第32話 最初で最後の新魔法


 8つの目を持つ蜘蛛の集団。無数の爛々に輝く赤い目に睨まれ、さすがの小夏も竦み上がった。

 

 怪人とは違う。悪意をひしひしと感じる。なにより気持ちが悪い。

 小夏は可能な限り、飛び退き距離をとる。


 だがそれは不快な何かに阻まれた。


「ひやぁっ! なにこれ! 気持ち悪い! 糸?」


 恐怖で退いた小夏の腰と臀部に、粘着する何かが貼りついた。

 蜘蛛の巣だ。

 怪人相手にも物怖じせず、ふだんから姿勢のよい小夏が、文字通り尻込みして不格好に退くほどである。

 小夏は慌てて前に逃げようとしたが、一歩も進むこともできず引き戻される。

 通常の蜘蛛の糸ではありえない粘着力と強度だ。


「ひぃ! なにこれぇ! ミンチル助けてぇ!」 


 迷わずベルトを外し始め、カチャカチャと懸命にショートパンツを脱ごうともがく。ファスナーを下げ、ピンクの何かが見えた。


「わあっ! 脱がなくていいから! なんでこう思いっきりがいいかな、この子! 変身だ、小夏ちゃん! 変身すれば大丈夫だよ!」


「そっか!」

 

 小夏の身体が輝き始め、おしりに貼りついていた糸が弾かれ溶ける。

 変身時に服は一度解除される。服に貼りついていた糸ならば、これで脱出が可能だ。脱ぐ必要はない。


 変身していなくてよかった、とミンチルは思っていた。変身したあとに捕まっていれば、身動きが取れないまま捕食されていたかもしれないと、想像して身震いした。

 

 光の中から青く軽装の魔法少女。スコラリス・クレキストが現れた。


「えっと、別に口上なんて言わなくていいよね」


 ステッキを構え、かさかさと無機質な動きで囲む蜘蛛の集団を見回し、戦闘開始だと腰を沈めた。


「気を付けてクレキストちゃん! この敵は……タイダルテールなんかより比べ物にならほど危険だ!」


 悪の組織タイダルテール。早くも格下扱いされた。

 仕方ない。

 ディスキプリーナや、本気の志太を見ていないミンチルが、そう思うのも無理もない。責めることはできない。


「うん。分かる……だってこいつら。あたしを食べる気でいるもん──」


 クレキストはタイダルテールの怪人相手にも感じたことのない恐怖を、蜘蛛の軍団から感じていた。


「とりあえず! ハート・アングルス・ショット」


 変身で自由を得たクレスは前に突き進んだ。囲まれているなら全力で突き抜けることができる前だと、いつものように思い切りのいい決断だ。

 散弾で前の二体を排除。紫の煙となって消えさる蜘蛛、残る蜘蛛の間を突き抜ける。


「クレス、今だんがんっ!」


 腰に捕まっていたミンチルが、急加速についていけず、スカートにぶら下がる。猫に勝る身体機能があっても、クレキストの戦闘機動にはついていけない。


 ぶら下がるマスコットをそのまま、クレキストはバス停のベンチを蹴った。吹き飛ぶ!

 車道から迫る蜘蛛たちは、これに凪ぎ払われた。


「なにこれ? 倒すと消えちゃうんだけど! どういうこと?」


 車道という日常では危険な位置で、ひとまず安全圏を得たクレキストは腰にぶら下がるミンチルを抱き上げて質問する。


「こいつら、余剰魔力の重積物……! 魔物だ」


「余剰? じゅうせき? 魔物!」


 襲い掛かってくる蜘蛛の集団に対処するため、クレキストの言葉はコマ切れになっていた。彼女の運動能力は高いが、とにかく相手の数が多い。

 回避が8で、攻撃が2という割合に追い込まれている。


「さっきアジトの話で言ったろ! 余剰魔力を服とかに変換するって! そういうガス抜きをしないとあれらが生まれるんだぼろごろべべ! ちょっとおろしてー!」


 高機動なクレキストに、ミンチルはついていけない。

 なんとか充分に距離を取ったクレキストは、足元にミンチルを置いた。


「きょ、強化しすぎたか……」


 ふらつくミンチル。一方、片手が空いて身軽になったクレキストは、飛び掛かってきた蜘蛛を薙ぎ払いながら魔法を唱え、一気に十体ほどの敵を紫の煙へと変えた。


「ふ、増えてない?」


 退きながら、いつか劣勢を返せると思っていたクレキスト。だが、状況は好転しないどころか、敵が増えてきているという絶望状態だ。


「数は力だね……」


「弱い敵なんだけどね。注意しないとクモの巣にかかって、おしまいだよ……」


 蜘蛛は身体強化されたクレキストの一撃で屠れる。

 しかし、蜘蛛は数がいる。

 

「でも、これなら新必殺技の出番だね!」


 クレキストにはまだ余裕があった。


「え? 新? なんだって?」


 ミンチルは知らないようである。

 そのミンチル目掛け、一匹の蜘蛛が襲いかかる。だが、クレキストの反応が早い。

 伸びるような蹴りが、その蜘蛛を蹴り飛ばす。 


「あんたはスカートの下に、ここ安全だから、目を閉じて」


 蜘蛛を蹴り飛ばした足を舗装路面にズンッと付き、大股を開いて仁王立ちする。そしてミンチルが股下に移動したことを確認すると、ステッキを持つ手を振り上げた。

 一連のこの行動は大きな隙だった。

 蜘蛛たちは一斉に間合いを詰め、安全圏であった空間が一気に侵略されていく。


 これにさすがのクレキストも慌てた表情を見せて──。


「あ、まだ名前考えてなかった」


 ──おらず、マイペースに必殺技の命名で困っているだけだった。

 この隙に、蜘蛛が迫る。

 

 魔法名は自然と、クレキストの口からこぼれ唱えられた。


「【ステラ・ミラ】」


 光が、驚き、輝き、瞬き、解放される!


 ステッキとクレキスト本人が脈動するように光ったと思うと、飛び掛かる蜘蛛たちを押し戻すような光の波が放たれた。

 蜘蛛たちは一瞬、苦しむように痙攣すると、煙も残さず光に飲まれて消えていく。


 バス停付近に残ったのは、ステッキを頭上に掲げて未だ光り瞬くドヤ顔のクレキストと、唖然とするミンチルだけだった。


「……これは確かに使えないね」


 ミンチルは光っているクレキストを見上げながら、率直な感想をこぼした。


「これってさあ。変身の魔法を魔力そのまま周囲にバラまいてるだけでしょ? バカなの?」


「バカぁ? このあたしが? 変身の光を目くらましにもして、かつ攻撃にも使えるなんて発想、天才でしょ? 蜘蛛も全滅じゃん!」


 自画自賛しつつ仁王立ちでドヤぁっと胸を張る。ミンチルは股下で見上げながらあきれ顔である。

 やがてクレキストを包む光が、だんだんと弱くなっていく。


「まあ無差別攻撃だから、観客がいるところで使わなかったのは大正解だよ、小夏ちゃん」

「でしょー? あたしだって、周囲のこと考えて使ってるんだから」

じゃないよ」


 身体を包む光が消え失せた時、そこには生まれたままの姿のクレキストが大股開きで立っていた。

 バス停前。十三歳の少女が、一糸まとわぬ姿。

 やっと自分の状況に気が付き──


「ん? ……どにゃーーーーーっ!」


 謎の悲鳴を上げ、クレキストは小さく屈んで必死に裸体を隠した。


「変身の魔法で出てる光は、コスチュームそのものでもあるんだよ。それを武器にしたらそうなるだろ? 早く変身解除しなよ。戻れば元の服になるから」


 小夏を破滅させる新魔法【ステラ・ミラ】は、お披露目された本日をもって封印された。



 

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