第六話

 エンカとヨウミの二人が残された応接室。

 フラトとハオリが出て行ってすぐ、まるでタイミングでも見計らったように扉がノックされ、先ほどエンカ達を案内した女性がお盆を手に現れた。

「お茶です…………あら」

 お盆の上にはカップが四つ。

 見計らったようなタイミングだっただけで、偶然だったらしい。

 取り敢えず、と女性が二人の前、ガラスのテーブルの上にカップを置いた。

「折角淹れてくれたのだし、その二つも置いていってくれると嬉しいんだけど、いいかな」

「かしこまりました」

 ヨウミの言葉を受けて女性が更に一つずつカップを置いてから、扉前で一礼して部屋を出て行った。

 ヨウミと女性がやりとりをしている間にも、エンカは早速カップに口を付けて、ちょうどいい温かさのお茶で喉を潤していた。

 遅れてヨウミも一口、カップのお茶を飲んでから、

「さて、トバク君――」

 と切り出した。

「君が『組合に入れたい人がいる』なんて言うからそっちに気を取られたが、そもそも俺達が訊きたいことは別だ」

「何?」

「遺跡を発見した報告をしたそうだが、確かか?」

「さあ。多分、きっと、もしかしたら、って感じかな」

「…………どうせこれから準備して攻略しに行くんだろ?」

「そりゃあ行くけど、遺跡かどうかは這入ってみないとわかんないでしょ」

「まあなあ。でも、確信に足る何かを見つけたから、攻略の為の人員として彼を連れて来たんじゃないのかい?」

「観光地でもあるまいし、入口に『遺跡』なんて看板を掲げてるわけでもないんだから、ほんとにまだわかんないよ。それに、ホウツキは別に遺跡攻略の為に引き入れた人員ってわけじゃないから」

「そうなのか?」

「そもそも私、遺跡は一人で挑むつもりでいたし」

「まあ……………………な。どれだけ俺や他の職員が、遺跡に挑むならちゃんとそれ相応の部隊を組んでくれ、って説得しても君は自分の意思を曲げなかったからな。頑なに一人に拘ってるようだったし」

「別に一人に拘ってたわけじゃないけどね。ただ一緒の部隊になりたい人がいなかっただけで」

「俺から見て純粋な強さ、或いは魔術的な相性とか立ち位置から見た連携の取りやすさとかで、肩を並べられそうな組合員も君と組みたいと希望を出してたのに、悉く断ってたからね。でもだからこそ、ここにきていきなり、組合に入れたい、自分の部隊を作ってそこに入れたい人間がいる、なんて言ってきたから、俺達は驚いてるんだよ。何かあったのかい?」

「いや、別にそんな何か特別な事があったわけじゃないよ、本当に。ただ、出遭ったってだけ」

「ホウツキ君に?」

「そ」

「運命って奴かい?」

「縁って奴」

「そんなロマンに溢れたようなことを言う子だったっけ、君って」

「遺跡なんて、そのロマンの塊みたいな場所じゃん」

「確かに」

「あ、そう言えば」

「ん?」

「出遭ったって言えば――何か、みたいなのがいたよ」

「は? 主って何?」

「サワスクナ山の主――みたいなの」

 困惑するヨウミに、エンカは山で出遭った巨猪のことを伝えた。

 火を吐く――巨大な猪。

「……………………はぁー」

 ヨウミの口から長く重苦しい溜息がこぼれた。

「あの山の近くには貴重な食材を確保できるノハナの町があるから、その近郊、山の麓にも組合から定期的に降りてきそうな魔獣の探索、追い払い、最終的には排除の為の巡回を出しているが、これまでそんなのを見掛けたなんて話、聞いたことないぞ」

「そりゃあね。知ってて、あの山に行く私にそのこと黙ってたんだとしたら、それこそどうかと思うし」

「そんな怖いことしねえよ…………」

 ヨウミは苦い顔でぼやいた。

「でもトバク君、君わかってても行ったでしょ」

「そりゃあね。私が組合にいるのは『遺跡』だけが目的みたいなもんだし」

「…………ずっとそう言ってるもんな君は。しかし、君の純粋な攻撃力って、この王都の組合の中でもトップクラスのはずなんだけど、その攻撃ですらも傷一つ付けられなかったって…………笑えないな、それ」

「無傷なの見たとき私はちょっと笑っちゃったけどね」

 傷付けられなかったとか、火を吐いたとか、そういう以前に――対峙した際の威圧感が異常だった。

 ただでかいだけの魔獣というわけではなかった。

 格が違った。次元が違った。存在のレベルが違った。

 これは敵わない。多分、ここで死ぬ――直感的に無理矢理そう理解させられながらも、攻撃を繰り出せたのは奇跡みたいなものだったと思う。

 いや――どうだろう。

 これまで死に物狂いで修行してきた分厚い積み重ねの成果だったなら、嬉しいが。

「特殊個体とも違う何か――特殊個体の更に先、進化個体みたいなものなんだろうか」

「進化個体、ね。それ、噂にしか聞いたことないけど、本当にいるの?」

 神獣だの幻獣だのと呼ぶ人もいる。

 多くは、幻想だ、妄想だと一蹴される。

 まともな目撃情報もない。

 化物、妖怪、怪異、お化け、怪物――そんなものと大差ないと嗤われる。

「さあ」

 ヨウミも肩を竦めた。

「俺らのところにも具体的な情報は入って来てない。噂程度だ。怪談とか都市伝説みたいな類の可能性が高いだろうよ。ただ、特殊個体なんてものがいたり、それこそノハナの町からの輸入品のように、魔素が生物に与える影響が未知数なのもまた確かで、それ故に『可能性』として、もしかしたら、そんなことだってあるかもしれない、と俺は思うが」

「ふうん」

「トバク君の見たそれが幻覚とかの類でないのなら、少し信憑性が増すような気もするけど……………………んー」

 大発見と言えば大発見なのだろうが、ヨウミの声は重い。

 吉報ではないどころか、悲報ですらある。

「取り敢えずノハナの町周辺に対してこちらから派遣する警備を一時的に強化するのと、周辺、サワスクナ山の麓の調査隊も組んで派遣しないとなあ…………これまで見なかったのにいきなりそんなものが現れた事、一度現れてすぐに姿を消した事…………何か理由があるのかねえ?」

 などと、ぶつぶつ言いながらヨウミの眉間の皺は段々深くなっていった。

「で、トバク君や」

「何?」

「何、じゃなくて君ねえ、そんなもんがいるかもしれない山にまた這入っていこうとしてるわけ?」

「そりゃそうだけど」

「当たり前じゃん、みたいな顔で言うけどさあ」

「多分、大丈夫だと思うけど」

「何を根拠に?」

「私が見つけたものが仮に遺跡だったとして、そこの守護獣、みたいな立ち位置ではなかったっぽいからさ。その建造物の近くで少し調査をしたりもしたけど、近寄ってくる気配はなかったし」

「まあ君が生きてここにいるんだからそうなんだろうけど…………っていうか今更だけど、トバク君、君、何でそんなのに遭遇して、攻撃まで仕掛けておいて無事にぴんぴんして生きてるの?」

「ふふふ、貴様活きが良いな。未だ虫に違いないが、しかし見込みはある。次会うときは楽しめそうだ――って言われた」

「嘘吐けよ」

 まるで騙す気が微塵も感じられない棒読みでそんなことを言われて、騙される人間なんていないだろう。

 つまり――答える気はない、ということくらいヨウミも察するので、

「まあ、言いたくないならいいけどさ」

 しつこく言及することなく引いた。

「多分、あんなのがいるとわかってれば、予め警戒できるなら、避けて進むくらいは出来ると思う」

 急な接近を許さず、倒すことを考えなければどうにかできそうだと、エンカは言う。

「こちらとしてはそんな曖昧で、不確定要素盛りだくさんの場所に君みたいな、組合として優秀な人材を送り込みたくはないんだけどなあ」

「それは聞けないね」

「だよなあ」

「確実な生存も、保証された報酬も、面白くないでしょ。そもそも遺跡に挑戦する為に私は組合に所属しているんだし」

「その歳で生き方が苛烈過ぎだよ」

「一度しかない命なんだから、苛烈で鮮烈くらいが丁度いいじゃん」

「俺にはわからないね。全く、遺跡の何がそんなにいいんだか」

「命を懸けなきゃ攻略不可能な難易度に未知にして希少な魔具、武具、その他もろもろ、命を懸けるにふさわしい報酬。そんなものがあるなら、挑まないわけにはいかないでしょ」

「そこまで過激に生きなくても、世界を観光するだけでも十分に楽しいし、刺激があると思うけど」

「まあね、それは私も思うけど」

「だったら――」

「でも人生は一度きりだから。たった一度しかない人生だから。自分がどこまでできるのか、どこまで行けるのか、目指さない手はないでしょ。そう思っちゃったら、そうしないことへの後悔をずっと引きずることになる。そんなの――つまらないじゃん」

「君のそれはもう狂気だよ」

 そして病気だ、とヨウミは言い、

「狂ってるくらいが面白い」

 お決まりの文句のようにエンカは返した。

「ま、理解は求めてないけど。そっちに理解しておいてほしいのは、私の目的を妨害するなら目の前の障害は命懸けで排除するし、組合も抜けるってこと」

「はいはい、降参降参」

 ヨウミは両手を上げて、お手上げのポーズを一度取ってから、

「そんじゃ、これはい」

 下げた手で、傍らにずっと置いていた用紙をテーブルの上に置いて、エンカの前にスライドさせた。

「何これ」

「何これじゃないよ。ホウツキ君を入れて部隊作るんだろ。組合に部隊を登録するための用紙。別に難しいことなんて何もないからちゃちゃっと書いちゃって」

「ふうん。珍しく気が利く」

「余計なこと言わずに書け」

 はいはい、とエンカがペンを取って用紙にさらさらと書き込んでいく。

 そんな様子を見ながら、ヨウミがぼそりと言葉を掛ける。

「死なずに帰ってきなさいよ」

「元より、死ぬつもりなんかない」



 エンカの書類記入も終わり、用紙をヨウミに戻してしばらく。

 ソファに背中を預け、二人が二杯目のお茶を飲んでいるとき、こんこん、と扉がノックされた。

「どうぞ」

 ヨウミが言うと、扉を開けてハオリが戻り、その後ろにはフラトの姿もあった。

「滞りなく終わったか?」

「ええ」

 ハオリが短く答えながらヨウミの隣に腰を下ろし、フラトもエンカの隣に座り直した。

「それで、結果は?」

「合格ラインかと」

「そうか。エリオリ君がそう言うなら試験は合格。しかしその口振りだと序列は概の位かな?」

「ですね。まあトバクさんと組むということですし、何より彼女が望んでいるので、それで問題はないかと」

「ふむ。それもそうだな」

「やった」

 一連の流れを聞いていたフラトが、短く喜びの声を上げた。

「ま、ホウツキなら余裕でしょ」

「何でトバクが自信満々なんだよ」

 ほんと何でだ。

 これまでまともな戦闘を見たわけでもなかろうに。

 どこにその自身の根拠があるのかフラトにはさっぱりわからなかった。

「それじゃあホウツキ君、この後下の受付に行ってもらって組合員証の発行が必要だから。それを忘れないようにね」

「はい」

 素直に頷く。

「それと、最後にここに名前書いておいてもらえるかな」

「?」

 なんのことやらと、ヨウミが差し出してきた用紙に視線を落とすと――『部隊申請用紙』と書いてあった。

 成程、と納得しつつ既に書いてあったエンカの名前の下に、自分の名前を書いてヨウミに返す。

「これって名前を書くだけでいいんですか?」

「ああ、それだけで大丈夫。部隊なんてのは正直、組合を通さなくても作ろうと思えば作れちゃうものだし、申請してくれればこちらとしては助かる、くらいのものだからね」

「へえ」

 まあ確かにそれもそうか、と納得する。

「ま、こんなものかな」

「それじゃあ――」

 あらかた必要な手続きが終了したことをヨウミがこぼすと、我先にと立ち上がろうとするエンカの隣でフラトが、

「あのー」

 手を上げた。

「あら、何か質問ですか?」

 それに反応してくれたのはハオリだった。

「はい、ちょっとお訊きしたいことが…………というか、話しておきたいことがありまして」

「何でしょう?」

 小さく首を傾げるハオリに、フラトは言った。

 さらっと、しかし、絶対に聞き捨てならないだろう事を。

「あの、僕、魔力ないんですけど、それでも大丈夫ですかね」

 と。

「…………」

「はい?」

「は?」

 エンカは、言っちゃった、とでも思っているのだろう。表情を歪めて、右手をおでこに当てながら大きな溜息を吐き出していた。

 ヨウミとハオリは、何言ってんだこいつ、とばかりに小さく訊き返してきた。

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