一日一首(平成三十一年二月)

終の食 いいちこ氷なめる爺 看取る家族の禁酒令とけ


胃ろうの人 終の桃ジュースに微笑めり。味覚嗅覚蘇りしならん


酒無用!  供物もいらぬ遺影には 汝とむきあひ生くるまにこそ


辞書を引き古文の授業おもひしる 無駄だといひし十七のころ


神棚の上の天井に「天」の文字貼りて安心 天の川みゆ


看取りにて時計を見るは医のならひ家族につたふまさに今際(いまは)に


漢方もフットケアに鍼までも熟(こな)して暇なし元産科医われ


ブンブンブ~ン電動ヤスリで菌飛ばせ 爪白癬め消えてなくなれ


「天寿だ」と家族が漏らす枕辺で老医吾はただ「南無阿弥陀仏」


「あんざん!」とはしゃぎて伝へし医学生 そのシーン今も見ゆ元産科医の吾に


吹雪く夜、「老衰」と書かんとして手を止めて筆順あらため再び書くなり


寒夜半、「老衰」の文字に慣れしころ診断書かき終へ床に就かんとす


開運を唱へて渡る冬の朝 愛車で向かふ青き岩手山


歌詠み吾チラシの裏に縦書きす 良き歌どもを忘れざるうち


団塊の一粒として生まれけり母子手帳に見る配給物資よ


JKの使ひし「マジ」は変換不可 打消し助動詞〈マジ〉にあるまじ


お詫びにて「あるまじ」などとは他人事 「すまじ」と言ふべし 国会答弁


人口構成ピラミッド型外れゆがみもある膨らむ団塊世代は高齢化せり


お婆さんの足の巻き爪徐々に矯正成功 合掌された


「おしょし」とふ 老婆のむねはあばらすけ ステトをそつと肌着にあてむ


「養生に貯金なし」とふ寝だめ不可食ひだめも不可 いはんや記憶は


昭和さへ遠くなるらむ三十年ぶり新元号に変はるとなれば


顕微鏡のピント合わせて「見つけたぞ!」退治してやる白癬菌め


ただ一輪 上向きに咲く蝋梅は〈団塊の一粒〉のわれにも似たり


胆石のエコー検査で口に出る産院時代の「順調ですよ」


〈入門〉といえども難き文語体 半世紀前のリベンジや更なり


夕顔瀬 旭 開運 不来方の橋脚あらわ 春はすぐそこ


掲示板の重症者名すべて消ゆ床を払ひて春迎ふべし


盛岡の仮住まひなるマンションはやたらに広し 妻は弘前


『どんぐりと山猫』読めば不気味なる宮沢賢治の世界よみがへる

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