オペレーションマリア~邪教の幻影~
阿月
第1話
密輸。
まあ、そこから連想されるものは、大体「麻薬」や「武器」と称すべきものだろうかとは思う。
実際、国際空港では、財務省の税関職員や、警察の薬物銃器対策課の人間が必死に戦っている。
とは言え、決してそれらに限らないものがいくつかある。
22時50分。
そろそろ全日空の最終到着便の乗客たちがゲートから吐き出されてくる時間だ。
俺は駐車場の車の中で一人待っていた。
10年落ちの白いレクサス。
外見はほぼノーマル。余計なスポイラーも付けず、ホイールを変えた程度の、よくも悪くも、まあ目立たない車である。
個人的な趣味でいえば、もっと大胆にいじりたいところではあるが、仕事で使う車を趣味のままにいじり倒すようなことはしない。
「そろそろかな」
両手で独鈷印を結び、唱える。
「臨」
気が車内に満ちる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印を結びつつ、九字を唱える。
俺の感覚が広がっていく。
車内から外へ。
駐車場全体へ。
暗い駐車場の中に、トランクを引いた海外帰りの旅行客が何人も入ってきた。
三々五々、自分の車に乗って、出発していく。
だが、きょろきょろと周囲を見回し、誰かを探しているような素振りをしている男が一人。日本人で、ベージュ色のスーツを着ている。
そのトランクが気を乱していた。
「妖気」。
間違いない。あの男だ。
「新崎!」
誰かが呼ぶ声。
新崎と呼ばれた男は、声の方へ駆け出した。
待ち構えていたのは、三人の男。
揃いも揃って、目つきが悪い。
ヤクザかよ。
「持ってきたか」
三人のうちの、真ん中の男、おそらくはリーダーであろう男が声をかけた。
「はい」
そう言って新崎は、トランクを開けた。
そして、禍々しい妖気に包まれた包みを取り出した。
箱に入った酒瓶だ。
オールドモンクというラム酒。
空港の土産物屋で売られている、ただの土産物。
だが。
俺にはわかった。
中身が違う。
リーダーが、がっしりとそれを受け取ったところで声をかけた。
「お兄さんたち。ずいぶん危なっかしい物を持ち込んでるな」
「坊主が何のようだ」
まあ、僧衣を着て、髪を短く刈り込んだ男がいれば、坊主には見えるわな。
「アムリタだろう、それ」
リーダーがはっとしたような顔。
アムリタとは甘露ともよばれるインド神話の酒の名だ。
飲む者に不死を与えるとされている。
乳海と呼ばれる海に、さまざまな素材を投じて、1000年攪拌してできた不死の酒。
これを盗み、飲んだ魔神は、首を切り落とされたが、死ぬことはなかったという。
本物はともかく、錬金術やらで作られた粗悪品は、こうやって、時折、人の社会に現れる。
「そういうモノは、この世界にあっちゃいけないんだよ」
説教のように言う。
「くそっ、やっちまえ!」
左右の二人が動いた。
右は上から顔をめがけて。
左は下から腹をめがけて。
拳を繰り出す。
うん。いい連携だ。
両手でその拳を受け止め、そのまま流す。
同時に左を引き寄せ、そのまま一回転。
人間というのは、重心を崩すと、あっさりと倒れる。
そして、道場ならともかく、床はコンクリートだ。
受け身が取れないと、それだけで立ち上がれなくなる。
もう右の男が拳を入れてくる。
空手か。
その拳を受けつつ、手刀を顔に入れ、そのまま後ろへと投げる。
あ、こいつ受け身下手糞。
死ななきゃいいけど。
あっさりと二人が沈んだ。
「さて、どうするね。それを渡すかい?」
「ば……馬鹿野郎。そう簡単に……」
「そうだよなあ。出所もよくわからない粗悪品とはいえ、末端価格で結構行きそうだもんなあ、それ」
「く、くそっ」
左手に酒を抱えたまま、右手を背後に伸ばす。
おそらくは、ヒップホルスターの拳銃だろう。
俺は一気に間合いを詰めた。
そして、抜く間を与えず、そのままリーダーを一回転。
「なっ」
空中にいる間に、抱えていた酒を抜き取る。
そして、ぐしゃりという音とともにコンクリートの上に落ちた。
「ぐえっ」
叫びとともに動かなくなった。
新崎は動かなかった。
いや、動けなかった。
俺は、近づいて確認する。
「これ以外」に何か持っていないかどうかを。
身体と荷物の「妖気」をスキャンする。
大丈夫な様子だ。
まあ、ただの運び屋っぽいしな。
「あんた、仲間を呼ぶか、車で逃げだすかした方がいい。じきに警察がやってくる」
俺はそう言い捨てて振り返る。
もう、ここに用はない。
「あ、あんた何者だ、一体……サツか!」
「見た通りさ。僧侶だよ。お寺のお坊さんだ」
「は?」
新崎の間抜け面を放置して、俺はレクサスに乗って、駐車場を出た。
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