第2話 悪の組織 タイダルテール
『
「いるぞっ! ここに怪我人が一人っ!」
世界の支配を狙っているとされている悪の組織、タイダルテールの地下基地最深部。
まがまがしく朱く暗い部屋で、壁に設置された大画面モニターが夕刻のバラエティーニュースを放映していた。
これを見ていた怪しい鬼面の少年が、モニターへ毛皮を叩きつけいきり立つ。
怪人カラテキック男……の外装を脱いだ少年だ。
肉体年齢の割にやや背が高く目つきこそ悪いが、どこを見ても怪人などではなく、どこにでもいそうで、どことなく可愛らしいと言える少年であった。
しかし、不思議なことに投げた毛皮が、少年の身体に対して大きい。
少年は昨日暴れてバスに撥ねられたカラテキック男に比べて幼かった。
「なにが活躍だ。俺様は魔法少女なんかに負けてねぇっ! 園児バスに負けたんだ! あとカラテパンチじゃねぇ! カラテキック男だ!」
少年は世界最強の人間である。
改造などされていない。
だが園児バスには負けた。
悪の組織に所属し、怪人を自称しているが、彼は特に改造など受けていない。
人工的に作られた人間でもない。
不思議な力を神から授かったわけでもない。
だが世界最強だ。
カラテキックの
彼がその気になれば、魔法少女が五人いようと敵わない。
だが園児バスには負けた。
その事実を茶化すものたちがいた。
悪の組織の戦闘員、総勢三名である。
「園児バスに負けた。それはそれでどうかと思いますが?」
姿勢正しく椅子に座り、報告書纏めているリーダー格の戦闘員【アー】。
「バスに乗っているのは園児たちだし、実質園児に負けたと言えるんじゃなかろうか?」
ソファに座り、まるで老人のように腰を曲げ、武器のスコップを立て両手を置き、杖代わりにして顎を乗せる戦闘員【ガー】。
「いいね、その解釈。最高に受けるっスよ」
一人で室内をうろうろして、その場の会話のノリに乗ってポーズを決め両手でガーを指差す戦闘員【ペー】。
「うるせぇ! 叩き斬るぞ!」
着ぐるみを脱ぎ捨て身軽になった少年は、上半身裸のまま立ち上がった。
「うるさいぞ!
少年が戦闘員に襲い掛かろうとしたその時!
仰々しい扉が開け放たれ、威厳のある声が怪人役を務める少年【
志太と戦闘員たちの動きが止まり、視線が声の主に向かう。
大きな扉のほとんどが無駄になるほど、小さな少女が視線の先にいた。
「ディスキプリーナ総統!」
戦闘員たちが一斉に敬礼した。
悪の組織の総統は、そうとう小さい女の子だった。
黒く長い髪、抱える熊のぬいぐるみ。どこから見ても幼女だ。
しかし驚くなかれ。
彼女こそが、あくのそしきダイタルテールの総統【ディスキプリーナ】である。
「総統、なんの御用でこちらに」
戦闘員アーが、敬礼したまま問う。
小さな総統は、うむと重々しく答える。
「アニメが始まる」
「そんな
総統のアニメ視聴宣言を聞き、戦闘員ぺーの肩から力が抜けて敬礼が崩れる。
「アニメは御私室でご覧下さいよ」
「こっちのモニタにほうがデカいのじゃ!」
戦闘員アーのご意見など無用とばかりに、家庭的なリモコンを操作して、大画面モニター画面を切り替える。
『緊急少女隊!GOTOバトルフィールド!』
アバンタイトルとともに、爆発音が鳴り響き、5色の少女戦士たちが物陰に隠れていく。
絶え間ない爆発の中、遮蔽物を利用した見事な前進。匍匐前進。可愛らしいその姿があまり映らない。
なかなか斬新な主人公たちである。
そんなオープニング映像に食い入るディスキプリーナ総統。
その愛らしい後ろ姿、微動だにしない。
「では、我々もそろそろ帰るとするか」
「今日の飯はなんじゃろうなぁ」
「みさよさんの尻が恋しいぞ」
戦闘員アー、ガー、ぺーの三人は、マスクを脱いで更衣室へと向かう。
マスクを抜いたその時は、まだ若々しい顔だった。しかし徐々に老けていき、身体はしぼみ、背は曲がり、齢百歳を超えるような姿へとなっていく。
地下深くに建設された悪の組織タイダルテール本部基地。
その地上は老人介護施設。
戦闘員はその介護施設の入居者たちであった。
しかし、老人と侮ってはいけない。
彼らは三人とも、旧日本軍で第二次世界大戦を戦い、生き残った士官と兵士たちだ。
むろん肉体は老い、そして衰えている。が、幼女総統の力で若返り、全盛期の肉体を取り戻すことができる。
それぞれが刀、銃剣、スコップを装備しており、警官数人を相手にしても負けない。
無論、若返った状態でなければ、走ることすら危険なご高齢の方々である。
──悪の組織はそのような老人を扱き使うのだッ!
これはまごうことなき悪の組織である!
悪の要素がかろうじて一つ見つかってよかったッ!
いやよくない!
カラテキック男の中身である志太が、自分でケガの手当を終えるころ、アニメも終わってディスキプリーナ総統が声をかけてきた。
「今日も強かったのぉ、魔法少女は」
「は? まだまだ弱いぞ。俺様が隙を見せなかったら……」
「小夏……いや、クレスちゃんのことではないわ! 緊急少女隊のことじゃ!」
一瞬、総統は魔法少女の本名を言いかけた。
そう。
悪の組織は魔法少女の素性を、完璧に把握しているのだ。
なにしろ魔法少女を創ったのは、悪の組織なのだから──。
「なんだ。アニメの話かよ」
アニメの感想を聞かされるのか、と志太が身構えた時、ディスキプリーナの表情が曇る。
「それに比べて、この世界の者たちはなんと弱いことか」
「この世界……俺たちが弱い、か」
感想ではなかった。しかし、それはアニメの感想より、あまり聞きたくない愚痴の類であった。
目を逸らす志太に対し、ディスキプリーナの目が追う。
「そう。世界最強のカナキャタクリズミクリィ。お前もな」
怪人役をこなす少年。世界最強の男、適菜 志太。組織でのコードネーム【カナキャタクリズミクリィ】は、幼女総統の一言を受けて、かつての自分を思い起こす──。
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