第4話 マンゴー・プリン

 ──なんていう展開にはならず、私が動けずにいるうちにデストルドーは完全にマカロンちゃんの身体を乗ってしまった。その場に、主を失った【クレープ・シュゼット】の身体がバタッと倒れる。


 どす黒いオーラをまとったマカロンちゃんは、緋色に染まった瞳を細めて満足気な笑みを浮かべる。


「ほう、若くて中々に扱いやすい身体だ。魔力のポテンシャルも高い。逸材だな」


 さっきとはうってかわって、緋奈子のハスキーボイスで話すデストルドー。言ってるセリフと声質のギャップがなかなかにシュールだ。


 ……ヴィランのくせに緋奈子の声で話すなっ!

 途端に激しい怒りが湧いてきた。床に手をついてやっとの思いで体を起こす。すると、目の前にマカロンちゃん──改めデストルドーがつかつかと歩み寄ってきた。


 このアングルだとドレスの中が見え……おっと危ない! 今のマカロンちゃん──改めデストルドーはノーパンだった!

 慌てて視線を逸らすと、デストルドーは「くっくっくっ」と引き笑いをしながら私の目の前にしゃがみこんできた。


「我は本来、魔力を持たない人間には興味を示さないのだが、貴様は気に入った。──連れて行って我が下僕としてやろう」


「はっ、誰が下僕なんかになるかっての!」


 すると、デストルドーはニヤッと笑った。


「下僕になったら、我が直々に可愛がってやろう。──もちろんこの姿でな」


「えっ……」



 緋奈子の姿で……? 可愛がってもらえる……? えっとそれは……どういうことですか?


「ふっ、やはりな。貴様、【マカロン・ショコラ】のことを好いているな」


「なぁっ!?」


 どうしてそれを!? 私が! 緋奈子に! 恋愛感情を抱いていることは! 誰にも話したことないのに!


「何故知っているのか不思議だというような顔をしているな。──言わずとも分かる。貴様はマカロン・ショコラを信頼し、助け、危機を救おうとした。強大な敵を前にして、迷わず実行した。それが理由だ」


「……っ!」


 敵にバレていたなんて……! 私は顔に血が上るのを感じた。


「さぁ、一緒に行こう……? ハルちゃん」


 私の方に手を差し出しながらデストルドーが口にしたセリフは、まさに緋奈子にそっくりで……気がついたら私はデストルドーの手をしっかりと握っていた。この場には私と目の前の緋奈子しかいなくて……それが全てだし、それでいいと思った。

 敵だとか、人類だとか、本当はどうでもいい。私は緋奈子がいればそれで……!


「ヒナちゃん……」


 私が目の前の緋奈子に全てを委ねてしまいそうになった時──。


「ちょっとまったぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



 バリィン! とガラスが割れる音が響いて、なにか黄色いものがデストルドーの背後に華麗に着地……しようとして、足元のガラスで足を滑らせ、派手にすっ転んだ。


「はわわぁっ!?」



「あ……?」


「ん……?」


 揃ってそちらに注目する私とデストルドー。

 黄色いものの正体は、黄色い服を着た黄色いツインテールの魔法少女だった。頭の上にはなにやらケーキのようなプリンのような、そんな物体を乗っけているため魔法少女だとわかるだけで、武器は一切持っていないし、ぶつけたお尻を抱えながら「いたいよぉ!」と悶える姿はとても魔法少女らしくない……ただのバカっぽい。


「……何者だ?」


 呆れたような口調でデストルドーが質すと、バカ魔法少女は「よっこらせっくす!」という掛け声と共に立ち上がって、ズビシィッ! とこちらを指さした。


「残念だけど、その子はウチのものだからヴィランなんかが横取りできると思わないことね!」


「「はぁ?」」


 私とデストルドーは同時に間抜けな声を出してしまった。なんで初対面でバカ丸出しの魔法少女に「ウチのもの」扱いされなきゃいけないのか……。この子はあれかな? 不思議ちゃんというやつかな?


「なんだ貴様、わざわざ我にやられに来たのか?」


「あははっ! それはこっちのセリフだよ。おね──その子に手を出して無事で済むと思ってるの? 二度とイけない身体にしてやんよ?」


 今……今こいつ「お姉」って言いかけなかった? ってことは木乃葉? 木乃葉なの? 確かに色は違うものの髪型は木乃葉そっくりだし、馬鹿さ加減とか、耳障りな人を馬鹿にしたような笑い声とか、美形で中学生らしからぬナイスバディなところとか、セリフがものすごく残念なところとか、いろいろ木乃葉そっくりだった。


「──木乃葉?」


 私が呟くと、木乃葉──と思しき魔法少女は両手と顔を大袈裟に振って否定した。


「いや、いやいやいや人違いだよ! 大嶋木乃葉なんて美少女、ウチ知らないしー? まったく、なに変なこと言ってんのよお姉ってばぁ!」


 ──うん、確定した。コレは100%木乃葉だ。


 それにしてもびっくりした。木乃葉が魔法少女だったなんて、家族の私ですらも全く気づかなかった。そしてなんですかその丈の短いノースリーブワンピースという地味に露出の多い衣装は……! もしかして、というかやっぱり木乃葉は痴──?



「よくわかんないや……行こう? ハルちゃん」


 緋奈子のキャラに戻ったデストルドーが私の手を引いて促すが、こいつもこいつで木乃葉の乱入のせいで一度キャラが崩壊しているので、さすがの私も騙されなかった。そう、こいつは緋奈子じゃない。


「木乃葉! 助けて! ついでにこの世界も救って!」


 本当に遺憾で色々と不本意だけどここは木乃葉に頼るしかなかった。木乃葉の実力は未知数だけれど、他に頼りにできそうな存在がいない以上背に腹はかえられない。

 しかし、木乃葉は首を横に振った。


「だーかーらー! ウチは木乃葉じゃないっての! お姉が木乃葉って呼ぶから助けてあげなーい! そこの可愛い子ちゃんとイチャコラセックスしててください!」


 いや、そここだわるんだ! しかも言い方! 酷くない? 人をビッチみたいに……


「じゃあ誰よ!?」


 私が尋ねると、木乃葉は中学生にしては大きな胸を張り、目元でピースサインをしながら舌を出して見せる。


「キラーン! 名乗り忘れてたね。──とろ〜り濃厚クリーミィ! 香港生まれのなめらか完熟フルーツゼリー! 魔法少女【マンゴー・プリン】ちゃんですっ! マ〇コじゃなくてマンゴーだぞ!」


 ……全てのマンゴープリン好きの皆様、ごめんなさい! うちの妹がマンゴープリンを貶めるような発言をしました! 美味しいよねあれ! 私も好き!


「……きゃー! 助けてマンゴー・プリンちゃん! ヴィランが私に乱暴するのー!」


「なにーっ! それは大変! マンゴー・プリンちゃん、頑張っちゃうぞーっ!」


 ここでツッコんでもしょうがないので、寒い芝居を挟むと、木乃葉改めマンゴー・プリンちゃんは寒い芝居で応えた。


「ってことだから、ごめんね可愛い子ちゃん。可愛いからって手加減しないからね?」


「──愚かな。魔法少女【マンゴー・プリン】とやら。貴様も世界樹の生贄にしてやろう」

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