12. 仲間想い 前編

『おおっと! どうしたことでしょうか。レオナルド選手がフレン選手から大きく距離を取りました! 舐めプかぁ!?』

『そんなこと言って後で怒られても知りませんよ。四連続の突きを放った後、何かに気付いたかのように、いえ、何かを避けるかのように後ろに跳んだように見えます』

『クラリスさん舐めプなんて言っちゃあダメですよ。それで、何かとは……何でしょうか?』

『どうやら私に怒られたいようですね。何かについては分かりません。フレン選手が何かをしたようには見えませんでしたので』


 観戦者達からは何もしていないフレンからレオナルドが不自然に距離を取ったように見えていた。


『ごめんなさい。 マジでごめんなさい。 だからその冷気を止めて下さい』

『あれ、おかしいですね。フレン選手が何かおかしい。上手く言えないのですが』

『ごめんなさい。 真面目に実況しますので許して下さい! あ、温かくなった。ふぅ。 え、ええと、それでですが、強者だけが分かる何かってことなんですかね。もしかしてフレン選手には秘密があったのでしょうか』

『考えられるとすればユニークスキルの『仲間想い』ですが』

『そちらはほんの少し身体能力を上昇させる効果しか無いクソ雑魚スキルと言われてますよね』

『そのはずです』


 第四位の実力者であるからこそ、クラリスはフレンの異様な雰囲気を察していた。

 そして彼を観察してあることに気が付いた。


『あれ、いつのまに武器を構えていたのでしょうか』

『え?』


 試合開始の時は呆然として突っ立っていただけのフレンが、いつの間にか木剣を体の前で構えていた。


 もちろん戦いなのだから普通の事だ。

 だがその瞬間を見ていなかったことがおかしいのだ。


 いくらレオナルドの突きに注目しがちだとはいえ、解説のために両者の動きを漏れなく注視していた実力者のクラリスが見過ごすのはあり得ない。


「…………」


 レオナルドの表情は一変し、厳しい表情でフレンを見つめている。

 最強の一角が最弱を相手に警戒している。

 その異常な状況を、残された観客たちは固唾を飲んで見守っていた。


 実況も解説も雰囲気に呑まれたのか言葉を止め、音がこの世から消えて無くなったかのように錯覚しそうな瞬間。


「うああああああああ!」

「!?」


 フレンがレオナルドに向かって正面から突撃した。

 そしてレオナルドの剣の持ち手、右手首に一撃をブチ当てた。


 その速さはガリ男やドラポンとは比較にならない程に高速だった。

 何しろレオナルドが虚を突かれたとはいえ喰らってしまったのだから。

 警戒していたが、それを遥かに上回る速度だったのだろう。


 フレンはそのまま連打を繰り出すが、流石にレオナルドはそれを受け止める。


「うお! ああ! うあ! ああ!」


 上から、下から、横から、斜めから。

 剣術では無く、ただ剣を振るだけの暴力的な攻撃。


 いかに速くても技術の伴わない攻撃などレオナルドにとって大したことではないのか。

 超高速の連撃を事も無げに受け止め流している。


 いや、そうではない。


『おおっと! なんとフレン選手、目にもとまらぬ超高速連撃を繰り出しました! レオナルド選手が思わず後退してます!』


 フレンの圧力に押されてか、レオナルドが少しずつだけれど僅かに後ろに下がっている。

 もしこの攻撃が技術を伴っていたら、すでに試合は決まっていたかもしれない。


 しかしこのままでもその結果は変わらないだろう。


『レオナルド選手、上段攻撃を防げず被弾!』


 本格的に守りに入ったが、フレンのあまりのスピードについていけなくなっていた。


 だがレオナルドは剣術のみで学園第二位に入った実力者。

 基礎能力で上回るだけの相手に簡単に潰されるわけが無い。


『レオナルド選手、攻勢に出ました!』


 フレンが自由に攻撃出来ているのは、レオナルドが防御に徹していたからだ。

 だがレオナルドがある程度の被弾を覚悟して攻撃に転じたとなれば、今度は防御も考えて行動しなければならない。

 後一ポイント取られたら負けな状況で、本来ならば・・・・・攻撃一辺倒というわけにはいかない。


『な、なんとフレン選手、カウンターを決めたああああ!』

『レオナルド選手の得意の神速の突きを躱して体勢を崩しながらも強引に持ち手に一撃ですか。人の動きではありませんね』


 フレンはレオナルドの攻撃を避けながらも、攻撃ペースを大きく落とさなかったのだ。

 むしろチャンスが来たとばかりに、ギリギリで躱しながら積極的にポイントを狙いに行く。


「おお!ああ!うあ!ぐあ!」


 最早獣のように、言葉にならない叫びをあげながら、ひたすらに打ち込み続ける。

 だがレオナルドも徐々に慣れて来たのか、ポイントを奪われることはなくなった。


 レオナルド、四ポイント

 フレン、三ポイント


 ポイント状況が膠着したまま二人はしばらく打ち合っている。


『レオナルド選手が剣だけでここまで押されているのを初めて見ました』

『私もです。ですがレオナルド選手はどことなく嬉しそうに見えますね』


 激しい戦いであるため気付きにくいが、確かにレオナルドがわずかに笑みを浮かべているようにも見える。


『レオナルド選手は強い人と戦うことが好きな方ですので、喜んでいるのだと思います』


 しかも相手が自分と同じ剣使い。

 技術は無く身体能力でごり押ししているだけとはいえ、剣を鳴らせることがたまらなく幸せなのだろう。


『しかしフレン選手の『仲間想い』の能力がレオナルド選手を圧倒するとは思いませんでした!』

『そこが不思議なのです』

『と言いますと?』

『『仲間想い』のスキルの詳細はまだ判明されておりませんが、名前の通りに仲間を想うほどに能力が向上するものと考えられています』

『はい、そう言われますね』

『ですがこれは練習試合ですよ。彼らに因縁があったとはいえ、フレン選手があそこまで強くなる程に仲間のために必死になるのは少し不思議な気がするのです』

『言われてみれば確かに』

『もしかしたら何か、いえ、今は試合に集中しましょうか』


 剣劇とでも言えるかのような剣舞の応酬。


 フレンが力任せの荒々しく豪快な舞を見せれば、レオナルドが繊細で技巧に富んだ舞で返す。

 その全く種類の違う剣の舞に、誰もが魅入っていた。


 そしてそれが終わらない。

 お互いに全力を出しているにも関わらず、まったくスタミナ切れを起こす気配が無い。

 スキルをセットしてスタミナを底上げしているのかもしれないが、それを加味しても長すぎる。


 だが終わりは無くとも変化は生じた。

 そのことに最初に気付いたのは解説のクラリスだ。


『あれ?』

『どうしました? クラリスさん』

『いえ、フレン選手、血が出てませんか?』

『そんなまさか。だってここは傷つかないフィールドですよ……ってあるぇ!?』


 たらりと、フレンの右側頭部から血が垂れていた。

 それだけではない。

 時間が経つにつれて出血箇所が増えて行く。


 左側頭部からも流れ、鼻血が出て、剣を持つ手の甲からも出血している。

 良く見るとフレンの服が赤く滲んでいた。


『ええ!? これは一大事じゃありませんか! 試合を止めないと!』

『確かにその通りです。ですがアレを止められますか?』

『う゛……』


 このフィールドは過去の偉人が作成した遺産であり、問題が発生した場合に対処出来る人がいない。

 それゆえ、試合中に故障などのトラブルがあった場合には死に至る可能性がある。


 生徒達は学園入学の際に、その可能性を知らされている。

 そしてその上で自己責任で利用するようにと強く言われており宣誓書も書かされている。


 フレンの傷が遺産の故障によるものなのか、それとも別の要因によるものかはまだ分からないが、彼らの戦いは自己責任。

 彼らが自らの意思で止めたいと思わない限りは何があっても止めないのが基本原則だ。

 例えそれが命に関わる事であっても。


 冷たいようではあるが、それがこの学園での『当たり前』だった。

 むしろ個々の意思を遮ることの方が死よりも辛いものだという考えゆえに。

 そのせいで過去に色々とトラブルがあったのだが、今はそれは置いておこう。


「ああ!うあ!ああ!おお!」


 血が流れていることに気付いているのかいないのか、フレンの動きはまったく衰えることが無い。

 レオナルドも血の事は気が付いているが、ここで手を緩めるのは戦士として恥ずべきことだとでも思っているのか、むしろ攻撃がより苛烈になった。


 そのせいか、ここで膠着していた状況が動いた。


 レオナルドがフェイントを入れてフレンがそれにひっかかり体が大きく泳いでしまった。

 その隙を狙ってレオナルドがトドメの一撃を加えようと額に向けて突きを繰り出すが、フレンはまたしても強引に体を捻りそれを躱し、持ち手にカウンターを決めた。

 その瞬間、全身から一際多くの血が飛び散った。


 これでポイントは四対四。

 ついに追いついた。


『もしかしたらあの血は『仲間想い』のスキルのせいかもしれません』

『どういうことでしょうか?』

『先程ポイントを取ったフレン選手の動きですが、完璧に崩された体勢から強引に体を逸らしていました。体に尋常でない負荷がかかっているはずです』

『その負荷に耐えられずに体が悲鳴をあげているということでしょうか』

『はい。体を強引に動かすということがダメージ扱いになっていない可能性があります』

『ですが他の選手もスピードアップやパワーアップのスキルを使ってますよ?』

『そうですね。それらのスキルが単に効力が弱いからなのか『仲間想い』のスキルとは違う系統なのかは分かりません。ですが、あの血の出方からすると体を酷使したことが原因とみて間違いなさそうなのです』


 その違いについては今回の件をきっかけに詳しく調査されることになるだろう。

 だが問題は今現在だ。

 もしクラリスの想像が正しいとすると、フレンの体が限界に来ているという事。


 このまま続ければ待ち受けているのは死だ

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