勇者と王女様



もうお昼になろうとしているのに、私は未だベッドから出ることが出来ずぼんやりと柔らかいスプリングに体だけを起こして腰掛けていた。




トントン


ノックの音は侍女だろうか。


幼い頃から私付きだった彼女は、毎晩眠れずにいる私をすごく心配していて、とうとう今日はベッドから出ることまで禁止されてしまった。



「どうぞ」


安心しきって返事を返すと、扉が開いて顔をのぞかせたのは予想外の人物だった。




「…ハルト、さま」



どうして彼がここにいるのだろう。


そんな疑問より前に、未だルームウェアでだらだらとベッドの上で過ごしている姿を見られてしまったことにひどく動揺する。



「っ、出ていってください!」


恥ずかしくて語調がきつくなってしまった。




「ごめん、ミリア…怒ってるよね」


怒っているというか、悲しいというか…そんな感情は抱いていますが、今はただただ恥ずかしいだけです。



私の反応を勘違いしてしまっているハルト様はしゅんと肩を落としていた。




「…こんな格好、ハルト様に見られたくなかっただけです」


勘違いさせたままなのもどうかと思い、そっぽを向いて本当のことを口にする。



「………可愛いから大丈夫なのに」


そうぽつりと呟いた彼は、そう言った途端ハッとしたように口元を手で押さえた。




こんなことで照れてしまう私はなんとなく面白くなくてムッとしてしまう。



私ばかりが彼の言動一つ一つに動揺させられ、手のひらで転がされている気分だ。


もう、悩みたくないのに…




「婚約を解消する話なら日を改めて私から連絡しようと思っていました」


私は厳しい口調でそう言った。



昨日の今日で押しかけるなんて何を考えているのだろう。




「婚約を解消する話なんてしたくない」


「…えぇ?」



「僕はミリアと共に生きる未来の話がしたいよ」



ひどく凛とした眼差しに困惑してしまう。


どうして彼は私なんかにそんな言葉をかけるのだろうか。



彼の望む未来に私は必要ないはずなのに。




「アカリさんは…?」


「今は応接間の床に押さえつけられてる」



ハルト様の言葉にぎょっとしてしまう。



「どうして好きな人がそんな状態なのに、こうも落ち着いていられるんですか!」


「…どうしてって言われても、僕の好きな人は今僕の目の前で可愛くベッドに座っているし」



「何を言って…」



冗談めかして言う彼の表情は驚くほど真剣で、私は思わず言葉を飲み込んでしまった。




「僕の話を聞いてほしい…もう、隠さずに全部話すから。ミリアに僕のこと知って欲しいんだ」


「ハルト様…」



切なげに笑う彼に断る選択肢などなかった。




「まず先に言っておくけど…僕はアカリのことなんて好きじゃないからね。僕が愛してるのはずっとミリアだけだよ」


「…あんな仲睦まじい姿を見せられて、そんなことを信じられる程私は馬鹿ではありません」



嬉しいはずの言葉なのに、ハルト様と彼女の姿を思い出して悲しくなってしまう。



「そうだよね、うん。それも含めて今から話すから…聞いてくれる?」



「……わかりました」



了承する返事を返すと、彼は安心したようにホッと息をつくのだった。




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