第七章 綺麗な月とともに ⑤
そして、少しだけ日々は流れ――
秋はさらに深まっていく。
いくぶんか涼しくなった風がぶわっと吹く。
もみじの葉っぱがさらさらと揺れ、ひとつだけふわりと散って飛んでいく。
紅く染まったもみじの葉が風に乗り、登校しようとしている累の髪にはらりと着地した。
「……累、もみじついてる」
その髪に手を伸ばす。
累は取ってくれるのを待つように、じっとこちらを見上げてくる。もみじの葉っぱの色みたいに紅く頬を染め上げながら。
思わず目が吸い込まれた。
もみじの葉を取ってもらった後に頭を触る仕草とか、恥ずかしそうに顔を赤らめるところとか、照れながらも上目がちに「ありがとう」と言ってくれるところとか。
なんだか本当に淡い呪いにかけられたようだった。
全てが今までよりも可愛いなって思ってしまう。
この気持ちは、なんなのだろうか……?
ふと自分に問いかける。
答えはでない。
だけど、狂おしいほどに心地が良かった。
学校が終わり、世界は夕暮れ色に包まれる。
魁斗は心に射し込むような夕陽が眩しくて、思わず目を細めた。
今日も累と並んで帰ろうと思う。
夕陽を眺めながらゆっくりと。
累のアパートに帰る途中、近くの公園に寄った。
それなりに広いグラウンドと鉄棒や滑り台、砂場などがある広場。
こうやって、たまには道草するのも悪くないなと思う。
公園入口近くのベンチに腰掛けると、累も隣に腰掛ける。ただし肘同士がぶつかる距離。唐突な近距離によろめきかける魁斗にも気づかない様子で当然のように座った。カップルみたいな横並び。いっそ清々しいと思えるほどの無防備さ。
なんなんだ、この近さは……。
思ったが、なにも言わずに途中の自動販売機で買ったパックのいちご牛乳をちるちるとすすった。累はフルーツオレを買って同じようにストローを刺してちゅーちゅー吸っている。
なんとなくまったり過ごす。
少子化だからか、それとも寒いからか、辺りを見渡しても自分たち以外は人っ子ひとりもおらず、色褪せたブランコだけが風に吹かれてきいきい揺れている。公園の周りは広場を囲むように木々が覆っている。
紅葉の季節だなぁ……。
その木々の葉が赤々と色を染めて、冬に向けて最期に一生懸命に燃えているように見えた。
遠くの山に沈んでいく夕陽がこちらを見て微笑んでいるようで、やけに温かく感じる。
気持ちよくなって、魁斗はだらんと足を伸ばす。
同じように累も足をだらんと伸ばすと、魁斗の肩の上にこてんと頭を乗っけてきた。それだけでもおかしな行動だし、髪の毛が首筋に触ってくすぐったいというのに、今度はその首筋に自分の鼻を近づけさせてきて、すんすんと何度か息を吸っている。
いや、ほんとにコイツはなにやってんの?
「……おい」
「なに?」
さすがに声をかけた。
あの日以来距離感がおかしい。前はあんなに遠かったのに、今はなんか……逆に、近いというか……。
「なんで肩に頭を乗せる? そして、なんで匂いを嗅いでいる?」
「甘えてもいいんでしょ、お兄ちゃん」
素の顔で言葉を返してくる。
「……そういうことで言ったわけじゃない」
そういうことって、どういうこと? と、自分でも思ったが、相変わらず訳がわからないんだ。自分の頭の中も、累の言動も。
「……冗談よ」
スッと累が元の体勢に戻る。
秋の終わりが近づいている。それを感じ取るように累は顔を前に向かせる。
目に映るものを、肌で感じる風を、音を、温度を、ひとつずつ確かめるように、累は両手を広げた。胸を張って大きく、まるで自分が生きていることを確かめるように、大きく、大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
累の髪の毛が夕風を浴びて羽根のように広がる。そして、
「わたしが居ないと生きていけないって言ったくせに……」
累はそう囁いて、ツンとそっぽを向いた。
そんな姿を見て、なんとなく魁斗は笑った。
累はその後、ゆっくりと顔をあげて、空を眺める。
はらはらと枯れ葉が舞っている。
まだ、月は出ていない。
だけど、累の顔は柔らかく儚げに綻んだ。
――わたしは、ずっと昔から隣にいる綺麗な月に焦がれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます