第16話 エリン・フェアリーリングは変わらない
──面倒事があった時は、気分転換するに限る。コレは人生の鉄則だ。
「ふんふーん……」
では私の気分転換はなにかというと、御山に登りキノコを採ることだったりする。……家業じゃねぇかそれというツッコミが飛んでくるかもしれないが、私にとってはこれが落ち着くのだからしょうがない。
だって私は山育ち。家業の延長でちょくちょく王都に出てはいるけど、根っこの部分では田舎者というか、自然愛好家みたいなところがある。
人気の多いのはあまり好きじゃないし、王都、都会で起きた厄介事は自然に触れて忘れたい。
「よっと」
というわけで、絶賛登山ナウ。普段は用がないから御山の上層にも、今日は足を運んでいる。
なんでかというと、上層は本当に別世界だから。私が普段活動している境界、下層、中層はまだ普通の山としての形跡があるが、上層はそれすらない正真正銘の異界なんだ。
「相変わらず綺麗だなぁ……」
宝石のように透き通ったキノコがある。一目で猛毒と分かるぐらい、ケミカルな見た目のキノコがある。古木と見紛うほどに巨大なキノコがある。岩にしか見えないキノコがある。二足歩行するキノコがある。
──まるで童話の世界。不可思議なキノコで構成された物語の舞台。常識では考えられない非常識な空間。
「やっぱり御山は凄いや」
上層は地脈、狂ったマナの噴出点が密集しているため、並の生物では生きられない死の世界だ。
この世界で生きていられるのは、マナの影響を一切受けない希少な樹木である魔抗樹。そしてマナの影響を受けやすいがために突然変異し、環境に適応することができるキノコ類だけ。
樹木とキノコ。たったそれだけで完結してしまっている狂った世界。それだけで何故か成立している神秘の領域。
ここ上層では、本当の意味で常識が通用しない。だからこそ、私たちフェアリーリングの人間も滅多に足を踏み入れない。
単純に用がないからだ。いくら山育ちといっても上層、山頂付近まで登るのは単純に手間だし、それでいてこの辺りのキノコは採ることが禁止されている。……いや正確に言えば、採取自体は問題ないのだけど、非常識すぎて流通にのせることが陛下によって禁止されている。
「宝石茸。これは……ルビーかな? 形もいいし採っちゃうか」
例えば私が今採取した宝石茸。これはマナの影響を受け身の一部、または全体が鉱石と化す鉱石茸という希少なキノコの変異種だ。
鉱石茸自体が、限られた環境でしか育つことのない希少種であり、莫大なマナを溜め込んで変質したその身は、魔道具や特殊な武具を制作する上での最上級の素材とされる。
だが宝石茸は、そのさらに上をいくデタラメだ。御山の狂ったマナを取り込んで宝石へと変わったキノコ。素材としてのみならず、宝石としての価値も最高峰とされている。
曰く、キノコ単品でも国宝級。一流の職人が武具、アクセサリーに加工すれば、神話や伝説で語られるアイテムとなるであろうと。
これは昔のフェアリーリングの者が、当時の王に献上した際の鑑定結果なので、まず誇張の類いではない。名のある職人が素材にすることを躊躇ったという実話もある。
──それが花畑と見紛うほどに生えている。辺り一面が、色とりどりの宝石で埋めつくされている。
「これ売ったらいくらになるんだろうなぁ」
まあ売れないんだけど。当時の王が感嘆し、量を聞いて真っ青になり、即断で人の世に降ろすなと絶叫した曰くつきのキノコだからね。
実際、この量の宝石茸を市場に流したら、各所が大混乱を引き起こすこと必至。ついでに密猟者も激増すること確定なので、そういう意味でも売りに出すことはできない。
なので私たちフェアリーリングが、こっそり楽しむぐらいにしか活用されていない。貴重なキノコなんだけどねー。
「でもこれを独占できるってだけで、役得も役得だよなー」
最上級の宝石の絨毯とか、こんな絶景は王侯貴族でも目にすることは叶わないだろう。
だが、もちろんこれだけじゃない。絶景はまだまだ沢山ある。
例えば、領域に入った存在を問答無用で浮遊させるフワ茸。あのキノコの群生地では、空中をふわふわ漂うことができてとても楽しい。……多分あれ、生物を高所から落下死させて苗床にするっていうデストラップの一種だけど。
例えば、めちゃくちゃいい匂いを常に漂わせている香り茸。最高級の香水なんて目じゃないほどの芳醇な香りを放つキノコは、リラックスするにはもってこいのアイテムだ。……間違いなく最高クラスの魅了成分が含まれてるので、常人が吸ったら生理現象すら無視して死ぬまでその場に留まることになると思う。アレもまた苗床ルート一直線のデストラップの類いだろう。
「──やっぱり私はフェアリーリングだ」
上層に生える理外のキノコに思いを馳せ、改めて再確認する。
常人なら死に至る自然の悪辣さ。人の悪意よりもずっと凶悪で、それでいて美しいまでに最適化されたある種の神聖さ。
その全てを無視し、一方的に益だけを享受できるのがフェアリーリング。生物としての一つの極致。
我が家の与えられた特権など、この光景の前には塵芥のようなもの。フェアリーリングが持つ真の特権は、社会ではなく自然から与えられたこの生命力。
祖たる浮浪児から始まり、連綿と受け継がれてきたこの体質こそが、我が一族の財産。至宝という言葉ですら足りない、並ぶものなき宝。
「……私には、この宝を子供に、孫に、子々孫々に繋げる義務がある」
やはり上層に来てよかった。私の根っこの部分を見つめ直すことができた。
元々揺らいでいたわけではないけど、想いはより強固になった。それだけで足を運んだ価値はある。
「よぉぉし! ついでだから、いろいろキノコも採っちゃおう! 個人的に楽しむために!」
人界のゴタゴタなんて忘れてしまえ。私のやるべきことなんて、キノコを採る以外にないんだから。
「私は【キノコ狩りのフェアリーリング】だ。生まれた時からずっと。これからもずっと」
──私はエリン。エリン・フェアリーリング。マイコニア王直轄のキノコ採りの一族であり、霊山ファンガスの管理者。その次期当主なんだ。
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