第八話

 組合王都支部、応接室内。

 エンカ達が出て行き、ヨウミ一人となった室内に、お盆を持ったハオリが現れた。

 ハオリはそのままお盆の上に乗った新しいカップを二つ、テーブルに置き、中身が綺麗に飲み干された四つのカップをお盆の上に移して、再び扉の方へ戻り、

「じゃあこれ、お願いしますね」

 と廊下に待機していた女性に渡してから戻ってきた。

 ヨウミの隣、ではなく、対面――エンカとフラトが腰掛けていたソファへ。

「ありがとう」

 お礼を言いながらヨウミが新しく置かれたカップに口を付け、

「いえ」

 短く返してハオリもカップに口を付けた。

 互いに一口だけ飲み、静かにカップをテーブルに戻したところで、ヨウミが口火切った。

「それで、実際のところどうだった?」

「どうだった、とは?」

「あのホウツキ君って少年だよ」

「どうもなにも、私は普通に、組合に入りたいという他の希望者の方と同じように、通常通りに試験を行っただけですよ」

「これまで色々な奴から部隊に誘われ、それこそ同じ華の位から誘われても、そのことごとくを拒否して突っぱねてきたあのトバク君が連れてきたんだぜ? そりゃあ思うところもあるさ」

「まあ、あの子が組合に所属している理由自体変わってますしね。遺跡に興味を持つ人は少なくありませんが、そのほとんどは中にある希少な魔具や道具、武器、年代物の貴重な資料とか珍しい鉱石なんかを目当てにしていて、その攻略難度の高さを目当てにってのは私の知る限りじゃあ、あの子くらいのものです」

「まあなあ、多分中にあるものを目当てにしている場合、一つや二つでもそれらを手に入れられれば最後まで攻略せずに帰還するっていう選択肢も出てくるわけだが、トバク君はそういうのを嫌ってるだろうしな」

「これまで部隊を作らず、誘いすらも断ってきたのは、そういう理由だからでしょうしね。そういう意味では、そんなトバクさんに気に入られたホウツキさんも『普通』とは考えない方がいいのでしょうね」

「だな。このタイミングで部隊を組んだってことは、恐らく遺跡だって一緒に行くんだろうが、果たして戦力になるのか……………………ってことで、結局どうだったんだよ、あの少年は」

「いえだから…………基準は普通に満たしていたので組合に入れて問題ないと判断したのですが、何か不服でも?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。何か特別気になった事とかなかったかなあって思ってさ」

「気になった事ですか…………んー、そうですね、強いて言えば魔獣戦闘には慣れていないような印象でしたね。普通組合に入るなら、遭遇率の高い魔獣の戦闘パターンみたいなものは頭に入れてる方が多いですが、そういうのも知らないようで」

「え? よくそれで合格にしたね」

「まあ、戦闘中の適応力がずば抜けていたというか、動きを見るのが上手くてすぐ順応してきましたからね。目がいいんでしょう。そういう意味では、保有する能力、行動パターン、攻撃方法や特性などがわからない魔獣に不意に遭遇した際も、戦うにしろ逃げるにしろ上手く対応出来る可能性があるので、どちらかと言えば、私としては好印象だったので」

「へえ。君が好印象とは珍しい」

「あくまで戦い方が上手い、ということです。下手に知識だけ付けて来ていても、実際に身体が動かない、あるいは動き方はわかるのに身体がついていかない、なんて人もざらですから…………というかそういう人の割合の方が多いですから」

「そりゃあこれから組合に入ろうって新人なんだから未熟なのは当たり前さ」

「ええ、ええ。それは私も重々承知しておりますよ。だから、合否の判断もそれを込みで、今後の伸び代というか、潜在的なポテンシャルに重きを置くようにしているんですが、久し振りにそういうの抜きで、面白い人材だな、と」

「ふむ。君がそこまで言うなら、俺も見学させてもらえば良かったな…………。んで、次は?」

「はい。模擬的な魔獣戦闘から、山賊や盗賊など無法者の相手を想定した対人戦に切り替えたのですが、その途端雰囲気が変わったと言いますか、それこそかなり動きが良くなりましたね。明らかに、人との戦闘は慣れている雰囲気でした」

「手加減は?」

「組合に入る為の試験――という範囲内ではしてませんよ。他の人と一緒です」

「ふーん」

「何ですか、さっきから。矢張り何か不服な点が?」

 いい加減、ヨウミの言及の意図というか意味がわからず、ハオリは焦れたように、苛立ったように言った。

「不服と言うか、単純な疑問なんだが…………寧ろここまで話していて君は不思議に思わないのか?」

「何がですか?」

「いやね――彼、魔力がないって言ってたんだぜ?」

「あ」

 とハオリが小さく口を開けて固まった。

「組合の試験は魔術を使うのは勿論許可しているし、なんならその使用を前提として強さを計るようにしているはずだったよな」

「そう…………ですね」

「その上で、通常の試験範囲で手加減はなく、気遣いもなく、彼は順当にその条件を満たす強さを見せた、と」

「…………はい」

 何が何やら、とヨウミが溜息を吐き出す。

 その隣では、今一度試験の際のフラトを思い出そうと、ハオリが難しい顔をしていた。

「因みに彼の戦闘スタイルは?」

「無手でした」

「近接格闘か」

「はい。だから、身体強化系の魔術を好む方なのかなと思っていたんです。トバクさんの連れてきた方ですし、尚更それで勝手に自分の中で納得してしまっていましたが、そうですね…………確かに魔力がないのに、どうして」

「蜘蛛は?」

「え?」

「彼の頭の上にいた特殊個体っぽい撚蜘蛛は何かした?」

「あ、いえ…………」

 ぶんぶんとハオリは首を横に振る。

「何も、していません。ただそこにいただけで、特に何かをしているようには見えませんでした」

「ふうむ…………」

 弱ったね、とヨウミが困ったように後頭部を掻き、苦笑いを見せた。



 建物の外。

 再び裏口から出て、エンカが柵を開け、フラトが呻きながら全力で柵を戻したところ。

 やはり阿保ほどに重たい柵だった。

「ねえ」

 とそんなフラトの様子を見ていたエンカから声が掛かり、

「…………、何?」

 フラトは少し乱れた呼吸を戻しながら、エンカの方を見た。

「這入るときもそうだったけど、気、使わないの?」

「いや、これでも使ってるんだけどね」

 苦笑いのような、曖昧な表情がフラトの顔に浮かんだ。

「改めて言うけどさ、僕が言う『気』って、身体を動かすときの力の流れを無駄なく伝える身体操作と呼吸法を併せたもので、瞬発力や緩急は付けやすいんだけど、自分があまり動かずに一定の出力を出し続けるのは苦手なんだよ」

「もうちょっとわかりやすく」

「ええっと…………つまり、こう、パンチを打ち出すのは『気』を利用して強く打ち出せる」

 言いながらフラトが軽く拳を突き出す動きをする。

「この動きには、簡単に言うと、腕を打ち出す際の捻り――回転の力を徐々に伝えていく過程があるから『気』が使えるけど、単純に重たいものを持ち続けるような自分の身体が『静止』に近い状態にあると、ほとんど気が機能しないから、そういうときはもう自分の筋肉と体力が頼みの綱になるって感じかな」

「ふうん。でもさ、ホウツキ言ってたじゃん、自分が勝手に呼んでる『気』ってのは、もしかしたら魔力が変質しちゃったものかもしれないって」

 認識による変質。

 幼少の頃より十年もあれば、そういうことは起こり得るのではないか。

「んで実際、山で私の手を握ってその気ってのを送ってもらったとき、私は確かに自分の中に入って来る『何かしら』を感じたんだから、魔力から変質しちゃったであろう純粋な力はホウツキの中にあるでしょ?」

「それは…………まあ、確かにそうだな」

 うーん、と中空を見ながらフラトは思案する。

「そうなると、呼吸法のイメージにその『何かしらの純粋な力』が付随してるってことにはなるんだろうな」

「私に気を送ってくれたときも、ホウツキ自身は動いてなかったもんね」

「うぅむ、それはそうなんだけど、でも、なんていうか…………持ち上げたり、押したりってするときの力に変換されるイメージが出来ないんだよなあ。それやろうとすると、自然にできてた呼吸の方が乱れるっていうか、意識が逸れるっていうか」

「これまでの認識が狂うみたいな?」

「かなあ。そもそも、僕は自分の中に不思議な力なんてものがあるとは思ってなかったからなあ。『如何に自分の身体を上手く動かすか』しか考えてなかったよ。ま、僕はこれでいいと思ってるし、認識や在り方を今更変えようとは思わないかな」

「そう?」

「折角十年間、師匠の下でそういう風に鍛えてもらったし、師匠に押し付けられるように身に着けたものばかりじゃない。どちらかと言えば僕がぼろぼろになりながら、必死に考えて、盗んで、試行錯誤して身に着けていったものだから、この在り方に愛着もあるし、誇りみたいなものもあるからさ」

「そう言われちゃ、私からは何も言えないね」

「それに、これからはトバクと行動するんだし、僕ができないことはトバクにお願いすることにするよ」

「確かに二人して同じ事しててもつまんないか」

 流石『面白い』に拘る少女である。

 それで納得してしまう。

 有用か有用でないか、なんなら、意味が有るか無いかすら二の次なのだろう。

「さて、それじゃあ――一旦ここから別行動かな」

 エンカが切り替えるように言う。

「ホウツキはこのまま建物沿いに回り込んで組合の正面玄関から改めて這入って、組合員証の発行ね」

「了解」

「私はその間にちょっとした日用品やら消耗品の買い出しを済ませてからお昼ご飯食べに行くから、そこで合流ってことで」

「それはいいけど、お店の場所、僕わからないぞ?」

「組合員証発行の手続きが終わったら、そのまま受付の人に『王都で一番シチューの美味しいお店』の場所を訊けば教えてくれるからそこに来て」

「一番シチューの美味しい店な。わかった」

 復唱してフラトは頷く。

「そんじゃまたー」

「後でー」

 片手を上げながらとっとと去っていくエンカを見送ってからフラトも歩き出した。

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