#5


「じゃあ見せてください。その『カウンセラー』という職業ジョブのスキルを」


ティルはニッコリ、と微笑む。しかし、その目は笑っておらず、高野の背中に冷や汗がにじむ。


「それでは…私のナイフを返していただけますか?」


高野はしれっと自分の武器をよこせ、と要求する。


駄目だめです」


ティルは首を振る。


「しかし…それでは私の戦闘スキルをお見せすることができないですよ?」


高野はなおも食い下がる。


「…それが目的だったのか。なんと浅はかなんでしょう」とティルは冷たい目で高野を見る。


命惜しさにこの男もしょうがない嘘をついたものだ、と彼女の顔にははっきりそう書いてあった。


「いくら先生の頼みでも、この状況で先生に武器をお渡しするほど、私、先生を信用できていませんから」


ティルは冷淡に告げる。


一方で、「うーん…困ったなぁ」と高野は困ったように頬をく。


高野の表情には大きく焦った様子は見られない。


ティルはそのことに違和感を覚える。


―――手詰まりではないのだろうか…?


「それだとスキルが…あぁ、ならば仕方ありませんね。…私の冒険者バッグから中身を取り出してもらっても?」


「?」


ティルは高野の意図がわからないまま、彼から取り上げていた冒険者バッグをつかもうとする。


そこに高野が慌てたように声をかける。


「あ、申し訳ありませんが、一度手を洗っていただいていいですか?バッグの中身が血まみれになってしまうと私のスキルの説明がしにくくなってしまうので」


ティルは冒険者バッグに伸ばす手を止め、首を傾げて高野を軽く睨んだ。


「…もしかして私が手を洗っている間に逃げようとか考えていません?それだったら私、今すぐに先生を逃げられない・・・・・・ようにしないとなりませんが」


「足のけんでも切ろうというのか…」と、高野は内心、冷や汗を掻きながら「いやいや」と首を振る。


「仮にそれで小屋から逃げ出せてもすぐに追いつかれちゃうでしょう?私は貴女と敵対するつもりはありません。そもそもシュゼットが人質に取られているんです。逃げませんよ」


「…冒険者バッグの中になにか仕込みがあったとしたら私、貴方を殺しますからね」


「そんなことも考えていません。心配なら私が…」


「それは絶対に駄目」


ティルは高野の提案をピシャリ、と断る。


そして、高野から目を離さずに自分の冒険者バッグから水筒すいとうを取り出し、手をすすぐ。


「…手もいてください」


「ご心配なさらずとも…意外に神経質な方ですね?」


ティルは高野の細かい指摘に苛立いらだちながら、濡れた手を布でく。


高野はその布が清潔であることを確認して頷いた。


「すみません。カウンセラーって神経質でないと務まらない仕事なんです。色々なことを事細かに分析しなければならないので」




…これは半分本当で、半分嘘だと高野は思っている。


確かにカウンセラーは細かく観察する習性のある生き物だが、高野は自分のことを神経質とは対局の位置にある人間だと認識している。


常に大胆に、そして無神経に。だが、相手を傷つけず、不快にさせないギリギリを攻め、相手のふところに入り込む。


これが高野のカウンセラーとしてのやり口だ。


―――デリカシーは母親のお腹に置いてきた。


高野の口癖である。


だが、実際には高野は自分で思っている以上には、神経質で繊細せんさいな人間であろう。


彼の言う「相手を傷つけず、不快にさせないギリギリのラインを攻めて相手のふところに入り込む」ということを実践するためには絶妙なバランス感覚が必要だからだ。


話がれたが、カウンセラーが神経質かどうか、これについては結局のところ人それぞれであると言えよう。


結果的に相手にとって「良い」支援ができていれば、それがカウンセラーの全てなのだから。


…ともあれ、この一連の「神経質な言動」は高野の計算だ。


彼がこの絶望的な状況をひっくり返すための命がけの綱渡りの準備運動のようなものである。




手をき終える彼女を見て、高野は笑顔で「ご協力ありがとうございます」と感謝を伝えた。


「ではその中から四角い紙の束を取り出していただけますか?」


「これですか?なんですこれ…」


彼女はひもで縛ったカードの束を取り出す。


こちらの世界で作ったトランプだ。



「カード、というものなのですが、まあカウンセラーの商売道具みたいなものです」


…もちろん嘘だ。


カウンセラーがカウンセリング中、トランプで遊ぶことは…


…考えてみると遊戯療法プレイセラピーなどもあるので全くないとは言い切れないかもしれない。


しかし、少なくとも高野はカウンセリングではトランプは一切使わない。


「ふうん…」


彼女はトランプの中をパラパラと確認する。


魔法陣や刃物などなにかかカードに仕込みがないかを確認しているのだろう。


手作りではあるが、以前、職人に作ってもらった定規を使って作ったので、均一なサイズで、折り目もない。


多少紙による個体差はあるものの、本物同様52枚のカードがあるので、とんでもない記憶力の持ち主以外カードを記憶することはできない筈だ。


高野にとって、このトランプは、シュゼットと昼休憩に遊ぶための遊具であり、こういう事態に備えた護身・・のための道具でもある。


「それをこちらに貸してもらえますか?」


「? どうぞ」


ティルは高野にトランプを差し出す。




…ここまでは全て高野の作戦通りだ。


「フェイス・イン・ザ・ドア」という心理テクニック。


大きい要求をして、あえてそれを相手に跳ね除けさせてから、代案としてそれよりも小さい要求をすることで違和感なく相手に要求を飲ませるテクニックだ。


もし、「高野が最初に冒険者バッグからカードを取り出してください」と言えば、ティルは不審がって受け入れなかったかもしれない。


しかし、最初にナイフを要求したことで相手をあえて警戒させたことで、脅威レベルのずっと低い紙のカードへの警戒を一気に薄めることに成功した。


…全てはこのトランプを手に入れることが目的だったということも知らずに。




高野は心の中でほくそ笑みながら、トランプを受け取っておもむろに広げる。


そして、ティルの目の前で慣れた手付きでシャッフルを始めた。


「? なにを」


「見ていてください」


シャッフルを終え、カードを自分の手前に引き寄せる。


そして、カードの背を上にして扇状に開いた。


「…まずは『カウンセラー』の固有スキル『読心どくしん』をお見せしましょう」


高野は不敵ふてきに笑う。ティルは眉をピクリと上げた。


「…聞いたこともないスキル…。それが特別な職業ジョブの固有スキル、ということですか?」


「ええ」


「見せていただけるのは戦闘スキルだったのではないのですか?」


「安心してください。そちらもお見せしますよ。…でも戦闘スキルは警戒されているようなのでまずは信用していただくために手の内を全てお見せしようと思いまして」


高野はトランプを扇状に開いたまま、ほがらかに笑う。




ティルの立場からすれば、固有スキルも確認できることはメリットしか無い。


高野の反射速度や筋力から彼がレベル1相当の実力しかないことをティルはすでに把握していた。


『カウンセラー』という職業ジョブがどのようなものであれ、レベル1であれば固有スキルも戦闘スキルも1つずつしかない。


つまり、高野の言うように高野は全ての手の内をさらして信頼を得ようとしている、とティルは考えた。


スキルをちゃんと見るまでは警戒は緩めないつもりだが、「この先生はやはり信頼できる男性ですね」とティルは心の中で微笑んだ。


とはいえ、ティルはすでに彼の固有スキル「読心どくしん」の内容にアタリをつけていた。


先程、彼自身が告白していたからだ。




「貴女もすでにご承知でしょうが、念の為」


まるで心を読んだかのような絶妙なタイミングで高野は切り出す。


「…私の固有スキル『読心どくしん』は心を読むスキルです。それ程、万能なものではなく100%心の中が丸見え、というわけではありませんが…この中から一枚カードを取ってください」


さり気なく多少、心を読むことを外すことがあることや、読みきれないことがあることをなど、矛盾をはらまないための補足情報をぎ足しておく。


「? はい」


ティルは高野の意図が読めないまま、高野のトランプから1枚のカードを引いた。


「それをご自身にだけ見えるように確認してください。…決して私には見えないように」


「?」


彼女は首を傾げながらカードの中身を確認する。


…「◇のQダイヤの12」だ。


「なにが描いてあるか覚えましたか?」


「ええと…」


「あ、言わないで。私はその中身を見ていないし、知らない。…そうですね?」


「? ええ」


ティルはカードを持ったまま頷く。


「…ではそのカードの中身が見えないように背を上にして、床に―――血がついていない所でお願いしますね、置いてください」


「?」


ティルは言われた通りにカードを背にして床に置く。


高野はそこに自分の持っていた山札を乗せた。


そして、トランプを再びシャッフルする。


「…」


「…」


高野はシャッフルを終えると、ティルに「さて」と声をかける。


「先程、私に隠して見たカード、私がそれをなにか当てることができると思いますか?」


ティルは眉をひそめる。


「なに言ってるんですか…そんなの無理に決まって…まさか…」


高野はニヤリと笑う。


そして山札を拡げてパラパラと確認し、「◇のQダイヤの12」と描かれたトランプを彼女に見せた。


「…これ、でしょう?」


「凄い…」


ティルは絶句ぜっくして、高野を見た。


高野は不敵ふてきな笑みを浮かべながらカードを山札へ戻す。


「…これが『読心どくしん』の力です。…もう1度やりましょうか?」


「お願いします」


2度、3度とティルのトランプを的中させ、ティルは完全に高野の『読心どくしん』というスキルを信じ込む。




もちろん、『カウンセラー』という職業ジョブも『読心どくしん』という固有スキルも大嘘だ。


ただの手品マジックに過ぎない。


高野が高校時代に手品部で学んだテクニックだ。


タネを明かせば簡単。


相手にカードを提示する前に予め、一番下のカードを盗み見ておく。


次に相手にカードを選ばせた後、上から山札を置く。


これで一番下のカードの1つ上は予め確認したカードになる。


あとはこの一番下とその上の2枚だけどこかにいかないように気をつけてシャッフルすれば完成だ。


高野は自分が知っているカードの次のカードをあたかも心を読んだように見せつけてやれば良い。


トランプ手品マジックがないこの世界だからこそ有効なハッタリだった。


しかし、カウンセラーという職種、相手の心を読んだように話すテクニックと手品マジックは相性が良く、ティルはすっかり信じ込んだようだった。






―――主導権は完全にこちらのものだ。手品部なめんなよ!


手品マジックの概念を知っている相手の目をあざむくのが手品部だ。


手品マジックを知らない異世界人をだますことなど赤子の手をひねるようなものだ。


「次は戦闘スキル『上書き』リライトもご覧に入れましょう」


高野はティルに笑いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る