第21話

 その施設は山間にひっそりと建てられているが、それにしては綺麗で整備も行き届いている妙に立派な建物だ。ダン、ダンと、外にまで銃声が響いている。

「すごい良い施設」

「猟師の確保は全国的な課題だからな。竜の討伐だけじゃなく、鹿や猪を含めた野生の害獣駆除はこの国の悩みの種だ。猟師の確保のため、関連施設の拡充にも力が入れられている」

 久悠の入場は自動受付だったが、レクトアは初めての利用だったため紋白端末上での申請が必要だった。二人は安全ベストとイヤーマフをレンタルし、的紙を数枚購入してライフル射撃場へと向かった。

「スキート射撃。ラビット射撃。……なにそれ」

 周囲をキョロキョロしながら、久悠の服の裾を掴んで歩くレクトア。

「クレー射撃の種類だ」と久悠は解説する。「フリスビーのようなクレーを撃ち落とすクレー射撃は競技化されているが、狩猟の基礎練習にもなる。スキートは射撃位置から向かって左右から皿が中空に発射されそれを撃ち落とす、野鳥に見立てた射撃。ラビットはそれが地面を転がるようにして発射される、文字通りウサギを想定した射撃が可能だった。

「特にラビットは鹿や猪、それに小型竜くらいまでの狩猟練習として適している」

「じゃあ久悠くんもやったりするの?」

「いや。おれはライフル一本だ。それに基本的に一発で仕留めることを考えているから、動く的を撃つことは想定していない」

「へー」と、わかったようなわかっていないような返事をするレクトア。

 久悠は真っ直ぐライフル射撃場へと向かい、レクトアもその後に続いた。

「なんかゴルフの練習するところみたいだね」

 レクトアが言う通り、緑色の網で仕切られた射撃エリアが横に並び、遠方に的紙を貼り付ける目標の木の杭が点在している。ビー、ビーと荒い電子音が鳴りはじめ、その間は標的エリアに的紙を交換する人がいるので銃から手を離さなければいけない。割り当てられた射撃エリアに入り、電子音が鳴り終わってから、久悠は台座に銃を固定した。

 これから撃つの? とレクトアが聞くので、久悠は軽く手順を説明する。

 まず、的紙の中央にスコープの十字線レティクルを合わせて三発弾を発射する。そしてそれがどの程度ずれているかを確認し、誤差を修正していく。はじめは五〇メートルからだ。ガンレストで銃を完全に依託し、弾を込め、スコープを確認し、引き金を引く。ダンと弾丸の炸裂音が響き、果ての山で反響する。弾は的紙中央から二時の方向に四点ずれていた。次いで一発、もう一発と発射する。すべての弾が中央から外れていた。スコープを調整し、同じことをまた三発繰り返す。今度は三発ともほぼ中央を貫いていた。

「調整はこのくらいでいいか」

「もう終わったの?」

「調整はな。次は銃や自分の癖を確認する」

 久悠はそう言うと、次は的紙を一〇〇メートルの位置に貼り付けて、同じように銃を完全に固定した状態で十字線を的紙の中央に合わせ、弾を三発発射した。弾はすべて的紙にすら当たらず、その下部を通り過ぎていった。その差から、今度はスコープはいじらないまま十字線を中央から上に六点ずらして銃をセットし、そしてまた三発発射する。すると今度は的を撃ち抜けたものの、中央から四時の方向、六時の方向、一一時の方向と弾痕が散乱した。

「ライフルでもこんなに精度が悪くなっちゃうものなの?」とレクトアが聞く。

「そうだな。弾も試射用だとこんなものだ。ほんのわずかな弾の汚れや火薬の偏り、傷なんかでここまで結果に差が生じる。竜の急所を狙う場合、この誤差は致命的だが、そもそも狩猟でここまで離れた位置から獲物を狙うことは皆無だ」

 久悠はそう答え、さらに三発の射撃を三セット行った。すると弾は全体的に一一時方向に流れる傾向があるとわかった。上に六点ずらしていた十字線の中央を三点下に下げ、加えて右にも二点ずらし、そしてまた何セットか射撃を繰り返す。弾はおおよそ中央を貫くようになっていた。

 ここまでできれば、あとは最後の仕上げだ。銃を台座から持ち上げ、立射で的を撃つ。膝射、座射でも同じように的を撃つ。距離を一五〇メートル、二〇〇メートルと伸ばして、同じように射撃を繰り返す。弾はほぼすべて、的の中央を撃ち抜いていた。

「え、すごい。固定して撃つより命中率いいんだね」

「この銃とは長い付き合いだからな。癖はよく理解している」

「そっか。一途なタイプなんだ」

「出会いがないだけだよ。別の銃を試してみようって気にもならない」

 二人はロビーに戻り、レンタルしていた一式を返却した。レクトアのバイクに乗り、久悠は彼女の腰を抱きしめる。

「じゃあさ、人とのそういうのはどう?」

「あぁ」レクトアのことを意識していないと言えば嘘になる。「どうだろうな」

「試してみたいなら、私は」

「あぁ」久悠の腕に力が入る。「だが、そういう話はもう少し落ち着いてからにしたい」

 水素エンジンが始動し、ブロロとバイクが温かく震えだす。

「リュウやアオのことが今は気がかりなんだ。あいつらの遺伝子が暗号化されて落ち着くまでは、おれはリュウやアオのことに集中していたい」

「あはは。そうなんだ。好き」

「え?」

「なんでもない」

 レクトアがそう言うとバイクが急発進し、二人はやがて日が暮れた頃にシェルターへと到着した。

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