第十一話
「ん~~~~、そんじゃ宿行こうか」
お店を出たエンカが大きく伸びをしながら言う。
ギキが出てすぐテーブルにコーヒーが届き、結局何を喋るでもなく二人はぼうっと、シチューの余韻と、まったりしたその雰囲気を味わった。
「トバク、シチュー御馳走様。めちゃめちゃ美味しかった」
早速歩き出したエンカに並び、歩幅を合わせながら、フラトは言った。
「いやいや、結局ここの勘定はホノモモさんだったからね、お礼を言うなら今度会ったときにでも言うといいんじゃないかな」
「まあ、それもそうか。とはいえ、あの人の登場がなかったら支払ってくれるつもりだったろ? それにここのお店予約制みたいだし」
扉にそういった内容の注意書きがあったのを、入店時、フラトは見ていた。
お昼時なのに『王都で一番シチューが美味しい』なんて言われてるお店に這入れるものなのかと、ギキと向かう道すがら思っていたものだが、なんなら華の位の序列を獲得した特典とかそういうものがあるのかとすら勘繰ったが、普通に予め予約してくれていたらしい。
「ま、それに対するお礼ってことなら素直に受け取っておこっかな」
「ん」
歩き出して暫く、ぽつぽつと坂道が増え始め、物音や人の話し声も遠ざかって閑静な街並みになってきていた。
そんな道中、人気がなくなったのを一応確認してからフラトは、再びエンカに声を掛けた。
「なあトバク」
「んー?」
「さっき組合員証発行してもらったんだけどさ」
「うん」
「その組合員証の序列を表記してあるところに、僕の奴――『
「搬の位ってのは、何て言うかな、強いて言えば番外序列みたいなもんかな」
「番外序列?」
「そ。華の位の下には栄の位があって、その下には概の位があって、その下ってなると組合に正式に入るには実力の足りないと判断された子達が、実力を付ける為に講義や訓練を受ける見習いの為の序列が存在してて、それが『子の位』って言うんだけどね」
「そこに含まれないから番外?」
「というかカテゴリーがそもそも違うって感じ」
「カテゴリーが違う?」
「違うっていうか、特異」
「つまり?」
「基本的に組合での序列はその人の持つ強さ、魔獣に対抗できる力が主に評価されるんだけど、搬の位はその評価の内にないってこと。搬の位が評価される点はたった一点、物資の運搬能力なんだよ」
「…………亜空間収納の魔具か」
「そゆこと」
エンカが頷くのを横目に、確かに、そう言えば組合の応接室で、亜空間収納の魔術を見せた折にそう言った話になったなと、思い出した。
「現状、亜空間収納程の低コストで大量に、手間を掛けずに物を持ち運び出来る手段がないってことと、亜空間収納の魔具は作成できず、遺跡から回収される数少ないものしか確認できていないから、それを放っておくのはもったいない、ってことでどうにか組合に入ってもらえないかってできた序列だって私は聞いてる」
「成程なあ」
旅をする上で荷物を持つ手間が省けるというのは、かなり大きい。
体力の温存にも繋がるし、普通は自分が持てる程度に厳選しなければならないものを、そんなことは関係なしに持っていきたいだけ持っていける。
しかも、食糧は腐敗しにくいとくれば、重宝されるのも頷ける。
それこそ、只の旅などではなく、大人数での遠征など活躍する場面を挙げればきりがない。
「あとは遺跡とか、他にも迷宮なんて呼ばれている場所もあったりするんだけど、そういうところに這入ってどんどん先に進めても、途中で拾ったお宝で荷物がかさばっていたら進みづらくなるでしょ?」
「確かに」
「あ、って言ってもホウツキにそういう目的で渡したんじゃないからね? そこは誤解してほしくないかなー」
「え、ああ、うん。それはわかってるよ。トバクだって亜空間収納の魔具持ってるんだし、別にそれ用の人員は必要としてないだろ」
「まあね」
にしし、と何が面白いのかエンカが笑顔を見せる。
「それに、実際この蜘蛛が魔具を起動できたとき、僕と一緒に滅茶苦茶驚いてたし」
「あれは驚いたねー」
「やればいいじゃん、とか言ってきたのトバクだけどな」
「なんだろうねー、なんかねー、別に確信があったわけじゃないんだけど、なんか面白くなりそうな予感? めいたものは感じてた」
「何だよその直感…………」
「だって見るからに普通じゃないんだもん、その子さ。まあ運よく起動できれば、ホウツキの特異な経歴が万が一に知られたとしても、亜空間収納の魔具があるだけで組合員になれたり、あるいはその資格を剥奪されにくくなるだろうって理由はあったけどね」
「つまり、山で遭難してるときから僕を誘って部隊を組むことを考えててくれたのか」
「まあねん」
感情で、直感で、思うままに、気ままに動いているように見えたり、かと思えば用意周到で先の先まで読んでいたり。
掴めない少女である。
しかしそう思うと――フラトなんて、山を降りてエンカと別れてからここまで、それこそ直感頼りというか、流れに身を任せてふらふらしかしてない。
なんという計画性のなさ。
まあ、それこそが旅なのだ――と自分に言い聞かせてみたりする。
「ってことで、亜空間収納の魔具を持ってる人間は重宝される。正直、どの部隊も、いや部隊を作らずに個人で活動している組合員だって、亜空間収納持ちならあの手この手で自分のところに引き込みたいって考えるだろうし、しかもそれが見たことないような新人っぽいのだったら強硬手段に出ないこともないかもしれない。万が一、周りに聞かれたとき、知られたときの危険性を考えて、ホノモモさんはその場で説明をするのを避けたんじゃないかな」
「その、あの手この手ってのは?」
「簡単に思い付くところとしては、んー、攫って監禁して暴力で脅して言うことを聞くようにするとか、手っ取り早く洗脳する、とか?」
「洗脳する魔術なんてあるのか?」
「どうだろうね、無いとも言い切れないし、そんなものあっても禁術扱いで簡単に知られるようにはなってないでしょうしねー。まあ、洗脳自体なら、別に魔術を使わなくてもできるらしいけどさ」
「トバクお前、その危険性わかってて別行動取りやがったのか」
「ホウツキなら強硬手段に出られても問題ないでしょ?」
「なわけないだろ。僕ほとんど魔術の知識ないんだぞ」
「相手のことを知った状態で戦い始められることなんてほとんどないでしょ」
「う…………くそ、それは確かに正論です」
「でしょ。ふふふ」
フラトは表情を歪めてエンカから顔を逸らした。
もしかしてギキは――フラトが何かしらそういう危険に巻き込まれてしまう可能性を危惧してあんなにも強引に付いてきてくれたのでは。
などと、ふと思ってしまうフラトだった。
果たして真実はどうかわからないし、きっと本人に確かめたところで正直に答えてくれなさそうではあるけれど。
「そういえばさ、エリオリさんの試験どうだった?」
「どうだったも何も滅茶苦茶頑張ったよ」
合格ラインだとハオリの口から聞いたとき、何故かエンカはそんなもの当たり前だと言わんばかりに余裕の表情だったが、当の本人――フラトに余裕なんてものはなかった。
ハオリ・エリオリに連れて行かれた地下の広大な施設というか――広場というか。
草原、川、山、荒れ地、などの様々な地形がごくごく小規模で再現され、並べられた光景は異様以外の何物でもなかった。
地下施設、と言うには広大過ぎるそんなところに案内され、荒れ地となっている場所で向かい合い、碌な説明もないまま、
「まずは、対魔獣戦想定です」
なんて言われていきなり戦闘が始まったのだ。
ハオリの嵌めた両手の手袋から糸が何本、何十本、何百本、何千本と伸び、揺らめきながら獣の形を形成し、それどころか獣の動きまでそっくり模倣して襲い掛かってきた。
「本物の魔獣だと思って下さい」
言われるまでもなく、そうとしか思えない動きと威圧感。
そもそも魔獣戦闘自体の経験がフラトはほぼ皆無と言っていい。
山の中では巨猪が暴れ回ったおかげでほぼ魔獣との遭遇なんてものはなかったし、不意を衝いたような形で狩った猪樫は流石に経験には入れられないだろう。山を降りてからノハナの町までの道程も回避に徹していたし。
ノハナの町から王都までは全てエンカが対応してくれた。
そんなものだから、その対魔獣線想定なる模擬戦に結構な時間を掛けてしまった。
一応最後は制圧できたが、減点はあっただろう。
「エリオリさんの魔術、凄いよねーあれ」
「最初、凄い綺麗で見惚れそうになった。あれは、ある種、芸術と言ってもいいぐらいだよな」
「わかるー。実際の魔獣よりも綺麗だもんね」
楽しそうにエンカは言う。
「あれ、実戦だとあの糸で創造した魔獣が一瞬で別の魔獣に変わったりして、攻撃パターンがころころ変わるからね、あれは多分、滅茶苦茶戦いにくいよ」
なんてことを言いながらもきらきら目を輝かせるエンカはきっと、戦ってみたい、などと割と本気で考えていたりするのだろう。
「僕が試験やらされたあの地下で、模擬戦みたいなのしてもらえたりしないのか?」
「んー、一応当人同士が了承すればそういうこともできるみたいだけど、なにせエリオリさんはかなり忙しいみたいだからねー。頼んでも、私じゃあ勝負になりませんよ、なんて言われて相手にしてもらえないし」
試しに訊いてみただけなのに、既にエンカは行動に移していたらしい。
まあ確かに、隣に並ぶ少女が遠慮している姿はあまり上手く想像できない。
「エリオリさんの魔術は兎に角繊細でさ、魔力をあれだけ大量に、糸状にするのは魔術による補助があるって話だけど、そこからあんなにはっきりと魔獣を形成したり、魔獣そっくりの動きをさせたりするのはエリオリさん個人の技術らしいからね。あんな繊細なことを戦闘中、しかも自身も動いて戦闘行動をしながらやるんだから、集中力も魔力操作も、それから保有してる魔力量だってとんでもない筈なんだよ」
「こんなでかい街で試験官をやってるくらいだもんなあ。とんでもない実力なのは推して知るべしか」
そもそも、試験官という肩書にも拘わらず、最初からエンカを伴ったあの個室での話し合いに支部長と同席していたのは、何も『フラトに試験が必要だから』という理由だけではあるまい。
何かあった際、支部長ヨウミが信頼できるだけの実力を有しているということでもあったのだろう。
「お、見えてきたね」
何度目かの坂道を登った先――エンカの視線の先には、一つの宿屋があった。
「ここ、ここ」
目の前で立ち止まり、エンカが言う。
「おお…………ん? あ、おー?」
「何その反応に困った末に絞り出したような声」
「いや、トバクって組合ではかなり強くて、実際華の位は数が少ない序列って聞いたし、ってことは組合での仕事もかなり高額な報酬になってるだろうなって思ってて、僕の分だってぽんぽん出すし、だから泊まってる宿ってあからさまに豪華なところを予想してたもんだからさ」
「妙に腹立つ想像してたね」
「すまんすまん」
「あからさまに豪華なのは普通に嫌だけど」
「そうなの?」
「すごい面白い宿ってなら豪華なところにも泊まってみたいかもしれないけど、ただ豪華ってだけなら興味は惹かれないかなー。見た目に豪華でも快適さがそれに釣り合ってるとは限らないし、見た目だけ取り繕ってるところなんて落ち着かないでしょ、絶対」
「まあ、そうかも?」
折角豪華に金を掛けるなら、それに見合う快適さを提供して、常連になってもらわないと上手く経営が回らないのではないだろうか、なんてフラトは思ってしまったのだが、素人考えなのかもしれない。
世の中、色々考えがあったり、事情があったりするのだろう。
「どうせお金を使うならそれこそ美味しいご飯とか、温泉とか、そういうところに使った方がよっぽど身体と精神の為になるし、わかりやすい豪華さなんていらんいらん」
「温泉かあ」
「ああ、そういえば知らないんだっけ」
「師匠からそういうのがあるって話は聞いたことあるし、本とかでも読んで知ってはいるけど、行ったことはないなあ」
「家の中で入るお風呂とはまた違って雰囲気もあるし、実際に身体の調子がよくなったような気にもなるし、何より効能とかそんなのは二の次で気持ちいいから。機会があったら行きたいね」
「それは是非とも」
行きたいなあ、と思いつつ、どうしても懐の寂しさが気になるフラトだった。
どうしたって――ああしたいこうしたい、には金銭がまとわりつく。
どうにかして、せめて、自分の分は自分でどうにかできる程度には稼げるようにならないとなあ、ともう何度目かわからないくらいに思う。
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