一日一首(令和元年六月)

「継続はちから」と信じ四月余を短歌詠みきたり何ぞ哀しき


ものぐさの「いつもですが」に笑ひをる 古語つかひたくて無理をするなり


急患の処置終へしのちぼんやりと日曜の午後 施設長室に


「効いて呉れ」と念力こめて点滴す。高熱の婆を治させたまへと


熱さがり人形いだき話す婆 授乳の記憶よみがへりゐん


食ぶるさへ忘るるほどの婆(ばば)なれど母性の残影か人形いだく


「平成」の文字を二本線にて消して作る死亡診断書 令和初なり


「逝くものは斯くの如きか昼夜を舎かず」と。孔子の嘆きを令和に復唱す


投影の枠付きフィルム姿消しスライドとふ名のみなほし残るも


パソコンにファイル探せばスライドにて〈昭和〉の大学病院時代まで見ゆ


逝く者は斯くの如しと嘆きつつ令和で初の診断書を置く


十階のベランダ見下ろすプラタナス十本がほどにて夏の街おほふ


診断書に「多系統萎縮症」と書き合掌す「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


心より褒むれば連鎖し世は平和。これぞ「間接的互恵性」なり


電話にて「三百万円」と言はれ上梓せむ夢は儚く砕け散りけり


「無駄だよ」と十七歳(じふしち)のころ厭(いと)ひたる古文の教師の渾名は「ばふん」


夏草に「ラブ・フォーティ!」の声ひびく騎兵旅団の馬場跡にして


工場の‘MORINAGA MILK’とふ文字が夕陽に浮かぶ その裏に騎兵旅団の営門のこる


天を衝(つ)く怒髪なぞなき老いの身は千円カットが相応なるらむ


盛岡に時間はゆつたり流れゆく「春まだ浅く」の調べとともに


レンガ製覆馬場(おほひばば)に響く「ラブ・フォーティ!」かつての騎兵の蹄音いづこ


十一時に検食をして責任もち「メニューも調理も合格」と記す


「高齢者にも食べる楽しみ与えよ」と給食会議で檄とばしたり


〈心地よい施設運営〉を約束し岩手山麓で三度目の夏


「ヒトの脳は七年周期で脱皮する」ほか、黒川伊保子の舌鋒をかし


医師法と同い年生まれの爺医(じじい)われ第一条まもり地域に貢献す


筆順を変へ書きたれば「老衰」の形ととのひ情(こころ)も籠もる


身をたもち生を養ふ要訣を益軒は‘畏’といふ一字に籠めき

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