第十話

 魔術と魔法がどう違うのか、そもそもそこに区別があるのかフラトは知らない。

 もしかしたら師匠に拾われる前のフラトはそんな光景を当たり前に見ていたのかもしれないが、忘れてしまっている今となっては新鮮な感動があった。

 因みに、その魔術を見ても爪痕のときのように何かを思い出すことはなかった。

「それ、かなり便利ですよね」

 何の道具もなく火がおこせるなんて、山に放り込まれたときは重宝するだろう。

 なんとはなしにフラトも地面に落ちている枝を拾って同じように手を翳して、気を送ってみるがなんにもならなかった。

「…………やっぱ駄目か」

 というか、まあ、駄目で当然ではある。

 自分が使っている力に関しての実験や研究は思いつく限り色々とやり尽くしている。

 フラトの言う

 そのことから、ある種の『生命力』に近いものなんじゃないかと認識している。

 血が止まったり傷が塞がるのが少し早まったり、痛みが和らいだりする事も、そう考えるとなんとなく辻褄が合うような気がしていた。

「ま、だろうね。私だって何の媒介もなしに火をおこしたりはできないしさ」

「媒介?」

「これ」

 とエンカが、鈍い光を放つ銀色の指輪が嵌められた左手人差し指を見せてきた。

 目の前でその指輪を外し、フラトへ差し出してくる。

「それの裏側見てみて」

「んー…………何だこれ。なんか、記号?」

「そ。魔力に反応するそういった記号があってね、それを円の中で複数組み合わせることで魔術陣とし、意味を持たせるんだよ。そんでそこに魔力を通すと、魔術陣の持つ意味通りの現象が発現する。それを魔術って呼んでる」

 説明してくれながらエンカは地面に拾った小石でその魔術陣というものを実際に描いて見せてくれた。

 描いた魔術陣の中心に落ち葉を置き、指先を魔術陣に触れさせると、魔術陣が淡く発光して落ち葉に火が付き、燃えた。

「その指輪の裏に描かれたものをここに描き写しただけだけどね」

「いや、でも、この指輪の裏にはその記号のようなものしか掘られていないんですけど」

「その指輪自体が記号を囲む『円』の役割を果たしてるんだよ」

「あー成程。そういうことですか。そういう応用みたいなものもありなんですね」

 寧ろその閃きにすぐに至らなかったのがちょっと悔しかった。

「魔術陣を使っての魔術発動はこの地域の特徴かな」

「他にも発動方法があるんですか?」

「あるみたいだね。私は話でしか聞いたことないから知らないけど、長方形の紙に記号っていうより文字っぽいものを書いて陣とするようなのもあるって聞いたし、多分地域が離れればそこの地域の特色みたいな感じで色々あるのかもね。興味があったらこれから先、自分の目で確かめてみるといいんじゃない?」

「確かに。今ここで聞いちゃうのは勿体ないですね」

 折角これから旅をするのだから。

「それ、ちょっと使ってみる?」

「あ、やってみたいです」

 早速指輪をエンカが着けていたみたいに人差し指に――は入らなかったので小指に嵌めて気を流してはみたが。

 まあ失敗だった。

 失敗というか、そもそも気が流し込めないのでそれ以前の問題だ。

「そもそも僕が『気』とか言ってるのは無機物に流せた試しがないですからね…………これ、ありがとうございました」

 しょうがない、と諦めて指輪をエンカに返す。

 もし自分にも魔術が使えるならこれからの旅、楽になる部分もかなりあるんじゃないかと期待もしたのだが、そうそう上手くはいかないらしい。

「こういう指輪とか、魔力をこめて魔術を発動させるための道具は魔具って呼ばれてる」

 返された指輪を自分の指に嵌め直しながらエンカが言う。

「そういうのって売ってるんですか?」

「ある程度の規模の街に行けば魔具を売ってる専門店があるよ」

「高いですか?」

「ぴんきりかなあ。どういった魔術をどれくらいの出力で発動させたいのか。求める現象に沿って魔術陣の作成をまず誰かに依頼するのか。それとも魔術陣自体は自分で作成して、求める装飾品にその魔術陣の刻印のみを依頼するのか。装飾品一つとっても、どれだけの純度で魔鉱石が含まれているのか。魔鉱石を自分で用意できるのか、等々――値段を変動させる要素はかなりあるから、一概には言えないかなー」

「うへえ…………でもまあ、物を作って売る、あるいは買うってそういうことですもんねえ」

 コストによって価格は変動する。

 コストはそれに使われる素材だったり、加工に必要な技術費、その技術を使う人件費などなど、関わる項目が増えれば価格が上がっていくのは当たり前のこと。

「因みにその魔鉱石っていうのは?」

「魔力を内に溜めることが出来る性質を持つ鉱石のこと。じゃなきゃ折角刻んだ魔術陣に魔力流せないでしょ」

「いや、でも今トバクさん地面に直接描いて発動してましたよね」

「まあ、強引にやれば、ね」

「強引に?」

「正確に言えば、魔力が流せないんじゃなくて、魔力伝導効率が滅茶苦茶悪い、だね。さっき私はあの落ち葉一枚を燃やすのにかなりの量の魔力を使ったんだけど、この魔具があればその内の十分の一以下の魔力で火を現象として発現することができるんだよ。それだけ効率が悪いってのは、結局、実用に耐えないのと同義でしょ?」

「確かに」

「更に加えて、伝導効率が悪いっていうことは流れる魔力にムラがあるってことで、出力が不安定になるからね」

 そうなると最悪、魔力を流しても不発という事態に陥る可能性もある、とエンカ。

「だから魔鉱石としての純度が高ければ高いほど効率はよくなるし、強力な魔術にも耐えられるようになる」

「純度の低い魔鉱石を使って強力な魔術を行使しようとすると――」

「そもそも発動しないか、魔具そのものが耐えられなくて壊れるか、かな」

「壊れちゃうんですか…………」

「安くない金を払って買った魔具が、大して使ってもいないのに魔力操作のミスで壊れたときの絶望と言ったら…………」

 多分、過去にそういう経験があるのだろう。

 エンカの表情が絶望を生々しく表現していた。

「だから、ある程度生産が確保されてて、そこそこのお金を出せば誰でも買えるような魔具は魔鉱石の含有量が少ないから、使える魔術は生活用に役立つレベルのものくらいかな」

 ただ、とエンカは付け加えて言う。

「ただ――その程度の魔術であれば、わざわざお金を払って魔具を買い、魔力を消費して発現させなくても電気だったりなんだり、そっちのエネルギーを利用して誰でも簡単にスイッチ一つで作動させられる電化製品があるからね、それこそ旅に出る人くらいしか買わないかな」

「生活にもいちいち魔術を発動させてたら疲れて仕方ない、と?」

「そゆことー。まあ逆に言えば、そういう便利なことを、体内にある魔力の消費だけでこなせるわけだから、旅では必需品になってくるわけだけど、如何せんこういう大量生産品は耐久値が低いから加減が難しくてねえ」

 今さっき嵌め直した、火を発現する魔具の指輪を見下ろしながら言う。

「加減っていうのは、魔力のってことですよね?」

「そうそう。本当は最初からこれくらいの、この串の先端に灯ってるくらいの火を生みだせれば、火を起こすのなんてそれで十分なわけでしょ?」

「ですね」

「でも私はそういう加減が苦手だから、ついつい無駄にでかい火を出しちゃうんだよねー。よっぽど純度の高い魔鉱石を使ってるなら兎も角、こういう市販品は基本的に消耗品だからね、適正魔力量で加減が出来る人と出来ない人じゃあ同じ魔具を使ってても壊れるまでの時間が違うんよ」

「魔力の調節ってやっぱり大変なんですか?」

「大変っていうか繊細っていうか…………いやまあ大変だね。こう、なんていうかここら辺に魔力が溜まってる感じなんだけどさ――」

 言いながらエンカが自分の胸のあたりを指差す。

「ここから必要な分を必要なところに流すイメージなんだけど、流す際にこう漠然と流しやすい経路って言うか、回路みたいなものがあって、まずそれを感覚的に覚えるのがむずい」

「へえ」

「こう魔力を通しやすい管が身体の中にある感じかな」

「管、ですか」

 そういう感覚――体内に通る経路や回路という概念がフラトにはない。

 フラトの言う『気』は謂わば身体操作の延長線上に呼吸法を加えたようなものだから、身体全体、隅々まで意識を張り巡らせている。

「それを見つけられるまではなかなか上手く魔力が身体の中で動かせなくて、下手すると暴発したりするから危ないっちゃ危ないし」

「暴発したりするとどうなるんですか?」

「皮膚が破れたり、筋線維が切れたりして筋肉痛のちょっと酷い版になったりとかかなぁー。普段やらないような大きな魔力をいっぺんに動かそうとしたりすると、もうちょい酷い怪我を負うことになるけど」

「神経とか内臓系を負傷する可能性もあると?」

「そゆこと。よっぽど無理に大きな魔術を発動させようとしなきゃそうそうそこまでの事は起こらないはずだけどね」

「便利に見えたけど、魔術の使用っていうのもなかなか難しそうですね」

「一朝一夕ってわけにはいかないよね。ホウツキが訓練を重ねることでその『気』ってのを使えるようになったのと同じように、魔力操作、魔術発動にも相応の訓練が必要なんだよ」

「成程……………………ふむ」

「どした?」

 不意に自分の顎に手を当てて何か考え込むような仕草を見せたフラトにエンカが首を傾げる。

「いや、もしかしたら――って可能性もあるかなと、思いまして」

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