早乙女優希

 敢えて、大阪の高校に入学した。


 国内プロチームのユースに入る話は、いくつもあったが、全て断った。


 理由は、簡単だ。


 全国高校サッカー選手権に出場して、自分の知名度を、確立するためだ。


 だから、僕は、敢えて厳しい環境に身を置くため、東京出身でありながら、関西の全国大会常連校に進学した。


 そして、その強豪サッカー部に入部した。


 しかし、自分の判断が間違っていたのではないか、と何度も感じた。


 同級生はもちろん、上級生のプレーを見ても、まるでスロー映像を見ている様な気分になったからだ。


 それをコーチや監督に伝えると、


「そんなことを言うと、先輩に嫌われるぞ。」


「それを言って何になる?結果を出してから言え。」


「中学までと、高校でのサッカーを、同じだと思ったらダメだ。」と言われた。


 だから、すぐに結果を出した。


 入部したての一週間後、部内での紅白戦。


 一年生の実力を見るために学年別で試合をする。


 そこで、前半10分で三年生を相手にハットトリック。


 自分の中では、まだ2、3点取れるチャンスも演出したが、同級生が決めきれない。


 そこで、笛が鳴り、試合が止められた。


「今日は、これで終了だ。早乙女!こっちに来い!」


 試合が早く終わった理由は、明日の試合に響くからとの事。


 僕は、コーチに呼ばれた。


「早乙女、明日から春の大会が始まるのは、知ってるか?」


「はい、もちろんです。それを目標に先輩方はここまで練習してきたわけで...」


「監督が、お前をベンチ入りさせるとのことだ。」


「え…。」


 僕は、単純に驚いた。


 本当に、僕のプレーを今まで見ていなかったのか。


 掌返しにも程がある、と思いながらも


「試合に出れば、全力を尽くします。」


 精一杯、生意気に聞こえないように返した。


 次の日から上級生の暴力、いわゆるイジメが始まることを恐れた。


 様々な葛藤があった。


 僕は、もちろん試合に出るために、わざわざ東京から引っ越して、大阪にある全国屈指の強豪校のサッカー部に入部し、全国大会で優勝するために、この高校を選んだ。


 それなのに、何とも言えない不安が、その日の夜に、僕を包み込んだ。


 強豪校になればなるほど、部活動の学年の縦社会が厳しいものになる。


「ゆうき!ご飯できたよー!いつまで寝てるの!今日試合でしょ!?」


 一階から、母の声が響く。


 大阪に単身赴任をしていた父が居たこともあり、僕の夢のために、家族で大阪に住むことを決めた。


「なんだかんだ、結局寝れちゃうのかよ。」


 そんな独り言が、アニメの主人公みたいに出る自分に、少し恥ずかしさを感じた。


 とりあえず、それを紛らわすために寝間着からジャージに、そそくさと着替える。


「ゆうき、昨日はちゃんと眠れた?今日は先輩の応援しないとダメなんでしょ?」


「あ、うん。なんていうか、ベンチ入った。」


 思春期の男子にしては、これでもまともに、親に対して近況報告できている方である。


 何より少し褒めてもらいたい気持ちと、救いの言葉を待つ気持ちがあった。


 でも、母も同じ心配をしていた。


「すごいじゃないの!...でも、その...上級生は知ってるの?」


 やっぱり、そこだよな。


 僕は、本音を伝えた。


「先輩がメンバー決めにも関わっているから、知ってるとは思うけど、昨日の帰り際にコーチに言われただけだから、よく分からないんだ。」


「そっか…まぁ、ゆうきは、誰よりも上手だからサッカーだけは、負けたらダメよ。何かあったらお母さん頑張っちゃうから!」


「何を頑張っちゃうんだよ。」


 たしかに、母のこの何とも言えない頼りがいは、何度も僕を救ってくれた。


 小学生の頃から、中学生以下のカテゴリーで、日本代表の練習に選ばれたりしていた僕には、時折、よその子の親御さんから、心許ない言葉が浴びせられた。


 その度に、母は相手にケンカをふっかけた。


 時には、相手の息子が僕よりも劣っている点を列挙して、論破したりしていた。


 すると、罵声の対象は、僕から母に変わるのであった。


 そうなると、母はいつも、僕が思いっきりプレーできることを喜んでいた。


「なんだか、色々と思い出して吹っ切れた。ありがとう。」


「なにそれ、高校生のくせに。なに悩んでるのよ!」


 母は、本気でそう思って言っているようだ。


 一番悩みの多い時代じゃないのか、人生の中で。


 僕は、能天気な母を見て、面白くなって笑った。


「何よ、急に笑って!さっさと食べて行きなさい!」


「うん、行ってくる。母さん、ありがとね。」


「まぁ、お母さんは慣れっこだから。ちゃんと相談するのよ。」


 慣れっこという言葉に、今まで甘え過ぎてたな、と感じながらも、まだまだ甘えたいと思っている僕もいる。


 ただ、そのおかげで、安心して家を出ることができた。


「それじゃ、行ってくる!」


「応援頑張ってねぇー!」


 母も流石に、まだ試合に出るとは思っていないようで、それは僕も同じ想いだった。


 学校への道が、途方もなく長く感じた。


 ―しかし、学校に着くや否や僕の悩みが、全く意味のないものであることがわかった。



「おう、早乙女!こっちや、こっち!お前さんのプレー見せてもらったで!緊張するやろうけど、ピッチに立ったら、みな平等っちゅうやつや!」


「小林キャプテン…」


「なんや、その顔は。俺が、お前をいじめるとでも思ったか?」


 チームのキャプテンである小林さんは、強面で、正直得意ではなかった。


 なので、小林さんの言葉は、図星だった。


 しかも、ポジションが僕と同じセンターフォワード。


 僕が出場するということになれば、キャプテンがベンチに下がる、ということになる。


 だからこそ、キャプテンがおそらく同意のもと、僕をベンチ入りさせたと聞いて本心では、かなりビビっていた。


「おい!聞いてんのか早乙女!お前、図星やったんか?」


 小林キャプテンは、笑いながら続ける。


「ええか、1番大事なんは、チームの勝利や。それを無視して個人の感情を出すやつは、二流や。そんな選手が多数を占めるチームも、二流や。うちは全国大会常連、強豪校。言わば一流選手の集まり。それがうちのチーム。一流のチームや。」


 小林キャプテンの言葉や仕草から、それが嘘ではなく本心であることを感じてら尊敬の念を感じた。


「おい、小林!新入りをあんま、いじめんなよ!」


「ちゃうわ!うちのチームの理念っていうのを、キャプテンである俺が教えてるんや!」


「一番早乙女の存在にビビってるのは、お前やないか!」


 小林キャプテンはいじられキャラで、ピッチ内外においてチームのバランスを保つ、大きな役割をしているのであろう。


 僕も自然と笑みが零れた。


「お!早乙女も笑うんや。ま、その調子で今日の試合頼むで!」


「...え?」


「あら、何も聞いてないんか?今日は、お前がスタメンや。」


「え、でも小林さんがいるじゃないですか。」


「言うたやろ、チームの勝利が一番大事なんや。そのチームのキャプテンが、監督と話し合って、出した結論や。」


「コーチからは、ベンチ入りするとしか、聞かされていなかったので...」


「そうなんか、あのコーチも意地悪やな!まぁ、心配すんな。俺と監督はもちろん、他のメンバーも納得してる。」


「が、がんばります!僕にできることを精一杯!!」


「あんまり肩に力入れんなよ。ほら、メンバー発表始まるで!」


 そう言って、監督の元に走っていく小林キャプテンの背中が、昨日の何倍にも大きく見えた。


 同時に、自分にかかるプレッシャーの大きさも感じた。


 しかし、不思議と笑みが込み上げてくる。


 僕は小林キャプテンの背中を追って走った。

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