早乙女優希

「村上くん...村上。僕と友達になってくれないか?」


 何故、僕は村上と友達になりたいと思ったのだろうか。


 それは今になれば、何となく分かる。


 しかし、当時の僕が勇気を出して話しかけたのは、今でも意外なことである。


 村上が僕の未来が見えていたからとか、そんなことではない。


 村上の醸し出す人間としての魅力に惹かれたのだ。


 僕には無い、すべてを包み込める器量を感じた。


 村上はひとしきり僕をいじった後に、真剣な顔になり、了承してくれた。


 彼との交友は、この時から生まれたのであった。


 ふと気がつくと、向こうから学内でマドンナと言われている長谷川さくらが歩いてきた。


 僕は入学して、まだ間もない頃、一目見ただけだが、勝手に意識している自分がいることに気づいた。


 でも、サッカー以外にうつつを抜かしている暇なんて、スケジュール的にもメンタル的にも、僕にはなかった。


 僕らとは無関係の世界で、廊下を歩いていると思っていたら、長谷川さんが話に割って入ってきた。


「あ!村上くんやっと見つけた!ちゃんと卒業するために勉強教えるって言ったのに!昼休みが始まった途端に、どっか行くんやから!大事な卒業がかかってるっていうのに、何てやつなの?」


「あぁー、すまんすまん!そんな約束してたなぁ!今からでも、ちょっとだけやるか?」


「そりゃ、そうでしょ!一点でも多く取らないといけないんだから!」


「俺の周りには、一点でも多く取りたいやつが集まるんだな。」


 村上は僕の方をチラッと見て、笑う。


「どういう意味?早くしないと昼休み終わるよ!」


「わかった、わかった。うるせぇな。んじゃ、早乙女!また教室にでも遊びに行くわ!」


 僕が約三年間、ひとりで勝手に意識していた長谷川さんと、先ほど友人になった村上が軽快なトークをしている光景が、何だか現実味を帯びない。


 そんなことを考えていると、長谷川さんが話しかけてきた。


「え!やっぱり、早乙女くん...さん?あの早乙女さん?」


「あのって...どの?」


 僕は急に飛んできたボールを、どこに渡せばいいのか分からず、慌てて聞き返す。


「だははははは、ピッチ内では冷静な早乙女様も、学内では普通の高校生やな!」


 この前、教室で見せたように、村上は腹を抱えて大笑いしている。


「うるせぇな!!君が変わってるだけだろ?」


 と言いながらも、パスを出す相手を見つけて安堵する。


「あ、あの...昨日の試合はおめでとうございます!」


「え、あ、見てくれたの?ありがとう...」


 今日は、いつにも増してパスが飛んでくる。


 そして、それに対して、味方がボールを貰いに来てくれる。


「そりゃそうや!早乙女様のお試合は、学校全員で応援させていただくことになっておりますゆえ!」


「どういう日本語だよ!それ合ってるのか?」


「お、この数分で、ツッコミもお上手になりまして。」


 僕と村上は二人で大きく笑い、長谷川さんも微笑んだ。


 あぁ、なんて美しいんだろう。


「ほな、俺は長谷川に勉強教たらなあかんから!」


「え?村上が教える側なの?」


「そりゃそうやろ!」


 そこで、長谷川さんが少し顔を赤らめて答える。


「私が赤点取ったら卒業できへんから、これから教えてもらうんです。」


 鼻筋が綺麗で、顔が整っている美しい女の子から聞こえる関西弁は、東京から来た僕の心を、既に鷲掴みにしている。


「そう!だから天才村上様が、テストに出そうな問題を、ちょこちょこっと教えるわけや!」


「天才村上って。」


「いやいや、お前がサッカー得意なように、俺は勉強ができるんや。」


「え、本当に?」


「お前はサッカーしてたらプロ入りも決まって、勉強もせんでええやろうけど、俺らは試験や受験があるんやで。」


 あぁ、そうか。


 彼らは学内の進学コースで、多くの人が国公立大学を目指している。


 そのため、全国共通テストを受けて、大学の二次試験のために、目下勉強中なのか。


 僕は、どのくらいの点数を取ればいいのかも分からないが、とりあえず聞いてみる。


「共通テストの結果は、どうだったの?」


「なんか、問題の傾向がちょっと変わってな。ぼちぼちって感じかな?」


 それに対して、長谷川さんが勢いよく反論する。


「何がぼちぼちよ!学年で一番だったくせに!」


「お前らと目指してるとこがちゃうんやから、当たり前や。」


「ほんま!これやから天才型は困るわ!」


 僕は知らない世界に迷い込んだように、二人の会話についていけていない。


「村上が学校で一番?」


「ん?なんや?なんか、驚くとこか?」


「え、いや、うん...」


「さては、早乙女様は、人を見かけで判断するタイプやな!」


「そんなことないよ!」


 と否定はするものの実際、赤点で卒業できるかどうかというのも、村上だと思っていた。


 村上が学校で一番勉強ができるというのも、しっくり来ない。


 そこで、長谷川さんが目を輝かせて言う。


「今、気づいたけど学校で、一番の二人が話してるんだ!めちゃくちゃすごい!写真撮っちゃおーっと!」


 そう言うと、長谷川さんがスマホを取り出すが、それを制した村上が言う。


「そんなんええから勉強するんちゃうんか?」


「あ!そうだった!昼休み終わる前に、一問だけでも教えて!」


「一問だけやで。ほな、行くわ!またな、早乙女様!」


 二人は走り出し、きゃあきゃあ言いながら、廊下の向こうに小さくなっていく。


 僕は完全に長谷川さんに見惚れていた。


 廊下の角を曲がるところで、長谷川さんが止まり、こちらに会釈した。


 可愛いな。


 そこで、僕はまた勝手に長谷川さんを意識している自分に気づき、心の奥にしまいこもうとした。


 しかし、気づいた。


 ―そうか、残り二ヶ月は、サッカーだけを考える高校生活が、一旦終わったのか。


 もちろん、プロ入りが決まっていて、練習は続けるけれど、これも何かの縁だし、村上とつるむのも悪くないな、と僕は自分の中の重圧が少しだけ軽くなるのを感じた。


 改めて、村上に友人立候補して良かったと思った。


 村上は、この未来も予測していたのかな。


 そんなことを考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 僕は、自分のクラスへ帰るため、急いで廊下を走った。

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