4. 好きな人

 彼方の友達が何かを言いかけていた。


 優斗はふとそのことを思い出した。


 それは玲緒奈の取り巻き達が話しかけて来て中断される直前の事。

 彼方の趣味について話をしていたら、何かを思い出したかのような反応をしていたのだ。


 玲緒奈関連の事件があまりにも大きな出来事であったため、あれ以来そのことを確認するのを忘れていた。


 ということで、昼休みに彼女達と一緒にご飯を食べながら話を聞くことにした。

 ちなみにいつも彼方と二人で昼食を食べ、時々今回のように彼方の友達女子が混ざる。


「あの時の話? なんだっけ」

「忘れちゃったのかー」

「あははは、冗談冗談。覚えてるよ」


 その子の笑いは心底楽しそうで、見ていてとても気持ち良い物だった。

 こんな子が近くに居るのならば彼方も楽しい気分で学生生活を過ごせているのかもしれない。

 そう思えるくらいには。


 むしろそうでなくては困る。

 だって今の彼方には彼女達しか味方が居ないのだから。


 別にいじめが再発したわけじゃない。

 他者とコミュニケーションをとれるようになった彼方が、友達以外のクラスメイト達にそっけない対応を取るようになり距離が出来てしまったからだ。

 今はもう優斗と彼方が教室に入っても茶化してくることも無くなった。


 もちろんその理由を優斗は確認済みだ。


『だってみんながそうして欲しそうだったから』

『え?』

『私に怒って欲しいって目をしてたの』

『マジか』


 彼方は本気でクラスメイトのことを怒っている訳では無かった。

 脅されたのならば仕方ないと本気で感じ、むしろ自分が玲緒奈に狙われたことで巻き込んでしまって申し訳ないとすら思っていた。


 だから彼方はクラスメイトが望むように罰を与えた。

 彼らが悪い事をしたのに責められないことで苦しんでいることに気付いていたから。


『彼方は優しいな』

『そうかな』

『ああ』


 そんな優しい彼方だからこそ、優斗は今こうして傍に居るのだ。


「三日月さんの好きなことだよね」

「そうそう」

「多分だけど写真を撮る事じゃないかな」

「写真?」


 写真を撮ると言っても被写体の種類によってスタンスが違う気がする。

 鉄道、動物、植物、人、食べ物、風景。

 気軽にできる趣味だからか、それぞれ良くも悪くも話題になりがちだ。


 その中で彼方がやるとしたら。


「映える写真を撮ってSNSにあげてるのかな」

「ううん、三日月さんはSNSやってないって言ってたよ」

「あれ、そうなのか」


 だとすると好きな家事に関する写真だろうか。

 例えば料理を撮って自分で作ってみるとか、可愛い服を撮って裁縫してみるなど。


 しかしどうやらそれでも無いようだ。


「目的があるというより、気になったのをとりあえず撮ってみるみたいな感じだったよ」


 美味しそうな料理を撮ったり綺麗な風景を撮るのは今ではよく見られる光景。

 スマホで簡単に綺麗な写真が撮れるようになったからか、誰かに共有するつもりがなくてもなんとなく撮ってしまう人は多い。

 だからこそ写真を撮るという行為があまりにも自然すぎて趣味に繋がっているとまではすぐに思わなかったのかもしれない。


「彼方は写真を撮ってたの覚えてる?」

「うん、言われてみれば沢山撮ってた」

「何か理由があったのか?」

「分からない。けど、もしかしたら『残したかったから』かもしれない」


 写真に撮ることで記憶の中だけでは無くて記録としても残しておきたかった。

 想い出を形にしておきたかった。

 だから彼方はあらゆる想い出を残そうとしていた。


 形として残ることに価値を感じる彼方だ。

 両親が想い出の中だけの存在となってしまったことは、普通の死別以上に辛かったのかもしれない。


「(そうか、だからソファーも買い替えようとしないのかも)」


 ボロボロのソファーにも思い出がある。

 両親と過ごした思い出、そして優斗が直してくれたという思い出。

 その形を捨てることが出来ないのかもしれない。


「また写真を撮り始めてみたらどうだ?」

「うん」


 これで彼方の趣味が再開となるだろう。

 しかしこれで彼方が優斗から離れるとは到底思えない。


 彼方は自分から素敵な思い出を探し歩くタイプでは無いのだ。

 普段の生活の中で気に入ったものを写真に撮って残しておくのが趣味なだけ。

 つまり合間に写真を撮る以外はこれまでと何ら変わりが無いのだ。


「ねぇねぇ三日月さん。それじゃあ私達を撮ってよ」

「いぇーい」

「うん、良いよ」


 ポーズを取る友達を彼方はスマホで撮影する。

 仲良し女友達って感じがして微笑ましい。


「彼方の写真か。どんな写真が多いんだろうな」

「やっぱり料理の写真じゃないかな?」

「それか好きな人の写真とか」


 好きな人。


 彼方の友達の言葉にドキリとする。

 何気なく発した言葉だろうが、とんでもない爆弾が投げ込まれたような気がした。


「好きな人……」


 彼方はそうつぶやいてからスマホを優斗に向けた。


「え?」

「え?」

「え?」


 これが意味する事は一つしかない。

 彼方は写真を撮った後、優斗が映った画面を三人に見せながら言う。




「好きな人」




 時が止まる。

 そして少しの後、投げ込まれた爆弾が大爆発したかのような騒ぎになった。


「きゃああああ! 三日月さんが告白した!」

「やっぱりそうだったんだ!」


 彼方の友達はもちろん。


「くそぅ、くそぅ……」

「あんな馬鹿なことをしなきゃチャンスがあったかもしれないのに」

「うわああああああああん!」


 密かに彼方のことを想っていて先の事件について許されたらアタックしようと考えていた男子達。


「だいた~ん」

「いいなぁ。私もあんな恋がした~い」

「うらやまし~い」


 甘酸っぱい恋愛を夢見る女子達。


 例の件で静かだったクラスが一気に盛り上がりを見せたのだった。


 そして肝心の優斗はと言うと……

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