こる以前、ハルト様がどれだけ私を大切にしてくれていたかはしっかりわかっているはずだし。


怒ってはいたと思うが、許すことで私が幸せになれるのなら迷わずそれを優先するくらいには家族のことを想ってくれている人だ。


これは家族に甘いのではなく、愛情が深いだけ。



もしも家族が罪を犯せばしっかり道を正し、相応の罰を与えるだろう。



現にユリウスだってこれから苦労することが目に見えている厳しい道を進んでいく。


選択したのは本人だが、間違いなく父の介入も入っていることだろうと思う。




「だったら僕は陛下の信頼を裏切れないね。絶対に君を幸せにする…だから、僕と家族になってください」


「はい、勿論。私もハルト様を幸せにします」


「うん、一緒に幸せになろうね」



二人で話し合って、私の卒業と同時に籍を入れることになった。


今からその日が待ち遠しい。


時間にして約半年後に迫る幸せな未来を思って笑みが零れた。




「もしかして、僕達の将来を想像して微笑んでるの?」


信じられない物を見るように目を丸くするハルト様になんとなくムッとする。



「…悪いですか」


「悪くないよ!!ええ…僕の奥さんが可愛すぎて困っちゃうな…いったい僕をどうする気?」



最近いろんなことがあって忘れてたけど、本来のハルト様は少しおバカに見えるくらい私の事が大好きなのでしたっけ…?



嬉しいけど、恥ずかしい。





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