第二十八話
「これはまた…………」
円柱の建物――延々と、はたまた永遠と下に続く螺旋階段の仕掛けから脱出した四人の目の前には、真っ直ぐに、通路が伸びていた。
壁も、床も、天井さえもくすんだ白色で統一された、二十メートルほどの直線通路。
幅は四人が並んでも十分に余裕があり、天井も、甲冑の化物と戦ったあの空間とほぼ同じくらいの高さがあるだろうか、圧迫感よりも、解放感の方が強いくらいである。
今まで、狭苦しい螺旋階段に閉じ込められていたからというのもあるのだろうが。
そんな高い天井まで左右にそびえる壁は真っ直ぐに伸び、ぴったりと隙間なく繋がっているようだった。
「んじゃあまあ、取り敢えずお約束、ということで――」
壁際まで近付き、しゃら、とエンカは剣を抜き、斬りつけた。
「ま、傷は付かないよね。知ってた。んー、あと一応この通路の先まで魔力を拡散させてはみてるけど、特に違和感も感じられないね。何か嫌な予感とか、ある人いる?」
振り返ってエンカが訊くが、
「僕は何も」
「私も、特に何も感じないです」
「右に同じ」
三者三様に、答えは『否』だった。
「じゃ、進んでみますか」
剣を鞘に戻し、歩き始めるエンカに続く三人は、自然と、何か起きたときにそれぞれの行動を阻害しないよう、また、カバーし合えるように――フラトがエンカに並んで前、ナナメとトウロウがその後ろにつき、十分に警戒しながら進んだ。
のだが――結局。
四人は、通路の突き当りまで何事もなく進むことが出来た。
「何があるのかと思ったら、こっからまた通路か」
エンカが言うように、突き当りからはまた、左右に通路が真っ直ぐ伸びている。
幅は半分ほどに狭まっているが。
「なんつーか、この天井まで伸びる壁のせいもあるかもしれないけど、わざわざ全体像を掴ませないようにしてるっていうか、ズルをさせない為の構造に見えて、迷路っぽい雰囲気あるよな」
「わかるかも」
トウロウの呟きに、エンカは頷いて相槌を打った。
「んでタナさん、どうするよ?」
「え、わ、私ですか?」
急にエンカから話を振られて、ナナメが驚いたように返す。
「観察、考察は得意でしょ、多分この中の誰よりも。別に私もそれを放棄するわけじゃないけど、実際これまでタナさんの考察は役に立ったし、だったら意見は聞いときたいかなって」
「そ、そうですか…………えっと、ありがとうございます」
ナナメは少し恥ずかしそうにしながらも、はにかんで嬉しそうにお礼を口にした。
出会った当初――助けられないかもしれない、置いていくことになるかもしれない――エンカがそんな風に二人に突きつけていたときとは、随分関係性が変わったものである。
まあ、あのときはナナメ達がどんな人物なのかも、どれほどの実力者なのかもわからず、ほとんど、ギキの紹介だから顔を立てる為というか、エンカが彼女を信頼しての同行だった為に、仕方なかったと言えば仕方なかったのだろうが。
それでも。
あれから、そこまで長い時間が経ったわけでもないというのにこれだけ馴染み、信頼を得られたのは、紛れもなくナナメとトウロウが為した行動の結果であり、加えてナナメの性格に因るところも、大きいだろう。
円滑な人間関係という面において言うなら、恐らくトウロウの性格はマイナスだが、これまた不思議なことにナナメとセットで見ると、それほど悪くないように見えたりする。
「では、そうですね。まずここで二手に分かれたりするのは反対です」
恥ずかしそうな表情から一転、ナナメは力強く言った。
「あからさまに戦力を分散させようとしているのに乗るのが癪、というのもありますが、戦力を分散させた上で何か致命的な事が起きるのが怖いです。それなら、四人固まって進んだ先で、どうしても分散せざるを得ないと判断したときに初めて、戦力を分けるという選択肢を取ってもいいかと」
「ふむ」
「迷路だとするなら尚更です。どこに向かうのか、何があるのか、リアルタイムで情報を共有する方がなにかといいと思いますし、一旦別れてしまうと、離れた者同士で連絡が取れないのもいざというときに致命的かと」
「ん。わかった」
「あの――」
エンカがナナメの意見に頷く隣で、フラトが手を上げた。
「
「あるよ」
「あります」
エンカとナナメに同時に返された。
当たり前じゃん、みたいな顔で。
あるのかよ。
「え、じゃあ情報共有という面では、別れた方が多くの情報を得られるのでは?」
「そうですね。確かにそれはホウツキさんの言う通りです。連絡先としてここでトバクさんを登録することも別に難しくはないのですが、それは連絡用の魔術が十全に機能した場合です」
「あ」
「はい」
何かを察した様子のフラトにナナメが頷く。
「こうもあからさまにこちらの戦力を分散させようとしているわけですから、そうした遠距離での連絡手段を潰すような措置も、取られていると考えた方がいいでしょう」
「確かに…………道理ですね」
ちょっと恥ずかしかった。
少し考えればわかりそうなものだが、フラトはそもそも遠方の相手と連絡を取ることが可能な魔術、魔具が存在するのかどうかの方が気になってしまい、その先に思考を進めなかった。
浅慮だったなあ、と反省する。
「あと、最後に一つなんですが」
「ん?」
「もしも…………もしも、戦力を分散させた上で更に分断するような罠があり、一人になんてされようものなら死にます。私が」
「…………くくっ。ホウツキみたいなこと言うようになったね、タナさん」
「えっ!?」
「いや、知らねえよ。こっち見んな」
まじかよ、みたいな顔をナナメに向けられ、思わずフラトからぶっきらぼうな言葉が放たれた。
「…………毒されてしまいました」
「感染病みたいに言うな」
ふふふ、とナナメが悪戯っぽく笑う。
果たして、どこまで冗談で言っているのやら。
こういうのは…………少しは仲良くなれたと思ってもいいものかどうか、変なことに悩むフラトだった。
「んじゃ、タナさんの言う通り、四人で行こうか」
と、エンカが左の通路へ進路を向け歩き始めたので、フラトがその隣に並び、後ろにナナメとトウロウが並んだ。
「あ、そういえば――」
とフラトが後ろを向く。
「どうしましたか?」
顔を上げたナナメを見て、フラトは発しようとしていた言葉を呑み込んだ。
「いや、何でもないです。もしよければメモにマッピングしてもらえたらなと思ったんですが、もうして下さっていたので」
「ああ、そういうことでしたか。任せて下さい」
笑顔で言って、ナナメは手に持ったメモに再度視線を落とした。
本当に、抜かりない少女である。
咄嗟に『マッピング』を思い付いて、これは、自分ってちょっと有能なんじゃないか、と少しでも思った自身を恥じるフラトだった。
「なあトバク」
「ん?」
「何で最初に左を選んだんだ?」
「え、いや、なんとなくだけど、ホウツキは右に行きたかったの?」
「いや、魔術的に何か感じるものでもあったのかなって思って」
「魔力の温存が必要とは言え、最低限の索敵というか、身の回りくらいの安全は確保しておきたいから魔力を散らしてばら撒いてるけど、それで感じ取れるのは、こっから先も同じような通路ってことくらいかな。しかも色んな所で分岐してるから、それを把握するだけでも結構きつくてさ、情報の処理がしんどいからあんまり先には伸ばせてないんだよねー。わかるのはそんなもん」
大してわからないのと一緒だね、とエンカ。
「成程。じゃあ、実際に自分達で歩いて確かめるしかないか」
「ま、流石にね。魔力を適当にばら撒くだけで何でも把握できるほど、甘くはないでしょ」
なんて、雑談を交えつつも、再び突き当りにぶつかり、そこから右に曲がったところで――。
「何、これ…………」
急な変化に先頭の二人が足を止めた
天井が一気に頭上三、四メートル程まで下がり、くすんだ白色だった左右の壁、床、天井までも、全てが市松模様になっていた。
そんな通路を、訝し気に見回しながらエンカとフラトが一歩、二歩、と警戒しながら足を進めたところで、
「ちっ」
エンカが舌打ちを鳴らすのとほぼ同時、数メートル先の突き当たりから――矢が射出された。
通路の真ん中ではなく、こうして数人が並んで歩いて来るのを予期していたかのように、片側に射出口をずらしていて――矢は、エンカの正面から飛来してきていた。
何か、魔術により軌道を複雑化されているということもなく、直線。
そんな風にフラトが観察している間にも、エンカは後ろのナナメとトウロウがこちら側の通路に這入ってこないよう片手で制止しながら、もう片方の手で素早く剣を抜いていた――が。
「え?」
エンカが一瞬、戸惑ったような声を小さく漏らした。
――これは。
「トバクっ!」
フラトが体当たりをするようにエンカを壁の方へ突き飛ばし、立ち位置を入れ替わった――直後。
「ホウツキ!」
「ホウツキさん!」
矢が――フラトの胸に突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます