第19話

 一体どういう思考回路でその可能性を口にするに至ったのか。その疑問と共に顔を上げた久悠だったが、気付けばレクトアは、その手に美しい青い鱗を持つセレストウィングドラゴンの幼体を抱きかかえていた。久悠の驚く様子を見て、レクトアはなにかを確信したように微笑んだ。

「この子のこと、紹介するね」そして幼体を久悠に差し出して抱えさせる。「この前、森の中ではじめて久悠くんと会った時にいたセレストウィングドラゴン。あの子、いつの間にかいくつかの卵を産んでいたんだ。翌日早朝、あの子を埋葬している時にそれを発見した。竜が卵を産むことは珍しくないから、あの子と一緒に卵も埋めたんだけど。埋葬が終わって祈っている最中、土の中からこの子が顔を出した」

 他にも孵化した卵があったのか。しかも遺伝子は健全そうだ。久悠の手の中で、セレストウィングドラゴンの幼体はリュウのようにもがいて甘え、黄色い瞳で久悠を見つめている。

「名前は、アオ。シイナ・アオ。前、私があのセレストウィングドラゴンにつけていた名前をそのまま使わせてもらってる」

「あの竜の名はアオと言ったのか」

「そう。……あれ、言ってなかったっけ」

「ギリギリ聞きそびれていた」

 タールスタングのせいだ。

「それよりも、もしその話が本当なら」と、久悠はアオの顎を撫でながら言った。「この竜の遺伝子は」

「うん、やっぱり思うよね。あくまで推測でしかないけど」

 レクトアの言葉に、久悠は首を振った。

「いや、決定的だ。この竜の遺伝子は間違いなく暗号化が解除されている。この竜の存在を知っているのは?」

「この子のお母さんを私と一緒に埋葬したシェルターのスタッフ四人」

「信用できるか?」

 久悠の問いにレクトアは心から不快そうな顔をした。

「自分の人生よりも竜の人生を優先している人たちがここで働いている。世の中を信用していないのはこっちの方」

「気分を害したようで悪かった。ただ、レクトアのその気持ちが組織として一枚岩になっているのか心配してるんだ」

「一枚岩なんて目指してないよ。竜を助けたいって人たちが偶然ここに集まってるってだけ。私はその人たちの力を借りてシェルターを維持している。さっきのが目の前の大金のために竜を犠牲にする人がいるかって質問なのだとしたら、愚問とだけ答えておく」

「十分だ。ありがとう」

「それで、この竜の遺伝子の暗号化が解除されているって言い切る根拠は?」

 レクトアに聞かれて、久悠は紋白端末を起動させる。そして通話を開始して、シェルターの駐車場に停めた車で待機していたマイナとリュウを呼んだ。その頃には紅茶が空になっていたので、レクトアにはマイナの分も紅茶を入れ、リュウには専用ミルクを差し出した。

「この子は?」

「はじめまして。私はマイナ」

 緊張しながらも胸に手を当て、マイナはキリッとした表情でレクトアの目を見つめた。

「マイナのことじゃない。リュウのことだ」

 横に座る久悠が囁き、マイナはボッと顔を赤くした。

「こ、この子はリュウくんって言います。久悠さんが育ての親で、私が――」

「久悠くんの彼女さん?」

「へ? あ、いや、それはないです」

 キッパリと言ったマイナにレクトアは少しだけ沈黙し、久悠に向き直った。なんというか、会話がかみ合わない二人だった。その空気を察した久悠がリュウに関する出来事を簡潔に説明した。それを聞いたレクトアは、素直に喜んでいるようだった。

「よかったねアオ。君にはお兄さんがいたんだ」

「元々リュウの名前は決めていなかった」と久悠が言う。「あんたから生みの親の竜の名前を聞き出して、それをそのまま付ける予定だったんだ。だが、弟に先を越されていたな。というか、そもそもこいつは青くない」

「そうかな? 確かに鱗はバハムートみたいに黒いけど、瞳は本来の鱗みたいに綺麗な青色。まるで宇宙に浮かぶ地球みたい」

「そうですかね。真っ暗な夜に光る雷の色に近いような気がします」

 マイナがリュウを高い高いしながら瞳をのぞき込む。リュウはそれが嬉しかったのか、尻尾と羽と手足をばたつかせた。

「私の予測、当たったね」とレクトアは言った。「わざわざ久悠くんが会いに来てくれた理由をずっと考えてたんだ。もしかしてアオの存在を察したのかとも思って、この子までも駆除しに来たのかもなんてことも考えた。でも中型竜の幼体を飼っているって話でピンときた。久悠くんはあの森で、私が帰った後、あの子の卵を発見したんだろうなって。そのうち一つの卵が孵ったんだから、もう一つくらい孵化してもおかしくないんじゃないかなって。焦った君は家に連れて帰ったかもしれない――でも普通の家庭でセレストウィングドラゴンの幼体を飼うのはかなりハードルが高いこと。そこで、きっと私がシェルターをやってるって話を思い出してくれて、それで助けを求めにきてくれたんだなって思ったよ。だから私は久悠くんに信用してもらうために、先にアオの存在を明かしたんだ」

「まさにその通りですね」

「そうだな。おれはリュウをしばらくここで預かってもらえないか相談したくてあんたに会いに来たんだ」

「しばらくっていつまで?」

「わからない。だが少なくともリュウの遺伝子を暗号化するまでの間はお願いしたい」

「遺伝子を暗号化? 後天的に?」

「おれも詳しいことはわからないが、その方向で動いてくれている人がいる」

「そう……。ちょっと信じがたいけど、久悠くんがその人を頼ってるなら余計なことは言わないでおこうかな。まぁでも事情はわかった。リュウくんを匿うことはできるけど、幼体とはいえ中型竜二匹をACMSの監査から隠して飼育するのは中々の難易度だから、もし失敗しても失望しないでね」

「もちろん。その場合はあんたにも今以上の迷惑をかけてしまうことになる。そうならないようおれにもできることがあれば協力したい」

「ん、言ったね?」

 ニッと笑ったレクトアは手の甲の紋白端末でなんらかの通信を行うと、すぐにシェルタースタッフが事務所に入ってきた。手には二つの紙袋が下げられている。

「じゃ、今日から二人とも、ここのシェルターのスタッフね」

 首を僅かに傾げてみせて、レクトアは二人に微笑みかけた。

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