第二章 風花 ③
放課後。
担任の先生にさよならの挨拶を告げてから、教室の生徒たちはまちまちと帰宅していく。すでに帰り支度を終えた累が部活へと向かう好たちに挨拶をしてから教室を出ていった。
のんびりと帰り支度をしながら、魁斗は窓からグラウンドに目を落とし、校門の方へと歩いている累の姿をぼんやりと眺める。
今日も校門のところで待っててくれているのだろうか……。
目の前の席に勝手に座っている友作も体だけはこちらに向かせて、目は窓の外を眺めていた。
ゆらゆらと沈みかけの夕陽に照らされた累のうしろ姿がどこか儚く見える。
「累ちゃんってさ、だいぶ変わったよなぁ……いったいなにがあったんだろ?」
同じようにぼんやりと累のうしろ姿を追っていた友作が呟く。
「そうだな……なんだろうな」
とりあえずは曖昧な返事をしておいた。
自分はなんとなくはわかっている……のかもしれないけど。ほんとのところは累にしかわからない。気持ちは、だって相手のモノだ。
そのまま、魁斗は言葉を続ける。
「たしかにあいつ、だいぶ変わったよな。自分から人と関わるような奴じゃなかったもんなぁ。前はもっと、こう……」
――誰も寄せ付けない雰囲気を
そんなふうに言おうとしている自分に気がついて、言葉を途切れさせる。
自身にとっても累の行動は唐突であり、意外な結果だった。
だけどそうかと、机に目を落とし、思う。
以前の累はいつも自分の心を押し殺して、全ての感情から自身を守っていた。自分を表には出さないように、外からの刺激にも反応しないように、徹底的に己を奥底へと隠していた。
人を、他者を、誰も信じることができなくて、周囲に壁を作って近づくやつは無視、あるいは撥ね退けて、誰であっても近づけまいとしていた。
それが、自分を守る手段でもあったんだろう。
累の壮絶な過去や、今までやってしまった行いが脳裏によぎる。
だから、ああなってもしょうがなかったと思う。
だけど累は今、それを変えようとしている。
変えようと努力している。
周りに囲った分厚い壁を一生懸命に崩し、壊しながら。
過去と紅く染まっている自らの手を、罪や過ちを、憎しみを受け入れて、前に歩き出そうとしている。
それは、とても凄いことだと思う。
いったい何が、そんなに累の心をつき動かしたのかは、本人に詳しく確認しないとよくわからない……が、たぶん聞くと殴られる。
でも、まぁ、いい傾向だろう……。
魁斗はもう一度窓の外に目をやると、自然と頬を緩ませて前に進んでいっている累の背中を見る。
本来の累は、明るくて優しい女の子だ。
おれは知ってる。
「なぁ、魁斗」
急に真面目くさった顔で友作が名前を呼んだ。
「ん、なに?」
返事を返すと、あのさ……と少し言い淀んでから友作が口を開く。
「お前って、累ちゃんと付き合ってるの?」
「……は?」
突拍子もない質問にぽかんと口を開放。
間抜けなツラを浮かばせているのだが、友作はいたって真剣な眼差しだった。
「いや、だって……さすがにバレてるぜ。お前と累ちゃんが放課後とか、朝に一緒に登下校してるの」
「え、ああ……」
普段の行いを振り返りながら相槌を打つ。
「去年から何回か見てるんだよ。校門の前で落ち合ってるところとかさ……あと、お前ら、やけに親しげだし」
友作はどこか複雑そうな顔で尋ねてくる。
聞き終えてから、魁斗は半開きにしていた口を閉じた。
なるほどそうか……。
眼球をぐりんと上げて、少し考える。
たしかに、そういうふうに捉えられてもおかしくはない。おれと累の関係は学校の人たちには誰にも打ち明けていないことだし。もちろん友作にも詳しくは話していない。おれと累が家族として、兄妹として、一緒に育ったということを知らないのだ。
今まで累は誰に対してもそっけなくしていたのだし、おれはおれで一年間は死んだように生きていて、修行のことしか考えていなかった。だから、言う機会が今までなかったんだ。ただ単におれと累は家族として、一緒に登下校しているっていうのを友作が知らないだけ。
友作が珍しく真剣な顔で見つめてくる。
魁斗は、ふっと笑い。ぺろっと口の端を舐めて答えた。
「おれと累はさ、ちょっと前まで一緒に暮らしてたんだよ……」
「えっ? ……はぁああああああああああああああああああああああっ!?」
大声を上げて、がたんと椅子を鳴らしながら友作が立ち上がる。椅子を下げずに立ち上がったものだから、腿を机にぶつけたのだろう、いでででででで、と腿を擦る。
友作のその反応が面白くて、魁斗は吹き出しそうになる。
「えっ、お前らって……そういう……ご、関係……?」
女々しく口許を両手で覆いながら、動揺したように友作が尋ねる。
予想はしていたが、やはりそういった意味で捉えられたようだ。
ちょっと面白くなり、思わず吹き出して、友作を置き去りにけらけらと笑ってしまった。ひとしきり笑い終えると、ようやく誤解を解くために口を開く。
「違うよ。そんなんじゃない。おれと累は兄妹みたいなもんだよ」
「兄妹?」
友作はよりいっそう眉を寄せていく。「同級生なのに?」と疑問を零し、わかりやすく混乱している。
魁斗は落ち着いた面持ちで、えーと、と頭の中で整理して、友作に言える範囲で簡潔に累との関係性を説明していった。
「そ、そういうことか……いろいろあったんだなぁ、累ちゃんも……」
説明を聞き終えたら、納得したように友作はようやく席に座った。少し
誤解が解けたようだ、と魁斗も口許を綻ばせていると、友作がちらりと横目に見てくる。夕焼け色に照らされているせいか、頬が少しばかり赤く染まっているような気がした。
「じゃあさ……おれ、累ちゃんのこと……たまに遊びに誘ってみてもいいかな?」
そして、照れたような顔でそう尋ねてきた。
「えっ……」
思わず固まる。
累を遊びに誘う? 友作が? なんで……?
戸惑い、首筋に妙な緊張が入る。
いや、でも……べつに悪いことなんてない。累はようやくクラスメイトとも交流を図るようになってきた。この申し出はたいへん喜ばしいこと、ではないか。
「えっ、と……」
頷こうとしたのだが、首が固まっており言葉が詰まる。
なんで、すぐに頷けないんだろう……。
妙に心がざわつく。
もしかして、あれか? 妹が兄のもとから巣立つ……みたいな感覚、とでも言うのだろうか? 寂しいのか、おれは? えっ、まって、おれってシスコンなの? いやいや、まてまて、そういえば累はべつにほんとの兄妹ではない……。や、でも、兄妹は姉弟……
思考が四分五裂して、さまざまな感情が混在しているようだった。複雑化している心の内面ではあったが、目の前の友人は次の言葉を待っているような気がして、ようやく声を絞り出す。
「いっ……いいんじゃないか?」
固まっている首を無理やり動かして、頷いてみせる。
「そっか……うん。よしっ」
友作はなにかを決意したように、窓の外を見る。
なぜか、上手に笑顔ができない。口角が引きつっており中途半端に口の端を上げているものだから頬がヒクついている。
そのまま、向かいの友作のツラをじっと眺めてしまう。
「お前って……」
そこまで行って言葉を止める。その先は口には出さずに。
考えたのだ。
まさか……な……と。
だけど、一瞬にして気づく。
いや――まさかはあるだろ。おれたちは高校生だ。色恋の一つや二つあってもおかしくない。最近は小学生同士でも付き合う、付き合わないとかの関係があるみたいなことを耳にする。そうだよ。あっても、おかしくないんだよ……。
「……お前、なんでそんなにおれのこと熱く見つめてんの?」
気づけば目の前にいる友作のツラをずっと熱い眼差しで見つめていたらしい。そして、なにかに気がついた友作が、ハッ! として。なぜか己の体を抱きしめる。
「まさか、お前……おれのことっ!?」
「ちがうわっ!」
夕陽はさらに沈んでいく。
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