閃光の如く凛として

羨望

　散々かいた汗が冷気で引いてきた。嫌に空調の効いた店内は、清澄とは言い難い空気で満たされていた。店の中央に配置された喫煙所のせいか、空調が吐く風のせいなのかはわからないが、ゲーセンには特有の臭いがうっすらと充満している。

　薄暗い店内の一角にある青い光が明滅するほうへ進むと、耳を劈（つんざ）くリズミカルな重低音が大きくなっていった。私にはそれが、『からふるぱすてる』のイントロだと当たり前のようにわかった。キャッチ―な女性ボーカルが特徴のこの楽曲は、『GuitarFreaks（ギターフリークス）& DrumMania（ドラムマニア）』の今期シリーズで追加された新曲なのだから。

『GuitarFreaks & DrumMania』は、誰でも簡単に演奏気分を味わえる音楽ゲームなのだが、音楽ゲームのなかで比較的認知度が高いものといえばナムコの『太鼓の達人』と言えるだろう。

　例えるなら、コナミ版の『太鼓の達人』が電子ドラムを模した『DrumMania（ドラムマニア）』なのだが、その『DrumMania』とともに横並びに設置されるのが、ギターを模したコントローラーが二台付属された『GuitarFreaks（ギターフリークス）』だった。

　先客は誰だろうと他の音楽ゲームの筐体（きょうたい）越しに覗くと、同年代くらいの女性プレイヤーがGuitarFreaks左の1P側に立って軽快にピックレバーを弾いていた。

　自分以外の女性プレイヤーをこのゲーセンで見かけるのは久しぶりで、私は妙な親近感と高揚感を覚えた。

　PVが映し出される筐体中央の画面の左を流れる譜面画面へ視線を移すと、三列に伸びるレーンからは赤・緑・青のバーが逆流する流れ星のごとく、瞬く間に上へと吸い上げられていた。

　肝心のバーのタイミング判定を注視すると、ことごとく「PERFECT（パーフェクト）」が黄色く誇らしげに光っていた。

　私は軽やかな彼女のプレイに釘付けとなった。筐体の影から固唾を飲みつつ、見入っていた。

　曲が終わると画面が暗転し、判定画面に切り替わる。派手な効果音とともにノーミスと同義の「FULLCOMBO（フルコンボ）」と、最高ランクである「SS判定」が大きく映し出されていた。

　ギターコントローラーのストラップの位置を整えながら、彼女は首を傾げた。視線は画面をなぞってほんの僅か静止していたが、すぐ投げやりにスタートボタンが連打された。

　どこに首を傾げる要素などあるのか私にはさっぱりわからなかったが、彼女は自己新記録（ニューレコード）でも期待していたのかもしれない。

　その後、彼女は他の選曲でもすべてをSS判定に持っていき、ボーナスステージである「ExtraStage（エクストラステージ）」を出現させた。

　そこで彼女は『ゴーイング マイ ウェイ！』のExtreme（エクストリーム）：Lv.88を迷いなく選ぶ。

　まさか女性プレイヤーが『ゴーイング マイ ウェイ！』のExtremeをしているところを見れるだなんて……。

　さらなる期待から、心臓は早鐘を打つ。私なんて、Lv.58のAdvanced（アドバンスト）があと少しのところでクリアすることができなくて、いつもLv.41のBasic（ベーシック）で甘んじている身だというのに。

　――駆け上がるようなギターソロが始まった。

　PVでは淡いタッチで描かれた制服姿の女の子が登場し、恋に奮闘する様子が映し出されていた。

　女性ボーカルを立たせる序盤パートでは、ギターの音色が滑らかに紡がれていく。

　しっとりとしたＢメロに差しかかると、いよいよサビの地獄のギターパートに突入するのかと思いそわそわした。心地よい伸びやかな歌声の余韻もそこそこに、私は気を引き締め直した。

　サビが始まると、澄み切った歌声が声高に朗々と放たれた。それに対し、ギターは発狂しそうな怒涛の高速リフが延々と連なっていた。

　ギターコントローラーのネックを握りしめる彼女の表情は崩れないが、濁流のように襲うバーたちを完璧には捌ききれず、満タンを維持していたゲージメーターが見る間に減りはじめていた。

　ボーカルを食い殺さんばかりに唸る歪んだ高音はぶつ切りとなり、不協和音にまみれていく……。

　私はいつしか「どうか、どうか……」とそれぞれの手を固く握りしめ、曲が最後まで無事に完走されるのを祈っていた。

　ゲージメーターが緑から黄色まで減っていよいよ赤へと変わろうとするとき、途切れがちだったコンボがようやく繋がりはじめた。続くラストは爽やかなギターソロが鳴り響き、緊張が安堵へと変わり弛緩していった。

　曲が終わってようやく、自分があまり息をしていなかったことに気が付いた。

　頭が酸欠ぎみになりかけてぼうっとしていたので、私はゆっくり深々と息を吸い込む。空調は効き過ぎているくらいなのに、弛めた手のなかは汗ばんでいた。

　彼女は、「Ｂ判定」の画面をそのままに右手首を揺さぶっていた。高速リフで右腕を散々酷使したであろう彼女に、「お疲れさまでしたね」と心のなかで労いの言葉をかけた。

　それから彼女がいなくなるのを待ってから、一回だけDrumManiaをした。

　本当なら今日はGuitarFreaksとDrumManiaとを合わせて四、五回する予定だったが、同じ女性プレイヤーの圧巻のプレイに気おされてやる気もそがれてしまった。

　他人のプレイにこうも影響されてしまう自分が癪な気もしたが、ゲーセンから退散するべくエレベーターを下った。

　一階に着いて扉が開いた途端、まだ屋内だというのに一気に蒸したぬるい空気がなだれ込んできた。自動ドアを抜けて完全に建物から出ると、立体駐車場に据え付けられた駐輪場の近くに出た。

　自転車が置いてあるほうへ目をやると、さっきの彼女がくたびれた自転車の荷台に腰をおろして煙草をくわえていた。