第四章 転校生 ⑥


 ジュースをちびちび飲みながら、しばし談笑。

 暁斗は家主らしく一番高そうな北欧の有名デザイナーの手によって作られた革張りのイスに座っている。本当に北欧の有名デザイナーに作られたのかは定かではない。魁斗のただの妄想だ。だが、見事な造りの椅子に腰かける暁斗は悔しいが美しい。絵画みたいだ。


「暁斗くん、そう言えばご両親は?」


 山際が周りを見渡しながら、親がいないことに疑問を持ち質問を口にした。


「ああ、おれんち父さんも母さんも医者だから忙しくってさ、滅多に家に帰ってこないんだよね」


「へぇ~そうなんだぁ、ご両親は、お医者様……」


 また目がうっとりしている。


「じゃあ、暁斗くんはこの家にほとんど一人暮らしの状態なの?」


 今度は河野が質問する。


「うん、そうだね。ほとんど一人だよ」


「「え~さみしぃ~」」


 綺麗にハモる女子ーズ。「たまに遊びに来ようか、わたし?」「わたしも行くよ、泊りに来る」と、自分のアピールに大忙しだ。


 友作が突然ぱんっ! と胸の前で両手を叩いて音を鳴らす。木霊するように広い吹き抜けのリビングルームによく響いた。その音で注目が友作に集まる。


「よし、発表するテーマを決めようぜ」









 友作の一言で、ようやく課題に対しての話し合いが開始。

 それぞれが興味のあることや好きな教科の話をしていると、五人に共通していたのは歴史が好きだってことだった。


「有名な武将とか取り上げてみる?」


「でも、もうちょっと捻りが欲しいな。他のグループとかぶりそうだし」


 暁斗が提案するも友作はもうひと捻りが欲しいらしい。かぶるとは思えないが、徐々に方向性は見えてきた。が、まだまだ決定には程遠い。

 そんな中、自分も提案してみる。


「じゃあさ地元の伝統芸能とかどう? 里神楽とか」


「あー、いいかも」


 友作がのっかってくる。


 魁斗の住んでいる地域では昔から神楽が盛ん。よく母さんと累と三人で見に行っていたことを思いだした。


「わたしも神楽好きー」


 女子ーズ二人からも好感触。


「いいね、おれものった」


 暁斗ものってきて、テーマが決定する。


「でも、どんな内容にする?」


 友作がみんなに話を振る。いつのまにか進行役になっているが板についている。


「うーん、ただ単に神楽とはなんぞや、じゃあ楽しくないし……」


 河野が頭を悩ませる。


「じゃあ、神楽とはこういったものっていう大まかな説明と好きな演目を抜粋して、物語の背景とか、いろいろと紹介してったらいいんじゃない?」


「あー、いいと思う。わかりやすい」


 友作がテーマの内容について提言し、河野が相槌を打つ。


「好きな演目ある?」


 進行役の友作が再びみんなに尋ねる。


 好きな演目ねぇ……。


 魁斗はふいに『悪狐伝あっこでん』を思い浮かべた。

 

 天竺てんじくとうで悪行を重ねた金毛九尾の狐が美女に化け、陰陽師の安倍晴明あべのせいめいに正体を見破られて、弓の名人の上総之介かずさのすけ三浦之介みうらのすけに退治される話だ。


 なぜか、ふと累の顔が思い浮かんだ。

 狐と言ったらお稲荷さんで、お稲荷さんと言ったら累、と連想。


 あいつ、今頃、何やってんだろ……。


「――おーい、魁斗」


「え?」


 友作に名前を呼ばれていた。


「いやだから、お前は何がいい?」


「あ、ああ、おれは……『悪弧伝』かな」


「お前渋いな」


 なにが渋いのかはよくわからないが、友作は腕組みして、そう返事を返した。


「派手なのがいいんじゃない。『八岐大蛇やまたのおろち』とか」


 暁斗がおすすめの演目を告げる。友作はすかさず首を縦に振りながらパチンと指を鳴らし、相槌を打つ。


「いいね。『八岐大蛇』」


「わたしは鬼退治の話がいいなぁ……。『紅葉狩り』とか『大江山おおえやま』とか」


「それもいいね」


 友作は河野がおすすめする演目にも指を鳴らす。


 鬼退治かぁ……。


 なぜだか複雑な気分。


「わたしは『滝夜叉姫たきやしゃひめ』がおすすめだなぁ。あれを見ると、女の怨念や怖さがよくわかる」


 山際、お前はなにかあったのか?


「確かにそれもいい」


 友作はまたまた同意。パチンパチンと指を鳴らして同意祭りだ。かなりうざったい。しかしこれでは、らちが明かない。


「よし、多数決にしよう!」


 友作もらちが明かないのことに気がついたのか、今度は手をパンッと叩き、紹介する演目を決めるために多数決をとった。


 多数決の結果、紹介する演目は『大江山』に決定する。


 魁斗は複雑な気分だった。


 大江山かぁ……確かに派手で面白いけど。毎回、鬼が騙されて酒を飲み、酔いが回ったところを退治されるってのが可哀そうなんだよなぁ。人間側は正々堂々と戦ってないし……と、ひとりくずくずとした気持ちを抱えていると、


「よし、テーマは決まったから早速取り掛かろう!」


 先を進めようとリーダシップを発揮している友作が一言全員に告げた。

 そして、行動開始。









 発表で使う資料としては大きな色画用紙を使用することになった。その画用紙に説明文や資料記事、パソコンで神楽を舞っている場面の画像や鬼や神のイラストを印刷し、貼っていくことになった。デザインの構想は女子ーズに任せ、男たちは発表の原稿作りとお手伝いに回る。原稿は友作が作ってくれることになったので、魁斗と暁斗はイラストを貼るべく、女子ーズの意見を聞いて指定された場所に画像やイラストを貼る作業を進めていた。


 魁斗がはさみで丁度いい形にくりぬいたら、暁斗に渡す。のりを塗りペタペタと貼っていく。そんな作業を繰り返しながら小一時間。暁斗は作業中に不意に静かに笑い始めた。


「どうした、暁斗?」


 急に笑顔になったものだから不思議に思い声をかけた。


「ああ、ううん……なんかさ、楽しーね。みんなでこういうことするの」


 暁斗は口を動かすも手は止めない。微笑みながら、ペタペタと女子ーズの意見通りにイラストを貼っていく。


「まあ……たしかにな」


 魁斗も笑顔を浮かべ、相槌を打つ。引き続き、印刷したイラストを丁度いい形にくりぬいて、暁斗に渡していく。そんな作業を繰り返しながら、そういえば暁斗にちゃんとお礼を言っていなかったことに気づいた。


「暁斗、そういえばさ……ありがとな。家を貸してくれて」


 お礼を言われて暁斗がこちらに振り向く。なんてことのないように、


「いいんだよ。なんだか困ってる様子だったしね」


 爽やかな笑顔で言葉を返してくれる。


 こいつ、やっぱりスタイリッシュなイケメンじゃねぇか……。


「うん、助かった。ちょっと事情があったから」


「ならよかった。力になれて」


 暁斗は追及することなく、薄く口角をあげて、ペタペタとイラストを貼っていく。


「なんか、今度お礼する」


「いいよいいよ、家貸しただけだし。楽しいから、いい」


 このイケメン……。


 生まれて初めて魁斗は、内面含め本当のイケメンに立ち会えた気がした。絶賛感動中。


「お前さ……ほんとうにスタイリッシュイケメンだよなぁ」


 つい口にする。


「何言ってんの……? 変なこと言ってないで手を動かす」


 感動したからそれを伝えただけなのに指摘された。手は止めていたけども。しかし、暁斗は嬉しそうに微笑んでいた。自分もなんだか嬉しくて笑顔になる。


 良いやつに出会えてよかった……。


 その後は、黙々と作業に集中し課題を進めていった。






 



 画用紙に説明書きとイラストを貼り終え、カラフルかつ、目を引くような見栄えの良い形になった。原稿も友作が作り終えて、あとは発表を残すのみ。つまり今日中にすることは、明日の発表を誰がするかを決めるだけ。


 友作がやりたい人はいないかと尋ねるも、立候補者は出ず。その後に、魁斗は手を上げて提案。


「はいっ! 原稿を作ったのは友作なので、友作がいいんじゃないでしょうか!?」


 家を使おうとした仕返しをしようとした。


「おれもやだよ」


 速攻で断られる。


 お互いの顔を見合わせるも、なかなか決まりそうにない。

 友作は腕組みをして「じゃんけんで負けた人が発表することにしよう」と、述べた。顔を突き合わしている面々は一同に頷く。


 まぁ、これなら恨みっこなしだ。


「「「「「じゃーんけーん、ぽん」」」」」


 見事に提案者が発表することに決定した。









 すべての作業を終えたので今日は解散。

 外に出ると、辺りは真っ暗闇だった。


「気を付けて帰ってね」


 暁斗は帰っていく面々に向けて手を振り、笑顔で見送る。暁斗の周りだけ、お星様でも光ってるのかと錯覚するくらいの煌びやかな笑顔。


 時間はかかったが、みんなで協力し合いながら行う作業は楽しかった。


 暁斗の優しさにも触れたし、友作は相変わらず立ち回りが上手い。女子ーズの二人はアピールに大忙しで見ていて面白かった。


 明日もいい一日になればいいな、と。

 そう思いながら、家路につく。


 河川敷の道を歩いていると、ジージーッとコオロギやキリギリスが鳴いて、楽しそうに合唱している。


 もう夏は走り去っていった。

 事件が起きてから一年以上が過ぎた。

 過ぎていってしまった。

 

 過去は――いくら手を伸ばしても、遠く届かない。

 だけど、明日はすぐにやって来る。


 魁斗は少しだけ感傷に浸りながらも、今の平和な日々を噛みしめ、前へ歩いた。

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