悲しい覚悟
今思えば、あの日からだった気がする。
アカリさんがこの世界に留まりたいと宣言して以来、ハルト様に避けられているようだ。
いや、避けられているというのは少し語弊があって、正確には彼がアカリさんに付きっきりになってしまったという表現が正しい。
学園が終わった後は私もハルト様の公爵邸に足を運んでいるが、以前にも増して二人の世界というか、なんと言うか。
そして極めつけは、休日はハルト様とお出かけしたりお茶を飲んだりすることが当たり前だったのに、それすらも今では叶わないことが多い。
…全て、アカリさん優先。
ハルト様は今まで、休日が来るのが待ち遠しいといったように、私との約束を自ら取り付けていた。
それなのに最近の彼は私がどれだけお誘いしてもアカリさんとの約束があるからと、断りと謝罪を述べてくるのみ。
私にはある不吉な考えが浮かんでいる。
彼は、アカリさんがこちらの世界で暮らすことを望んでいて、彼女がいるなら私はもう用済みなのではないか。
ハルト様がこの世界に留まっていたのも、私のためではなく、ただ単に剣と魔法のこの世界を気に入っていただけなのかもしれない。
だとすると、私はどうしたらいいの?
寝室で一人、悶々と考え込む。
アカリさんが来てからというもの、毎夜毎夜こんなことに頭を悩ませ、うまく眠れなくなっていた。
すごく眠たいはずなのに、眠れない。
日常生活でもモヤがかかっなように頭がぼんやりしてしまうし、お肌もなんとなくカサカサしているような気がする。
このままでは、良くない。
もしもハルト様が同郷の迷い人に夢中であるなら、私は大人しく身を引くしかないのだろうか?
いくら世界を救った褒美として与えられた私でも、彼に想い人がいるのなら、こちらからきっぱりと決断してしまってもいいのかもしれない。
そんな悲しいことをすんなりと言えるなんて、とてもじゃないけど思えないが。
それでも、このような曖昧な時間が続くよりはずっと良いと思った。
しっかりと見定めなければいけない。
私だってこの国の第二王女だ。
グランディア王国の名に恥じないような、民に誇れるような生き様が求められる。
来るべきその日、王女としふさわしい振る舞いができるよう覚悟をしておこう。
そう心に決めたその日も、やはり私は朝方まで寝付けなかった。
翌朝、重たい体に鞭を打ち学園にやって来たけれど、現実はやはりどこまでも残酷だった。
すれ違う生徒達の私を見る目がいつもと違うように感じる。
侮蔑や嫌悪、そんなものが含まれた視線を受けることは初めての経験で戸惑ってしまった。
…いったい何が起こっているの?
ヒソヒソと交わされる会話ははっきりとこちらに向けられたものだとわかるが、内容までは聞こえない。
一抹の不安を抱えながら教室に入ったものの、辿り着いたそこも他とは変わらなかった。
誰に目をやっても私に対する敵意を感じる。
そんな時、教室の隅の方で、友人の彼女が私に向けて手を振っているのに気づいた。
「御機嫌よう、ミリアさん」
「バーバラさん、御機嫌よう…」
私の動揺した雰囲気に気づいたのか、彼女は困ったように眉を下げて笑う。
「災難だったわね」
「あの、私に何が起こっているのかしら?」
「まあ、本人には噂話なんて届かないわよね。この国の王女様に直接手を出そうとする馬鹿なんてなかなかいないし」
口振りから彼女はこの件について何か知っているのだとわかった。
「異世界からの留学生が自分は元の世界でハルト様と婚約者だったなんてわけのわからないことを言ってるのよ。王家に無理やり召喚されて離れ離れになっていたけど、やっと会えたと思ったら王女様に無理やり寝とられてたってね」
「っ、何それ…確かにハルト様を召喚してしまったことは申し訳ないことだったけど、勇者として戦ってもらうことを彼はしっかり承諾してくださったわ。それに、寝とったなんて…そんなはしたないことしませんっ」
それにそれに、婚約者ってどういうこと!?
「ハルト様は元の世界に恋人なんていないとおっしゃっていたわ…まさか、婚約者はしっかりいましたっていうオチ…?」
「いやあ、ないんじゃないの?オーツ公爵ってあなたのこと溺愛しているように思えるし。まあ、仮にいたとしても…その婚約を無下にしてまでこちらの世界を選んだのは彼の方でしょ。婚約なんて無効よ無効」
そんなに簡単な問題でもないように思えるけれど、バーバラさんの慰めは有難い。
婚約者、か…
真偽は本人達に聞かなければわからない。
だけど、刻一刻と私と彼の終わりが近づいて来ているような錯覚を覚える。
異世界から来た彼女ともしっかり話をしなければならないようだ。
「私、彼女に会いに行かなきゃ」
「あら、もっと落ち込んでると思ったのに。でも、私は芯の強いあなたが大好きよ」
「ありがとう」
「何があってもこのバーバラ様が慰めてあげるから、精一杯ぶつかってきなさいな」
私は本当に素敵な親友を持ったみたいだ。
気合い十分に、私はお昼休憩になると急いで彼女のクラスに足を運んだ。
「アカリさんはいらっしゃる?」
堂々と声をかけると、教室内から厳しい視線をビシバシと感じる。
彼女は教室の奥からどこか怯えたような表情で私を見つめていた。
傍らには弟のユリウスと騎士団長令息がまるで主君を守るように立っている。
彼らは射るような鋭い瞳で私を睨みつけていた。
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