第七章 綺麗な花には棘がある ⑥
「はぁっ!? 村雨さん!?」
「そ、そうなんだ……」
ことの事情を優弥に話してみた。
優弥は人に言いふらすタイプではないし、そもそも存在感が薄すぎるために人に与える影響力も無い……というのは冗談にして、やはり互いの内密を共有しており、色々と乗り越えた仲でもあって信頼を置いている。だから、気持ちをわかってくれると思ったのだ。
「だから、おれ……もしかしたら、その……風花ちゃんと……」
優弥は眉間に皺を寄せる。そして、丸い二重の両目をすがめて、魁斗の股間をじーっと見つめてくる。
「「……」」
ただ、黙って何秒間も見つめられる。
たまらず、魁斗は声を上げた。
「み、みるんじゃねぇ!」
足をクロスして、大事な部分を両手でガード。優弥の視線から股間を守る。妙な中腰の状態で必死に訴える。
「おれだって……こいつを使った感は無いんだ!」
「ええぇ、なにそれ……でも、まさか本当に?」
「や、それが記憶が無いんだよ……。お酒を飲んだせいで……」
「……」
妙な間が開いた。
「……さ、さいてーだよ、魁斗くん」
呆れたような顔で優弥がそう伝えてくる。
「言わないでくれ! それはもうわかってんだよぉ!」
魁斗は顔を両手で覆い隠し、喚く。
優弥は眉を寄せながら、顎に手を当て、もう一度魁斗の股間をまじまじと見つめる。
「……もう、童貞じゃないんだ……魁斗くん。使ったんだ……これ……。仲間だと思っていたのに……ぼくも、まだなのに……裏切者……」
その瞳には、わかりやすく羨ましいと嘆く色が映っていた。そして
「いや、おれだってこんな形で……ど、童貞を、捨てるつもりはなかったんだよ。これでも……最初は大好きな……大切な人とって……思ってたんだ」
「さいてーだよ、魁斗くん」
「これ以上、心を抉るのやめてくれる?」
絶大なショックを受けているのにも関わらず、優弥は慰めるどころかチクチクと責めてくる。
自分が悪いのだからしょうがないけど、もうちょっと優しく慰めてもらいたかった。そういえばさっきから、ごにょごにょと口ごもっているけど、クリスマスイブに紫ちゃんとなにかあったのだろうか……?
改めて優弥の顔をよく見れば、フラストレーションが溜まっているようにも見える。
優弥は行き場のない憤りを抑えるために息を長く吐くと、
「ごめんごめん。でもさ……いろいろと、ちゃんと決着はつけた方がいいと思うよ。ぼくが言うのもなんだけどさ」
ようやく真剣な顔つきになり、魁斗の悩みに向き合ってくれたみたいだった。
「決着……つけろったって……」
どうつけたらいいのだろうか。
不安に満ちた顔で呟くも、優弥はふと、瞳に優しい色を浮かべる。
「大丈夫だよ。魁斗くんなら決着つけるまで真正面から向き合えるって。ぼくとか、累さんに、それこそ無鉄砲に体当たりでぶつかってくるんだから」
「……いや、でもさ……状況がかなり違うくないか?」
ぼそぼそと言葉を返すも、優弥は真っすぐとした目を向けて、言葉を継ぐ。
「まあ、そうだけどさ。魁斗くんは向き合おうとする人間でしょ? 大丈夫。決着つけれるよ。累さんとも左喩さんとも村雨さんとも……。だから……ぶふっ! がんばって」
「おい! なんで今笑ったっ!?」
優弥は口元を必死に押さえ、くつくつと肩を上下に揺らす。笑いを堪えながらも震える唇を開く。
「だって、魁斗くんの行動……聞けば聞くほどわけがわかんないんだもん。らしくないっていうか」
今もなお、笑いを堪えている様子だ。
こっちは真剣に悩んでるっていうのに……。
「おれだって自分がわかんねぇよ。なんでこうなったのかも」
聞いて、優弥はけらけらと笑いだした。
こいつ……殴ってやろうか。
怒りで拳が震えるも、何とか手を出さずに堪えていると、笑い終えた優弥がわざとらしく目尻についた涙を指で払った。
「ごめんごめん、笑っちゃって。でも魁斗くんって、そんなに臆病だったっけ?」
「……おれだって、自分がこんなに臆病者だとは思わなかった」
ふうっと優弥が息をついて落ち着くと、口許を綻ばせる。目だけは本気の眼差しにして、
「でも……怖くても、ちゃんと見つけ出しなよ」
優弥の手が伸ばされ、魁斗の左胸あたりに添えられる。
「ここに、魁斗くんの答えはちゃんとあるはずなんだから」
コンコンと、優弥の指が心臓の上で二回ほどタップする。
「……」
魁斗は顎を引いて、己の左胸を眺める。
彷徨うばかりの自分の心。
それでも、どうすべきかは
気持ちを示してくれるのだろうか。
強く、己を左胸を見た。
たしかな答えが、ここには、あると思った。
「……うん、ありがとう」
最後には真剣に向き合ってくれた優弥にお礼を伝え、魁斗は窓の外に目を向ける。
短い真冬の陽が傾きかけている。
※※※
優弥と別れ、教室をあとにする。
優弥のアドバイス通りに、すべてを決着させて、向き合うべき人と自分は向き合っていかなくてはならない。怖くても、身がすくんでも。
まずは、風花ちゃんからだ。
狙いすましたように着信が入る。スマホをポケットから取り出し、ディスプレイを見れば、村雨風花の文字が表示されていた。一瞬だけ戸惑うが、着信に出るよりほかはない。一度咳払いをし、電話に出た。
「もしもし」
「あっ、もしもし魁斗くん。ごめんね、急に。今って時間ある?」
今日はクリスマス当日。皆継家でのクリスマスパーティーがある。だけど、今はまず風花と向き合い、決着をつけなければならない。
「うん、大丈夫。遅くまでは無理だけど、少しなら……。自分も話したいことがあるんだ」
「……そう。うん、オッケー。今どこにいる?」
「学校の玄関を出るところ」
「あ、それならあたし校門近くにいるから」
「わかった。すぐ行くよ」
電話を切ると、魁斗はスマホを握りしめて前を向いた。
行くしかない。
靴を履き、玄関を出る。グラウンドからは体育会系の男女の声が響いている。男子野球部と女子ソフトボール部だろうか、荒っぽくも活発な声。
クリスマスなのに部活があるのか……。
雪がちらほらと降っている。
部活動というのも大変な世界だ……。
見れば、野球部もソフトボール部も必死な目で白球を追いかけている。
選手全員が全身全霊で白球と向き合っていた。
おれも――
外野を守る選手がフライを追いかけて白球をグローブに収めたところで、覚悟を決める。
――全身全霊で向き合わないと。
なにを言われても、自分が悪い。
風花ちゃんは、おれがしでかしたことを周りに言いふらすようには見えないが、なにをされたって、なにを風評されたってしょうがない。それでも謝罪とお断りをする。
風花ちゃんの伝えてくれた告白に対して――
一瞬、身体が震える。
身震いではなく、寒気がした。
それでも、意思を曲げないように拳を強く握り込む。
風花ちゃんは左喩さんと双璧を成すほどの人気者だ。もしかしたら平穏な学校生活は明日から送れなくなるかもしれない。
それはもういい。自分の責任だ。どうなっても覚悟しておく。
だけど自分の中で大事である、あの二人と、このままでは絶対に嫌だ。
きっちりと風花ちゃんとは終わらせて、そして二人にちゃんと説明しよう。
そう心に決めて、ぬかるんだグラウンドを踏みしめていく。
全てをスッキリさせよう。
そして、もう一度。
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