第13話 平民少女と貴族の少女 その二
──あまりの追及の激しさに、渋々とここにいないレイシの黒歴史を暴露した結果、全力で腕を振りかぶられた私の心境を誰か解説してみてほしい。
「アグッ……!?」
なお、それはそれとして侯爵令嬢ちゃんは蹴り飛ばさせていただいた。反射からの行動だったとはいえ、カウンターでどてっ腹を抉る形になったのは申し訳なく思う。
「ゴホッ……ゴホッ……!?」
「きゃぁぁっ!? シーメイ様!?」
「大丈夫ですか!?」
腹を蹴られた経験などないのか、崩れ落ち嘔吐く侯爵令嬢ちゃん。そして悲鳴を上げながら、そんな彼女に駆け寄る取り巻きの女の子たち。
端的に言って地獄絵図なのだが、生憎と私は私でそれどころじゃなかった。あんな唐突き張り手が飛んでくるなど想ってもいなかったので、心臓が早鐘みたいに脈打つレベルで焦っていた。
「こんのばっっっかちんがぁ!! 私はフェアリーリングだって言ってんでしょうが!? アンタなにしようとしてんの!?」
「それはこっちの台詞よ! 平民の分際で侯爵令嬢であるシーメイ様に手を出すなんて! いくらフェアリーリングでも許されることじゃないわよ!!」
「特権があるからって調子に乗ってるみたいだけど、これは流石に看過できないわ! すぐに貴族に対する暴行で──」
「ちっがぁぁぁぁうぅぅ!!」
ギャーギャーと騒ぐ取り巻きたちを一喝。分かってはいたがマジでこの子たちは侯爵令嬢ちゃんがやらかしたことを理解していない。
「あのね、何度も言うけど私はフェアリーリングなの。ここに配達の仕事があってやって来てるフェアリーリングなの!」
「っ、だから何よ! 特権があったところで──」
「いいから聞け! 私の姿を見て気づけ! しっかり荷物を持ってるでしょうが!!」
「は、はぁ……?」
「はぁ? じゃないんだよ! フェアリーリングが持ってる荷物、それも仕事の品なんてキノコに決まってるでしょう!? それも御山のキノコだよ! 貴重な薬の材料にもなるものから、小さな村なら一本で全滅するような超猛毒のものまで幅広い御山のキノコだよ!! 言ってること分かる!?」
「ヒッ……!?」
叫びながら私がケースを突き出すと、盛大に批難していた取り巻きの面々が一気に後退った。……その際、涙目で膝をついていた侯爵令嬢ちゃんを皆で引っ張っていったのは評価しよう。
感情的になりやすい子が集まっているだけで、悪い子たちじゃないんだろうなぁとは思う……。ただやらかしたことは洒落になっていないので、しっかり説教は続けさせてもらう。
「もちろん毒キノコじゃない時もあるし、キノコのよっては食べたりしなきゃ無害な場合もある。──でもそうじゃない時だってあるし、実際に私が今運んでるのはめっちゃ不味いやつなの!」
今回私が配達を請け負っているのは、研究資料ということでノコッチから依頼された毒爆茸。衝撃を与えると即死級のキノコの胞子を盛大に噴出するキノコで、御山を代表するデストラップの一つだ。
「そりゃこっちだって専門家だし、大抵のことじゃビクともしないレベルで厳重に梱包してるけど! それでも万が一ってことがあるの! もし落としたりしてその万が一が起きたら、私は大丈夫でも目の前のアンタら全員死んでるの!! そりゃそっちの安全のために反射的に蹴り飛ばすって! ……いや蹴ったのはゴメンだけどね!?」
冷静に考えたら、ビンタを避けるのが一番対応としては丸かったんだけどね? なんだかんだ家業が荒事に近いので、口より先に手が出るのが癖になっているというか。咄嗟だったから一番慣れた手段に訴えちゃったというか。……レイシ関係で詰め寄られたことで、地味に鬱憤が溜まっていたというか。
「えっと、本当に大丈夫……? 流石に危険物運搬中ってことで、やむを得ない対応だったとは主張させてもらうけど、それはそれとして痛かったでしょ。蹴られた経験とかないだろうし、普通よりかなりキッツイよね……?」
蹴り飛ばした事実に関しては謝らないけど、思ってた以上にいい蹴りが入っちゃたことは素直に頭を下げておく。
いや本当はね、『手で突き飛ばす代わりに足で〜』ぐらいの心持ちだったんだ。でも焦って力がこもっちゃったのと、侯爵令嬢ちゃんがビンタのために重心が前に移動してたのが合わさってね……。
普通に人が悶絶するレベルの威力になっちゃたのは、マジで申し訳ないと思う。
「私、魔術薬の類いは常に持ち歩いてるんだけど、痛みがキッツイならあげよっか? 痣とかできてても消えるし」
「……ふぅぅぅ、んんっ。結構ですわ。魔術薬の類いは貴重品ですし、この程度で使うこともないでしょう」
プルプルと生まれたての小鹿のようになりながらも、気合いで立ち上がった侯爵令嬢ちゃんに思わず拍手をしそうになった。
しっかり息を整えてたから返答してる辺り、本当に貴族の見栄とかを大事にしてるんだなと。平民どうこう叫んではいても、ちゃんとそれに見合うだけの誇りみたいなのを感じた。
「なにより私、回復魔術も使えますの。これぐらいなら自分で治せます」
「あ、すごい」
そして追加された情報に驚いた。回復魔術って、習得自体に才能が求められるタイプの魔術だぞ。もしかしなくても侯爵令嬢ちゃん、普通に優秀な学生さんなのでは?
「……なんというか、掴みどころのない人ですわね。遠慮なく人のことを蹴ったと思ったら、一転して本気で私のことを心配してきますし」
「好きで暴力を振るったわけじゃないから。あくまでアレは仕方なくだし、そりゃ心配ぐらいするでしょ」
私が容赦なく〆るのは、弟分であるレイシぐらいだ。他が相手なら基本的に手は出さない。……今回みたいな、のっぴきならない事態を除けばね。
「それでなに? 蹴られたことに対する文句? 何度も言うけど、威力はともかく蹴り自体は謝らないよ」
「分かってますわよ……。この件に関しては、不用意なことをした私に非があります。危険物を扱っている最中の専門家に、カッとなって手を出そうとした私の落ち度ですわ」
「分かってくれたのならいいんだけど」
本当にもの分かりがいいな侯爵令嬢ちゃん。以前のギャーギャー騒いでいた光景を見ていた立場からすれば、もっと喚き散らしてもおかしくないキャラなのに。
平民のことはガッツリ見下しているし、そういう意味では選民思想を拗らせてるというレイシの評価も分からなくはないんだけど、言動の端々からちゃんとした分別ってやつを感じるというか。
いやでも、やっぱり妙な部分で感情的……いや待て。
「……ねぇ、一つ訊いていい?」
「なにかしら?」
「さっき私のことをビンタしようとしたのって、なんで?」
「……あなたの言葉を聞いたら、ついカッとなってしまったからよ」
……これもしかしてアレか?
「ねぇ侯爵令嬢ちゃん」
「私はシーメイという名前がちゃんとありましてよ!?」
「じゃあシーちゃんさ」
「シーちゃっ!? ……もういいですわ。なんですの?」
「……アンタもしかして、レイシにガチで惚れてたりする?」
「…………なにか問題がございまして?」
「えー……」
マジで言ってる? てっきり利権とか、王子の伴侶って立場を狙ってるのかとばかり思ってたんだけど……。
──侯爵令嬢ちゃん改めシーちゃん、ガチの恋する乙女だったパターンかよ。
「男の趣味わっる……」
「趣味が悪いとはなんですか!!」
いやだって、ねぇ……?
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