対エクストリーム熱中症 生徒会本部

長宗我部芳親

対エクストリーム熱中症 生徒会本部

 エクストリーム熱中症、それは通常の熱中症とは似て非なる特殊な病。かかった者はたちまち暴徒と化し、周りのもの全てを攻撃対象として見なしてしまう奇病だ。

 特に、何かと物事に熱中しがちな学生は発症しがちである。 


 本来の熱中症を引き起こす、水分や塩分の不足といった要素に加え、何か物事に熱中しすぎる執着心が加わることで発症すると言われている。

 発症した者は、一時的な特殊な力に目覚めるとされる。

 例えば、野球に熱中していた者は球を複数同時に投げることのできる能力を得たり、美術をこよなく愛する者は彫刻作品を思いのままに操る能力を得たりと、WHOには世界各地から様々な報告が寄せられていた。


 これはそんな発症者達と手に汗を握る闘いを繰り広げる生徒会役員の物語――。 



「生徒会でーす。何かと熱中しがちな夏休みですが、水分補給を忘れずにー」


 ライトブルーなスポーツ飲料のイラストが入ったノボリ旗を片手に持ち、校門前で声を張り上げる生徒が一人。

 今年度、生徒会に入会したての期待のホープ、東城ヤマネだ。

 今日の気温は三十五度超え。朝のニュースでもかなりの猛暑日と報道があったように、コンクリートの道路はあまりの暑さに揺らめいているようだった。

 ヤマネは額から垂れる汗をハンドタオルで拭う。


「ヤマネ、おやっとさん。これ、ポカリ」

「ありがと、メイちゃん。助かるよ……」


 ときを同じくして生徒会役員の一人、西園メイが飲み物を買って帰ってきた。

 ヤマネは差し出されたペットボトルを受け取る。キンキンに冷えた中身が、喉を通り抜ける感覚が何とも心地よさそうだ。

 プハーッとなんとも清々しい息をついた。


「なして、こんげなぬっきぃー!」


 この暑さが相当身に染みたのか、メイは膝に手を当てて屈み込む。

 WHOが一昔前に発表した『エクストリーム熱中症 基本対策指針』にて、エクストリーム熱中症には発症前も発症後も水分補給が大切だとされている。

 そのため、生徒会は夏休み登校の生徒たちに向けて、日々呼びかけを行っていた。

 毎年恒例と化した、生徒会による呼びかけは例年、新入生に任されている。


「うん、ほんとに暑いね……。セミってあんまりに暑い日は鳴かないって言うよね、まさに今日みたいな猛暑日は」

「ふぇ? そうやっちゃ?」


 ヤマネは近くの木の幹にとまっていたセミを指差した。

 彼の言う通り、セミは鳴いていない。メイは顔を近づけて見る。

 単純にメスだから鳴いていないんじゃないか、と彼女が落ちてた棒を拾ってつつくと、セミはジジジッ!とヤマネにおしっこをかけて飛んでいった。

 一瞬の出来事とはいえ、彼に気まずそうな顔を浮かべ、笑う。


「ご、ごめん!」

「実際水分がほとんどらしいからいいや、うん」

「はえ~、物知り」


 ヤマネはどこか不機嫌そうに、顔をタオルでゴシゴシ拭いた。

 両手でポカリをグビッと口に運んだ後、不思議そうな表情で、メイは彼を見る。

 ひとまず今日の呼びかけは終わりだ。校内に戻り、生徒会室に向かう。汗で濡れた全身に吹き付けるクーラーの風は二人に活力を与えた。 

 両腕を広げて二人は全身で風を味わう。


「ただいま、戻りましたー」


 ガラガラ、とヤマネが引き戸を開く。

 二人が生徒会室に足を踏み入れると、既に先客の姿があった。

 会長机の上には山積みの漫画本やらテーブルゲームやら、不要物とみなされ生徒から没収された品々が積まれている。


「ご苦労だったな、二人とも」


 机の隅に手を置き、二人に背を向けて視線をこちらに振り返らせているのは、この学園の生徒会長――、藍沢キサラである。

 彼女の容姿はまるで絵画のような美しさであり、黒い長髪が窓から入り込んだ風に揺れている様はとても絵になっていた。


「会長! こんなにいっぱい、まさかコレ全部没収品ですか!?」


 ヤマネの問い掛けに会長は少し時間を置き、頷く。


「ああ、そうだ。夏休みはやはり気が緩みがちな時期みたいだな、夏期講習中の教室に押しかけて持ち物チェックをしたらこの有り様だ。これを全て売ったらいく……いや、なんでもない。これは俺の厳重な警備のもと、預からせてもらおう」

「――嘘っすよ!! コイツ、絶対売り捌くこと考えてますって!!」


 訴えかけるかの如く飛んできた涙声に、二人が視線を下ろすと、会長の足元には土下座をかましている男子生徒の姿があった。

 強く顔をカーペットに激しく擦ったのか、涙の跡ができている。

 髪もボサボサだ。


 彼の名は岡部マサヒコ。学校に私物を持ち込み、毎回のように尽く没収される常習犯として、学園ではかなり名のしれた存在だ。

 毎度没収される度に、罰として生徒会の雑用仕事を任されている、世間で言うところの学習しない人である。

 どうやら今日も今日とて取り上げられてしまったらしい。


「会長! この漫画の二巻目以降は同人誌として刊行されてて、絶版なんすよ! 一冊あたり数万円のプレミアがあって! 一巻はいいから、せめて二巻目移行は……」

「ダメだ。もちろん、俺が大事に預かってやる。それか原稿用紙1万枚分の反省文を書くというのならば、返してやらんこともない」

「ああああああ!!!! もうオシマイだあああ!!」


 マサヒコは顔を手で覆い、その場でのたうち回った。 

 プレミアつきの本に興味を持ったのか、メイは漫画が積まれた会長机に歩み寄る。

 試しに一番上に積まれていた本を手に取って適当なページを開くが、肝心な内容を見る前に会長の手によって回収されてしまった。


「やめとけ。成人指定だぞ。18歳に満たない奴には見せられん」

「けち」

「何がケチだ」

「そっすよね。会長ってケチくさいっすよね! けーちけーち!」


 あーだこーだマサヒコが言おうが、会長は全く相手にしない。

 メイは一足早く諦めがついたらしく、生徒会室のソファにだらしなく飛び込んだ。


「――いいか、生徒会はな。学園内の風紀を守るためにあるんだ。風紀を乱す者、行為、そしてそれを黙認する行為をするわけにはいかない」


 会長はいつものように口癖を吐く。


「会長、その言葉、今日二回目ですよ」


 手元の活動日誌から目を逸らしてヤマネは言う。


「何十回でも何百回でも、耳にタコができてでも言ってやる。生徒会は学園内の風紀を守るためにある。風紀を乱す者、行為、そしてそれを黙認する行為をするわけにはいかない。生徒会は学園内の風紀を守るために……」


 ヤマネにメイ、マサヒコは顔をしかめながら、両手で耳を塞いだ。

 実際会長が何度も何度もアクセントを変えたり、抑揚を変えたりして繰り返し言うものだから、聞いている方はうんざりしているようだ。


――きゃあああ!!

――うわあああ!?


 ふと、そんな彼らの耳元に届いたのは、生徒たちの悲鳴。

 複数の生徒の声がいくつも重なったような。

 塞いだ耳さえ、つんざくような音量の、だ。


「会長おおおおおッ!!」


 しばらくすると、生徒会室の扉がバタンとけたたましい音を立てて開き、息が上がった男子生徒が顔を見せた。パソコン同好部の部長か、と一同は目をやる。

 部長は開いた扉に手をかけて、ゼエハア呼吸を乱していた。

 

「どうした。そんなに慌てて。まさか廊下を走っていないよな?」

「いえっ、そんなことよりっ……部員がエクストリーム熱中症を引き起こしてっ!! 生徒会の皆さん、うちの田中を助けてください! よろしくお願いします!」


 部長は腰をほぼ直角に曲げ、懇願する。


「そうか、すぐ行く。マサヒコ、お前も来い!」

「え!? また、俺もっすか!?」

「ヤマネにメイ、お前らは各自、刺股を持っていけ」

「「はい!」」


 三人は『生徒会』と書かれた腕章を裏返し、『エクストリーム生徒会』と見えるようにした。一方、マサヒコが受け取った腕章には『猛省中』と書かれていた。

 マサヒコは目を点にして会長を見る。会長はこのとき、何も言わなかった。



 ◇◇◇



「御用だ! 生徒会が来たからにはもうお前の好き勝手にはさせん!!」


 扉を乱暴に開け、一番に顔を出した会長が声を荒げる。

 突撃するようにして、ヤマネにメイ、マサヒコの三人が続く。

 パソコン部室内はまるで荒れに荒れ切った状態だった。活動報告書やら備品申請書やらが散乱し、書類棚もひっくり返されている。

 椅子と机も倒され、酷い有様だった。


 部屋の中心で位置するのは、部長の話にあった男子生徒。

 今回のエクストリーム熱中症の発症者だ。

 話によると、彼はパソコンに精通し、年がら年中夜もすがらパソコンを熱心に扱う、パソコンのことならば適う者がいないエキスパートとのことだった。

 まさかそんな彼が。きっと夢中のあまり、水分補給を怠ったのだろう。


 虚ろな目をして立ち尽くし、ときおり汗をダラダラと流しながらふらつくように体を揺らす仕草は、とても正気とは思えない。 

 生徒会役員たちの乱入にも一切動揺した様子はなく、彼はむしろ余裕すら感じさせる不敵な笑みを浮かべていた。


「貴様だな、覚悟しておけ!」


 会長が指差し、宣戦布告する。

 学園内に発症者が出た場合、教師もしくは生徒会が率先して対応することなっている。発症者の治療法は至ってシンプルで、落ち着かせた後に、発症者にポカリを飲ませる必要がある。そうすれば、大抵は元に戻るのだ。


「この猛省中って腕章、効果あるんすよね? 二人のに比べてチープな気が……」

「多分あるんじゃないんですか。会長のことだから分からないけど」

「分からんなー。でん、気張ろ」

「えー」


 その背後で、マサヒコが不安そうな様子を見せる。

 彼らの紋章には特殊な力が備わっており、身につけることで身体能力が増強すると同時に、精神力が向上する効果があるのだ。


「――があああああっっ!!」

「よし、マサヒコ行け! お前の出番だ!」

「はい……って、武器とかはないんすか?」

「お前は囮だ。ほら行け」

「……は?」


 ドンッと背中を押され、マサヒコが前に出る。

 その横をクナイのように投げられたUSBが通り、壁に突き刺さった。

 少しのタイムラグを経て、彼の頬の辺りに小さな切り傷ができる。


「わああああああああ!?」

「ヤマネとメイ、行け」

「「はい!」」


 ヤマネとメイが刺股を手に駆け出した。

 狙いは完全にマサヒコに定まってるらしく、二人に向かってくることはない。USBの投擲攻撃に、モバイルディスプレイが高速でフリスビーのように宙を舞う。  


「ちょっ、これ無理がありますって!!」


 机の上を飛び越え、床を転がり、驚異的な身のこなしを披露するマサヒコは攻撃を掻い潜る。もはや追いかけっこ状態に化していたことで、ヤマネとメイはなかなか男子生徒と距離を詰めることができない。


 そんな中、ふと男子生徒による攻撃が止む。

 どうやら手元の持ち札を全て使い切ってしまったらしい。


「マサヒコ、今だ! 一気に畳みかけろ!」

「了解っす!」


 マサヒコは男子生徒との距離を一気に縮め、力を振り絞り男子生徒の腹に殴り掛かる。男子生徒は、ラップトップパソコンを盾として構えた。

 彼の能力によって強化されているのか、その強度は凄まじくマサヒコの拳を簡単に弾き返す。だが、手も足も出ない以上はマサヒコの方が断然有利だ。

 そしてついに強固な盾を破ったかと思えば――、


 突如、マサヒコの腕章がピコンピコンと音を立てて赤く点滅を始める。

 それと同時に彼が放った拳は、男子生徒の頬にあたるなり、ペチンとなんとも情けない音を音をたてた。


「……え?」

「馬鹿か、エネルギーの使いすぎだ。しばらく攻撃をやり過ごせ」

「うそおおおお!?」


 マサヒコが会長から男子生徒のいる方へ向き直ると、左右から楽器のシンバルの如く、二つのラップトップパソコンが彼を挟もうと迫ってきていた。

 彼は咄嵯の判断で上体を屈め、攻撃をいなす。


「ひぃいいいっ!?」


 途端に彼は逃げ出した。

 男子学生は床から拾い上げたモバイルディスプレイの割れた破片をナイフの如く振り回し、マサヒコの後を追う。

 破片が振るわれる度に太刀風が起こり、マサヒコの髪が舞った。


「会長も突っ立ってないで何かしてくださいっす!!」

「思いの外長引きそうだな。やむを得ん、これを使うか」


 会長はポケットからロケット鉛筆を取り出し、ペン先を男子生徒に向かえて構える。ソケットを後ろから押し込むと尖った芯の一つが弾丸のように発射され――、芯が男子生徒の腕へと突き刺さった。


「今のは!?」

「ロケット鉛筆に見せかけた小型の麻酔銃だ。芯に麻酔が入っている。効果が完全に発揮されるまでは時間の経過が必要だな。アドレナリンが出ているから時間がかかる。要はクマの麻酔銃と同じだ、効果が出るまで耐えろ」

「麻酔銃って俺の漫画の方が何倍も生ぬるい感じがするんですけど!?」


 マサヒコが叫ぶ。


「会長、会長特権で自分だけそういうの持ち歩けるからなー」

「そうやっちゃー。ズリーじ」

「一番戦ってないのに自分だけ!? さすが政治家のご子息!!」


 今もまた、彼の横をフロッピーディスクが通り過ぎていく。

 痺れを切らしたのか男子生徒はパソコンから有線マウスを抜き取ると、構えた。

 するとみるみるうちに、有線マウスが巨大化していく。男子生徒はUSB端子の部分を持ち手として握った。

 マウスらしからぬ、モーニングスターに近いスタイルだ。


「マウスを武器にしたか。面白い能力だな」

「感心してる場合じゃっ……ひゃあああ!?」


 マサヒコを狙って放たれた重撃は勢い余り、壁を砕いた。

 本物のモーニングスターに劣らぬ威力である。

 ただ、マウス自体そこまで頑丈じゃなかったせいか、攻撃を繰り返す度にマウス部分にヒビが入ってきているのが見て取れる。


 やがて限界が訪れた。

 乾いた音を立てて、マウス部分が割れてしまったのだ。

 と、そこに油断と隙が生まれる。


「今だ!! メイちゃんはお腹をお願い!!」

「任せてじ!!」


 背後から足をかけて転ばせた後、ヤマネが刺股で首元を押さえつけた。

 つづいて駆けつけたメイはお腹を抑える。男子生徒は暴れ、抵抗を見せていた。近くに置かれていたキーボードを宙に浮かび上がらせ、一つ一つのキーを機関銃の如く発射するものの、腕章によって強化された二人には効果が虚しい。


 男子生徒はそれでも尚暴れていたが、次第に麻酔が効いてきたのだろうか。

 だんだんと眠り目に変化していき、意識が完全に沈んだ。

 タイミングを見計らっていた会長は、彼の口にポカリを注ぐ。


「よし、これでひとまずはいいな。コイツの意識が戻るまで俺は仕事でもしてるか」

「ヤマネ、ないすプレイ!」

「メイちゃんも。いえーい!」 


 二人はハイタッチを交わす。

 会長は、机に座るなり画面を立ち上げた。


「パソコン部の輩、まさかこんな如何わしいものを調べてたとはな。おい、『生徒会長 やめさせる方法』『生徒会長 ヤバい』ってどういうことだ」

「会長、俺、今日それなりにけっこー頑張ったんで、漫画返してくれますよね?」

「ダメだ。俺がしばらく大事に預かる」

「「「けち」」」


 会長とマサヒコのやり取りを見ていた二人も言葉を重ねる。


「三人口を揃えて何がケチだ。いいか、生徒会はな――」


 もはや定番とかした文句を会長は反射神経のようにつらつら述べる。

 これは、学園内で手に汗に握る闘いを繰り広げる生徒会役員たちの物語である。

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